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漫画みたいな毎日。「ココアを作って待ってるから。」

今朝の外気温は-4℃。
これでもやや暖かい日というのだから、雪国に住むということはどういうことなのかを肌で感じる日々だ。

「ココア飲みたいから入れる。」

普段より、ややゆっくり起床してきた長男。
起きていた末娘の分も入れてくれたようだ。

私にとって、ココアは、冬の飲み物。

寒い日に、「寒いね~」と言いながら、あたたかいカップを両手に持って
ふーふーと息を吹きかけながら、あたたかさを味わうのが好きだからだろう。

ココアを入れると思い出すことがある。
それは、まだ結婚していなかった頃のこと。

当時、まだ会社勤めをしていた夫とは遠距離恋愛と言われる状態だった。
私は東京。彼は広島・尾道。

私は旅行気分で週末にはよく尾道を訪れた。

彼は土日も仕事に出ることもあり、夜勤明けのこともあった。何度も尾道を訪れる度に、土地勘も養われ、彼が仕事で不在でも、自転車で尾道の街を散歩できるまでになった。

しかし、尾道は坂の街。自転車には不向きだったと今は思う。
坂という坂を息を切らしながら自転車を押し、見知らぬ街を探検しているような気分になっていた。

温暖で、海の近い街。

のんびりした街並みと、古い商店街。
商店街は、夕方5時になると、その店もシャッターを下ろす。
シャッターの隙間から、団欒の様子が感じられるような日曜の夜のテレビ番組の主題歌が流れ、そこだけ昭和の懐かしい空気が流れていた。

かと思えば、新しいカフェやケーキ屋、感じの良い絵を飾っている石窯焼きのピザ屋や、行列のできる支那蕎麦の店もあった。
回転寿司では、東京では聞いたことのないネタの名前が並んでおり、いったいどんな物だろう?とチャレンジ精神で注文したりもした。

公共の温水プールは山の上の方にあり、天井がガラス張りで、仰向けに泳げば空が見えた。彼とも何度も泳ぎに行った。

中でも気に入っていたのは、広島焼きのお店。
眉毛も睫毛もバッチバチに濃い大将が黙々と鉄板で料理する。
大将は基本、喋らない。声を聴いた記憶がない。
ひたすら黙って鉄板で料理をする。

まずは、鉄板で薄い生地を焼き、そこにキャベツや鰹節。豚肉などの具材をのせる。隣で焼きそばを準備。生地と具材をひっくり返す。豚肉に火がとおったら、隣で炒めてあった焼きそばに、生地と具材をのせる。さらに、お隣で卵を焼いておき、それを一番上にのせ、ソースをかける。

そのような順番だったと記憶している。
違っていたらスミマセン、広島県の皆さん。

ちなみに、私は砂肝とチーズの入ったものがお気に入りだった。
砂肝のコリコリした食感がなんともクセになるのだ。
思い出したら食べたくなってきた。まだあのお店はあるのだろうか。

彼が住んでいた社宅の数件隣は、田んぼだった場所らしく、夏の夜には蛙たちの大合唱が響き渡っていた。その場所も、数年の間にコンビニになってしまい、なんとも寂しく感じた。コンビニはずっと明るい。その照明の明るさがこの場所には似合わない気がしていた。

娯楽らしいものは、特になく、歩いて行ける場所に小さな本屋さんがあった。とても小さな本屋さんなので、品揃えは心もとないもので、雑誌や新刊の文庫本やハードカバーが少し、文房具も置いていた。時々、彼と訪れては、お互いに好きな本を立ち読みをした。

ある日、夜勤明けの彼と喧嘩をした。

正しくは、喧嘩ですらなく、私が勝手にへそを曲げたのだ。

彼が夜勤明けで疲れて寝ている隙に、そっと家を出た。
いってみたことのないカフェにでもいってみようと、散歩のつもりで山の方へ歩いていったが、お目当てのカフェは定休日だった。

近くにファミレスもコンビニもない。
自転車で来ていたわけでもないので、行動範囲は限られていた。

見渡すかぎり、田んぼ。

私はもと来た道を引き返し、いつもの小さな本屋さんに行くことにした。
旅の本や、美味しいもの特集の雑誌などを立ち読みしていると、家を出て何時間たっていたのだろう、電話が鳴った。

「何処にいるの?!駅?!もう新幹線に乗っちゃったの?!」

普段はちょっとやそっとじゃ慌てない彼が慌てている。

「別に。」
「近くにいるの?」
「別に何処でもいいでしょ。」

意地悪な気持ちはこんなとき、ムクムクと湧き上がるから不思議だ。
彼からは、S体質だよね、と言われる。でも、これは、S体質とかではなく、〈許されると思っていることから来ている甘え〉だと思う。甘えることが苦手な私は、いつだって彼に甘えていたのだろう。

私がそっけなく答えると、彼は言った。

「ココア作って待ってるから、帰っておいで。」

彼が作るココアは美味しい。
ちゃんとココアと砂糖を練って、温めた牛乳を入れてくれる。
熱々のココアを大きなマグカップでたっぷり飲む。


さて、帰ろうかな。


玄関を開けると、物凄い勢いで彼が出迎えてくれ、広くない部屋は、ココアの香りで溢れている。

そもそも、私は、なんで怒っていたのだろう。
ココアの甘くてほんのり苦い香りは、記憶を曖昧にするのだろうか。

あれから20年近くたっても、ココアの記憶は薄らぐことがない。

これからも、何があっても、私は、彼の入れてくれたココアの香りのする家に帰るのだろうと思う。


ヘッダーはみんなのフォトギャラリー・murayama norikoさんのイラストをお借りしました。ありがとうございます♪







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