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靴を履く時も、その音が深夜の家の中に気配と共に響くような気がした。決めた気持ちのまま、そっとドアを開けた。
冷気はこの冬一番くらいの冷たいためいきを一吐きすると、僕には用がないと言わんばかりに玄関をすりぬけて行った。
門までの踏み石は硬く凍っていた。僕は、今しがた通り抜けて行った冷気の奴のせいなんだな、と思った。誰のせいだろうと、滑らないように気を付けて踏み石の上を踏んでいかないといけない。転んで痛い思いをするのは僕なんだ。踏み石だって迷惑だろう。
門の手前で月を確認した。
そこで見たのは、大きな丸い月だった。そんなはずはない。今夜は「半月」なんだ。どこからその光る「半分の月」を持ってきたのか、どこからどう見ても「満月(風)に」見える。
空を見上げてぼうっとしている僕に、門にからんでいるつるばら達が「くすくす」と笑ったり「ひそひそ」とささやいたりしていた。
花が咲く時期はまだ先で、冬の寒さにじっとしているはずのつるばら達だ。
「見て見て、びっくりしてるわよ」
「びっくりしてるわよ」
「ぼうっとしてるわよ」
そしてまた「くすくす」とお互いにつついたり、ゆれたりしながら笑ったり、ささやいたりしていた。
僕がつるばらを振り返ると、みないっせいに静かになった。
もう一度空を仰いだ。やっぱり半月だったはずの月は、どこにも存在しなかった。影になっていた半身が堂々と姿を現して、円形をなしていた。
僕は昨日の授業中に先生が教室に運び込んだ、大きな天球儀を思い出していた。


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