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球種 (1分ショートショート)

フォークボール、スライダー、カーブ、ストレート、カッター。

先生は、ボールの球種を、ひとつひとつ丁寧に教えてくれた。

「では、実際にフォークボールを投げてみましょう」

その時、ボクの横に座っていた中塚君が、タイミング悪く話しかけてきた。

「元プロ野球選手らしいぞ、あの先生」

「すごいよな。でも、ふつうは、ストレートを投げると思うんだけど」

そう言って、チラ見したボクと、先生の目が合ってしまった。

「ハイ、そこの人、前へ出てきて」

嫌な予感はしたが、恐る恐る皆の前に立った。

「今から、私が投げますので…」

「ちょっと待ってください。その球を受けろってことですか?ボクが?」

「ええ。まだ時速140Kmは出ます。無理ならボールを避けてください、全力で。球道は、さっき教えましたよね」

ヤバい、本気だ。

逃げようと後ろを向いた瞬間、全身に鈍い痛みが走った。フォークボールが背中に当たり、パーンッとボールが破裂したのだ。

息ができない。ボクは、ひざから崩れ落ちた。

飛び交う悲鳴とブーイング。

ボクが着ていたスーツに、蛍光ピンクの塗料がベッタリ付いた。

「さすがに、やり過ぎだろ!」

一課の柳川さんが走り寄り、先生を取り押さえようとした時。

「いい根性してますよね」

先生は、容赦なく、柳川さんの顔面めがけて2球目を投げた。

パーンッ!

全身、蛍光塗料の黄色まみれになり、転げ回る柳川さん。

「ちなみにカーブです」
先生はニヤリと笑った。

それからも、先生は、自分を止めようとする者、逃げる者に豪速球を投げては、確実に身体に当て、弾けさせた。

赤、緑、青、金、銀、オレンジ色。もう一回、ピンク、黄色。うめく者、のたうち回る者。

まるで、前衛芸術家の舞台のよう。

「ハイ、これで、今日の防犯講習会は終わりです。

普段からの危機管理が、全然できていませんね。カラーボールでやられてしまいますよ、拳銃を抜く前に。皆さん、警察官ですよね?」



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