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5月15日 ~守護の熱 第十四話

 清乃が窓を少し開けた。涼しい風が入ってきた。自分の部屋のその感じ、外の匂いがそっくりだった。草や土の感じが入ってくる。好きな瞬間だ。

「あのね」
「ん?」
「ああいう時は」
「何・・・?」
「これ、痛いから、早めに外した方がいいよ、少年」

 何のことを、言ってるんだろうか。制服のスラックスをハンガーに掛け乍ら、ベルトを指さしていた。それで、言いたいことが、何気に解った。

「え、ああ・・・ごめん」
「うふふふ・・・」

 そういうと、また、煙草を咥えて、火を点ける。先端が赤く滲んだ。美味しそうに吸い込む。例の仕草に、煙を煽り、散らすような仕草が加わった。それは、以前、見た時と、似て否なるものに見えた。

 ・・・凄くよく、そんな清乃の仕草を知っているんだ、俺は・・・と、なんとなく、自分に言い聞かせるような・・・。そうか、前よりも、距離が近いから、そうなるんだ、とも。

「流儀というか、気遣いも大事だから。せっかくだからね。カッコいい男にね。見た目だけだと、退かれちゃうよ」
「・・・何のアドバイス?」
「『青』だから」
「・・・そんなの、」

 うふふふ、と顔を覗かれた。それだけじゃなかった。だから、違う。金は関係ないんだって。

 ・・・仕返してやる。

「ん・・・、凄い、もう、完璧」
「・・・」
「何か、言いたげ。いつも、そんな感じだよね?君って」
「だから、金じゃない」
「うふふ、そうね」
「・・・俺は、客じゃない」
「仕事のルールとしては、これはしないの」

 「これ」って、・・・ああ、そうか。・・・そうなんだ。

「だから、違うでしょ?・・・わかって・・・」
「・・・んっ、ちょっと、煙草、煙い・・・」
「吸ってご覧、少し甘くて、美味しいよ、はい」

 前にしてきたみたいに、口元に、煙草を押しあててきた。俺は、恐る恐る、それを咥えた。

「ああ、似合う。カッコいいよ」

 少しずつ、吸い込む。口の中で、それを留める。

「上手いじゃない。最初はそれでね・・・どう、甘いでしょ?」
「・・・ゴホッ、うわっ・・・ああ、でも、甘い」
「いいでしょ?」
「・・・うん、清乃の臭いだ」

 そう言うと、清乃は、少し、大げさに肩を竦めて見せた。

「うわあ・・・いいわぁ、今の」
「何?」
「流石だわ。私、プロねえ。君に、そんなこと、言わせちゃって」
「何?・・・どういうこと?」
「うふふ、可愛いね、雅弥は」

 やっぱり、子ども扱いか。
 ・・・って、そんな、凄いこと、言ったのか?

「好きだわ。初めて見た時から、いいなあ、って、思ってたもの」

 嘘だろ?あの時、ヤクザと抱き合ってた癖に。

 ・・・そんなこと、覚えている俺だって・・・、まあ・・・。

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 羽奈賀が、なんとなく、彼女の話をする時に引っかかっていたが、多分、俺の何かを予測していたんじゃないか、と、ふと、この時、過った。もしも、羽奈賀がいたら、こうなった後のことも、相談できたかもしれない。羽奈賀は、俺より、こういうことに詳しいし、物理もあるが、気持ちの上でのこととかも、解ってくれたかもしれない。

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 残念ながら、それは、真逆だっただろう。これは、羽奈賀には聞かせられない話であることに、雅弥には、気づくことができなかった。羽奈賀本人にとっては、その杞憂が当たってしまったのだから。ランサムに行くのは、羽奈賀にとって、実に、正しい判断だった、という所でもある。

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 窓の外の景色を見たくて、近づく。

「ああん、ダメ」
「え?」
「そんな恰好じゃダメよ、夜の方が灯りで目立つから」

 ああ、と、瞬時、納得する。
 昨日、兄貴に、散々、言われていた言葉が過った。諦めて、清乃の隣に、座り直す。

「私も、ふてえ女だよねえ・・・」
「え?太い?・・・太ってないじゃん」
「そ?・・・もう一声」
「え?」
「そういう、見かけのこと言った時は、最後は、もう一声乗せて、褒めてあげるの」
「いいよ、もう、そういうの、必要ない、レクチャー風のやつは」
「ううん、私だって、褒めてもらいたいもの・・・」
「あ、ああ、そうか・・・」
「そうよ、雅弥が、あくまでも、これを、『青』だとか、『客』だとか、『レクチャー』としないなら、尚のことよ、今はね」
「・・・あ、ああ、えーと」
「うふふ」

