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【1日1読】 石と血と鉄とで、 きみと僕は作られている エリティスほか『現代ギリシャ詩選』より

石と血と鉄とで
きみと僕は作られている。
(……)
いっしょに行こう。勝手に石を投げさせよう。
「頭は雲の中さ」と言わせて置こう。
奴らは感づいていないさ、
友よ、我等がどんな鉄と石と血と火とで
ものを建て、夢を見、歌を歌うかを。

オジッセアス・エリティス「石と血と鉄とで……」『現代ギリシャ詩選』

人はどうして、喩え(例え・譬え)を作り出すのでしょうか?
もちろん理由はいろいろあるに違いない。
物事をわかりやすくするため、と答えれば、一番簡単で、一番確実な回答になるはずです。
ではもうひとつ。「例えられるもの」=本体をアップデートするために比喩が生み出される、のだとしたら。

現代ギリシャの詩の本なんて滅多に見かけませんから、多くの日本人には親しみがない分野ですが、精神科医の中井久夫が訳したいくつかの本のおかげで、日本語で読んでもとても優れたーーつまり、純粋に、読んでいて楽しい作品が数多く存在することがわかります。

エリティスは、1979年ノーベル文学賞を受賞した詩人。
多くのギリシャ詩人と同じく、戦争の爪痕の影響が詩に現れているのですが、背景はさておき、
「石と血と鉄とで/きみと僕は作られている。」
この文章の力強さは、世界の詩を見渡しても、ちょっと似たものがありません。

人間は何で構成されているか。
精神と肉体。血と肉と骨。タンパク質と水分。まあ答えようとすれば普通はこんなものです。
そこに、石や鉄だと言われると、私など、自分の身体の感覚が、一瞬前とは少し違って感じられてきます。

もちろんこの表現は、人間は強靭に作られているのだ、ということを言わんとしているのですが、これだけではこの詩は終わらない。
私たちの生命を守る建築物、私たちの夢、私たちの歌も、「鉄と石と血と火とで」出来ている、と考えるなら。
人間だけではなく、その人間が生み出すものもまた、強靭に作られるのです。

石でできた夢。鉄でできた歌。
そんなものがあれば、どれほど心強いでしょう。
そして詩人は、事実、そうなのだ、と語ります。
真の創造物が、腐らず、砕かれず、人を救い、伝承されてゆくものであることを示すために、文彩が使われています。

私たちは、喩え=イメージへと、現実を近づけていこうとします。
人間を別のものに喩えることは、それによって、人間像をアップデートさせる機能を持つのです。
私たちの日常では普段手で触れことの少ない、原始的なものを、人間の構成要素に数え上げるこの想像力を得られることの、なんと貴重なことか。

人間の強さに信用が置けなくなるとき、点滴を打つようにこの詩を読み返します。

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