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志賀直哉「城の崎にて」

来月城崎に行く予定があるので、志賀直哉「城の崎にて」を読み返した。わずか10ページほどの掌編。気が向いた時ササっと読める手軽さが良い。

作品のテーマは,ざっくり言うと「死」について。電車に撥ねられ生死の境を彷徨い、九死に一生を得た主人公が、療養のため城崎を訪れ、その土地で目にした蜂や鼠、イモリなど小さな生き物たちの姿を通して、自身の生と死に思いを馳せるといった内容。

文章の味わいはスッキリとしてキレが良い。余分なものを削ぎ落とし、洗練され乾いた印象を受ける。細かく区切られた文章は軽快なリズムを生み、読み心地がとても良い。以前に読んだ時もそういった部分に感心した覚えがあるけれど、今回はより一層その文章の妙味を味わうことができた。

志賀直哉がどういった思いでこの小説を書き、何を伝えようとしたのかは、わからないしそこまで考えようとも思わない。ただ圧倒された。巣から出てきた働き蜂がぶーんと飛んで行くその何気ない動作、玄関の屋根で死んでいる蜂の静けさ。川に落ちた鼠が子供たちに石を投げつけられながらも必死に生きようともがく姿。何気なく投げた石がイモリを殺してしまった後の内省。文章でここまでの迫力、味わい、一体感が表現できるのかと驚く。過剰な修飾語句はいらない。有り体を心に添うまま言葉にし、そっと置く。本当にそれだけで深みが出る。そういった小説が好きだなと思う。

今の自分にとって死は遠すぎて何の印象も持たない。もっと自分が歳を重ねたら、この物語から違った意味を読み取るのだろう。死は静かで淋しい。その感触だけが今は心に残った

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