 反応を見られている。何が、恥ずかしいのか、って、色々と想像して覚悟していた、んだが・・・実は、今が一番、そんな感じだ。普段の彼女の感じに、もう一つ、付加価値が乗って、こうされてる。というか、前から、こんな感じだった。いつも、揶揄からかうような言い方をされてきていた。試されるような。

 そういう意味では、こんな普通の感じのことが、恥ずかしいことになるんだ。物理より、やり取りの中に、それはあったのか・・・。なんか、羽奈賀っぽいぞ、これって。やっぱり、あいつは、進んでた。大人の中で育ったから、と、羽奈賀自身が言っていた意味が解る気がした。

「んで、ふてえ、って?」
「図々しいってことね・・・あと、私、運がいいの」
「運が良い?」

 少なくとも、俺には、今の清乃は、薄幸な境遇にしか、感じられないのだが・・・

「私、男運がいいの、いい男が、間髪入れずに現れる。あの人の後に、雅弥が現れた」
「・・・それは、・・・なんか、違う」

 今の状況を、そんな風に解釈できるのか?・・・というか、今日、たまたま、そういう日だったってことじゃないのか?(・・・貴女にとっては)

 ここに来たのが、違う男だったら、どうなったんだろうか?

「そう?」
「うん、なんか、違うと思う」
「・・・でも、本当、雅弥がいなかったら、辛すぎて、ダメだったから、今夜は」

 煙草を美味そうに吸って吐いて、また、俺に咥えさせた。普通に受け取って、ゆっくり吸い込んだ。ああ、今度は、なんとか、大丈夫だ。また、口から、喉の奥の方が、清乃の感じで、いっぱいになった。

「あち・・・」
「ああ、そんなに強く吸ったら、フィルターまで、熱くなる。短い煙草だから」
「もう、終わりかな、これで」

 目配せで合図しながら、灰皿を寄越してきた。ここで火を消せということか。俺はそれを捩じ消した。

「ふーん、今日、悪いこと、教えちゃったねえ」
「え・・・悪いこと、なのか?」
「そうよ、法律違反」
「え、だって、18歳・・・?」
「ふふふ、そっちは、大丈夫だから、今日、来た癖に。じゃなくて、こっち」
「あああ、煙草」
「これはダメだからね・・・こっちの方と込みで、んー、後始末していく?お風呂と歯磨き」
「ああ、そうか・・・」

 幸い、服は、ほぼ、着ていない、とは言え、煙草を吸った部屋にかけてある。服に若干ついている分には、喫煙者がいる喫茶店とかに行った時の感じぐらいだろうか。しかし、清乃が、俺の髪の臭いを嗅いで、言った。

「まあ、こっちの方が、このまま帰ったら、気づかれて、怒られるよね。十中八九。家の人達に会わないで、お風呂行ける?」
「あああ、そうか・・・煙草って、かなり、臭うんだ・・・」

 自分の周辺に、それが、纏わりついている。
 こういう感じなのか、喫煙者って。

 自分の周辺に、それが、纏わりついている。
 こういう感じなのか、・・・って。

「そうよ、そういうことも考えておかないとね。・・・大変なことしちゃったのかもねえ」
「え、・・・そうなのか?」
「実はさ、先輩に当たる、大人を紹介者にする『青』って、合法的なんだよね」
「煙草の話じゃなかったのか?」

 話があちこちに行くのが、女との会話だ、とか、前に、兄貴が言っていた通りだ。

「・・・いや、変だなとは思った。わざわざ、そんな仕組みみたいなのがあるなんて・・・」
「きちんと、信頼ある大人が間に入って、年齢と立場の線引きがされて、デビューってことだからね。この地域の昔からのあれみたいだよ。・・・まあ、ちょっとの間、噂されるし、そういう意味では、少し気になる瞬間があるけど、二年過ぎれば、二十歳でしょ。その時には、もう一人前ね。煙草もそうなのかもしれないけど・・・まあ、でもね、フライングなんて、ザラな話で。ただ、ゴタゴタはね、また、尾ひれがつくから・・・これは、素直に聞いておいて頂戴、私の為にも・・・」

