徒然物語62 時に、アナログ

「東西食販さんが物産展を開くそうだが、当然、知っているよな?」
 
部長から何気ない一言が降ってきたのは、外交に出ようとした、まさにそのタイミングだった。
 
「えっ…」
 
間の抜けた表情を向けると、部長は半ば呆れた口調で、
 
「なんだ、知らないのか。取引先の催しくらい、営業担当者なら把握しておけよ。SNS、チェックしてないのか。」
 
と言って、スマホの画面を向けてきた。
 
一瞬見えた画面の情報によると、どうやらそのようだ。
 
東西食販は総菜をはじめとした食品関連を扱う商社だ。
画面には、当社の総菜メニューが踊っている。
 
「県民ふれあいビルで明日から。グループメールで全社員に周知したらどうだ?」
 
私の予定など無視した、無茶振りが飛んでくる。
 
当然、拒否権などあるはずもなく、
 
「はい。わかりました。すぐに取り掛かります!」
 
と言うと、部長は「うん」とだけ残し、自席に戻って行った。
 
さて、ここからが大変だ。
 
あと10分以内にメールを送らないとアポイントに間に合わない。
 
しかし、部長が示した情報は断片的だった。
 
全容を把握する必要がある。
 
時間との戦いが始まった。
 
まず、SNSをチェック。
 
検索で「東西食販」とか、「県民ふれあいビル イベント」などで調べてみる。
 
ダメだ。ヒットしない。
 
東西食販はSNSすらやっていないことが判明した。
 
くそっ部長が示したあの画面は何だったんだよ!
 
焦る気持ちを抑えつつ、次は検索エンジンを活用する。
 
「東西食販」のHPにはそれらしい記載はまったくない。
 
ならばと思い、「県民ふれあいビル」のHPへ飛ぶ。
 
しかし、そこに表示されたのは「メインイベント 県民絵画大会開催中!」
 
「あの大道芸人 フレイム大魔神来る!土日はちびっこ集まれ!」
 
という案内だけで、後はフロアマップとか、予約方法とか、その程度だった。
 
くそっ!こっちもダメか!なんだよっフレイム大魔神って!!
 
焦りが加速する。
 
いっそ部長にもう一度聞くか。
 
いや、そんなことをすれば、「何を聞いていたんだ!」と叱責されるのが目に見えている。
 
万策尽きたか…
 
諦めかけたその時、「お問い合わせはこちら」の文字が飛び込んできた。
 
そうだ、電話して聞けばいいんだ。
 
反射的に受話器を上げ、プッシュボタンを最速で押す。
 
「はい。こちら県民…」
 
間延びした女性の声が受話器越しに響く。
 
会話の結果、答えはすぐに判明した。
 
どうやら物産展ではなく、14階にあるレストランで東西食販が考案した総菜メニューが、期間限定で提供されるようだ。
 
電話を切った後、レストラン名でSNSを検索すると、ものの数秒で部長が先ほど示した画面にたどり着くことができた。
 
よし!この情報さえあれば、メールが作れる!
 
なんとか時間内に間に合いそうだと、安堵しつつ、ふと我に返る。
 
それにしても。
 
検索ツールが多い割に、本当に欲しい情報ってのは、なかなか収集しにくいよなあ…
 
最初から電話で聞くのが、手っ取り早かったなあ…

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