見出し画像

枝豆茹でればあの子は来る

母はまた枝豆を茹ですぎた。母は心配性だが楽観的で、お花畑のようなハッピーさを静やかにふりまく人だ。

私は実家に暮らしているのだけれど、来年には家を出る予定なのでおそらくこの夏が実家で過ごす最後の夏なのかなと思いながら、日々のなんでもない暮らしを見つめ直している。

夜分遅くに帰宅しても、母はたいてい仮眠をしている。洗濯物をたとまなくちゃと思いながら寝ていたり、人様に手紙を書こうとしながらそのまま寝てしまっている。最近は潔くソファで両手をあげて寝てしまっていて、それはもはや「お手上げ」以外の何者でもなかった。それでもそれは仮眠であって眠りが浅いからか、私が帰宅しそろりそろり歩くとハッと目を覚ます。

この数日前に帰宅したら、「枝豆!枝豆がたくさんあります!」とだけ宣言して寝室に向かっていった。私や私の兄弟は枝豆が好きなので、私は冷蔵庫から好きなだけ枝豆をとって部屋に入った。深夜2時くらいに枝豆と麦茶を楽しみながら、クイアアイのシーズン4の第1話で号泣して、涙がクレンジングの序章となり、シャワーを浴びてゆるりと眠気が来るのを待つ。

翌朝起きてみたら、母はまたしても枝豆の話をしてきた。「枝豆、たくさんあるのよ。たくさんいただいたの。悪くになっちゃう前に全部茹でてみたら、素晴らしい出来高なの。だから今日は〇〇ちゃんが来ます」〇〇ちゃんとは私の妹の名前。枝豆を茹ですぎたから妹を呼ぶ、の論理がわからないけれど、それこそが母。

会社に向かい、会食があったので深い夜に帰宅。階段を上がると夏用のタオルケットにくるまって妹が寝ていた。枝豆が妹を呼んだ。妹はすこし離れたところに一人暮らしをしているのだがどうやら本当に枝豆を食べに来ていたらしい。私はちょっと自分でもよくわからないけど、家族っておもしろいなと思ってしまった。くだらないよ。くだらない。でも、なんだかいいな。

そんな時間が私のなにかを満たしてくれてるんだなと思う。母はそうやって、家族やご近所さんたちに振る舞うのが好きだ。枝豆で引き寄せられている妹も妹だ。だけど、こんな感じで我が家には夏が来る。