 珍しく、言い諭すような言い方をされた。・・・まあ、そうなんだろうな。・・・っていうか、自分から、人に話すわけないし・・・。

「・・・わかった、風呂は借ります。煙草は、臭いでバレるのが、よく解ったから」
「嫌いじゃないよね?きっと、好きになる感じだよ」
「思ったより、美味い。驚いたんだけど・・・」
「でも、今はダメよ、大事な時だしね、教えといて、なんだけど・・・」
「家の人間は吸わないから、子どもの時に、お遣いで買いに行かされたこともないし、まあ、まだ、買ってまで、って程でもない。人の目もあるし、それは」
「東都大学の学生になって、勉強していたって、二十歳すぎれば、いくらでも、煙草は吸えるよ」
「・・・」

 なんか、先の話とか、全く、今は、考えられない。俺、東都に行くんだっけか・・・。

「今から、言っとくね。雅弥の感じ、私、すごく、解ってるつもりだから・・・馬鹿なことは考えないで頂戴ね。私のことは、私自身で面倒見るからね、さあ、行くよ」
「あ、いい、一人で」
「・・・それとこれとは、別の問題だからね、うふふ」

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「あら、いいわね」
「こうしてれば、撮影してきた感じがするから」

 玄関を出る前に、カメラを首からかけた。

「必要悪、大切なことを護る『嘘』もあるものよねえ・・・こうやって、少年は、大人になっていくのね・・・はい、お疲れ様、気を付けて」
「なんだよ、それ、・・・また、・・・来ますから」
「そ」
「客じゃなくて」
「なら、お金持ってこないでね」

 そういうと、どちらからともなく、引き合うように・・・何度目だろうか。もう、馴染んでしまっている感じだ。煙草の味は、互いにしなかった。歯磨き粉の果物とハッカの感じが、重なった。

「・・・おやすみなさい」
「うふふ・・・じゃ、またね」

 彼女は手を振った。これは、社交辞令でない、今までと違う、それだった。

 来る時も、意を決して、ドアのベルを鳴らしたが、帰りはまた、違った意味で気遣いながら、アパートを出る。人に見られていないか、確認しながら、慌てて、その道を出て、左に、更に坂を下り、帰ろうとしたが、きびすを返し、自販機に戻った。りんごジュースを一本買う。手に持って、坂道を、もう一度下った。その後は、よく知った海岸沿いを通り、自宅の方へ向かった。誰にも会わなかったのが、幸いだった。

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 自宅の門をくぐった。敷地内に入り、祈った。・・・どうか、出迎えは、明海さんでありますように・・・。時間は、十時を過ぎていた。

「あんちゃんだあ、お母さん、あんちゃん、帰ってきたよ」
「まちなさい、やっくん」

 バタバタとした、足音と共に、意外な家族が出迎えた。

「ああ、泰彦、ただいま、いいのか?起きてて」
「明日、学校、特別なお休みだって」
「にしたって、寝なくていいのか?」

 そこへ、母親の明海さんが来た。

「うーん、泰彦がね、雅弥君に渡したいものがあるって」
「へへへ、これ、あんちゃん、どうぞ」
「・・・何かな?」
「誕生日だから、って、どうしても、今日、渡したいって」
「そうか」
「星の絵をかいたんだ。あんちゃん、教えてくれたやつ、」

 クレヨンで、真っ黒に塗りつぶした絵を渡してきた。

「え?」
「学校の図工でやったやつ、もう一回、やったんだ。ほら、ここ、引っ掻くと、好きな星が増やせるやつ。だから、あんちゃんの好きな星座が書けるよ。星座を変える時は、黒いクレヨンで塗れば、元に戻るから、違うやつにできるよ。はい、お誕生日、おめでとう」
「へえ、すごいな、ありがとう。大事にするよ」

 嬉しそうに、照れ笑いをする、甥っ子の手は、黒く汚れていた。黒塗りの下に、色々な色を、これまた、敷き詰めるように、塗ってあるらしい。自分も、小学生の頃やった記憶があった。引っ掻くと、綺麗な色が現れるやつだ。

「お風呂、一緒に入ろう、あんちゃん。手が真っ黒になっちゃった」

 しゃがんで、それを受け取ると、手を目の前に、パッと開いて見せてきた。

 ・・・こいつ、本当に可愛い奴だなあ・・・

 頭を撫でてやった。

 こんなのを見せられると・・・なんとなく、自分の今日の所業に、後ろめたさを感じてきた。

「ありがとうな、よし、行くか。その手、しっかり洗わないとな、ああ、これ、後で飲みな。お母さんに渡しとくからな」
「わあ、りんごジュース、おいしいやつ。あんま、お店にないやつだよね?」
「ごめんね、待ってたのよ、帰るまでって。今日は、撮影だから、って言ったんだけどね」
「ケーキは、明日、買いに行くんだ、お父さんと」
「ああ、そうか、そしたら、泰彦の好きなの、選んでいいよ」

 泰彦のお蔭で、なんとなく、ごまかせそうだが・・・、あ、そうか。泰彦がいるので、明海さんが、脱衣所の前までついてくるんだな。まあ、いいや。

「はい、これね、泰彦、パジャマね」
「うん、解った」
「ごめんねえ、本当に」
「いいですよ、大丈夫・・・あ、制服、棚の上に置くんで、自分で持ってくんで」
「・・・あ、助かるわ。ごめんね。泰彦、あまり長湯しないで、出たら、寝るのよ。夜更かししたら、明日のケーキ、やっくんの分はなし、になるからね、いい?」
「はいはいー」

 泰彦は、パッパッと、服を脱いだ。

「洗濯機に入れていい?」
「ああ、まって、こっちの籠に入れて」
「うん・・・あんちゃん、行くよ」
「ああ、解った」
「じゃあね、籠の中に入れといてくれたら、いつも通りに、Yシャツ、襟と袖、当たって、下洗いするからね」
「あ・・・はい・・・いつも、すいません」

 あまり、触られない方がいいな、それ・・・。制服は回避したんだけど・・・。

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 明海は、一度、脱衣所から廊下に出て、少し用を済ませて、また、戻った。洗濯の下準備として、衣類の仕分けをする為に。雅弥が、脱いで、風呂場に入るのを待っていたのだ。

「あれ・・・?」

 雅弥の脱いだ衣類の中から、それは出てきた。察しがいい、兄嫁は、それを見逃さなかった。煙草の臭いは、寧ろ、気にならない程度だった。よくある感じだったからだ。

「お茶でもして、星見て・・・そんな感じかなあ・・・んー、だけでもなかったりして・・・?」

 かなり、長い髪の毛が一筋、Yシャツの内側から、出てきたのだ。

「そうなのねえ、鷹彦さんの見立て、間違えてなかったんだ・・・」

 明海は、鷹彦と二人、自分達が、結婚に至るまでのことを考えれば、ごく普通のことだと、納得した。どこで、どうした、という、この小さな田舎町で、その設えに苦慮したことまで、思い出された。

 明海は、また、義理の弟の秘密を知ってしまった。そして、また、このことも、心に留めておくことにした。
                             ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 「5月15日」 守護の熱 第十四話

お読み頂き、ありがとうございました。
日常の中で、人とのやり取りがあって、ある人の存在が特別になっていく瞬間、この移り変わりが好きです。

結局、二人は、出会った時、既に、お互いを、なんとなくではありますが、意識していたようですね。この日のアクシデントで、このようなことになりましたが、恐らく、それがなければ、そうならならなかったかもしれませんが。恐らく、第十三話で、清乃が言っていた、パターンA「お金を受け取らない」になり、関係性は、そう縮まらなかったのではないかとは思います。

でも、雅弥は、こうなった後に、自分の気持ちを白状している部分があります。いずれにせよ、心の中で『好きな人を護ろうとする使命感』は、生まれてしまうのかもしれません。今回の件は、大切な人を護ろうとする、彼の生涯の中での、初めての経験となっていきます。これが「守護の熱」です。

実は、この話、次のように、章に分かれているのですが、ややこしくなるので、通しで話数を切っています。
第一章「親友の秘密」(第五話 羽奈賀君がランサムに帰るまで)
第二章「守護の目覚め」(第六話から、今回の第十四話まで)
つまり、次回から、第三章に入ります。ガラリと変わって、学園ドラマ風なのが、進みます。

解説的に長くなりました。ここまで、お読み頂き、ありがとうございます。
長い連載になってきました。こちらから、お話の前段を、御覧頂けます。
宜しければ、お立ち寄りください。



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