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地方銘菓で糖分を(3)「午後22時のモノローグ」東京ばな奈編

友部理子(26)はカフェや喫茶店が大好き。スウィーツ大好き。地方銘菓が
大好き!そしてお茶の時間を愛している。
そんな彼女がアシスタントを務める、世田谷の小さなデザイン事務所「羊進円」。
社長の伊藤(45)、デザイナーの中野(36)、八木(32)、桜井(28)
の男四人と無愛想な経理の女性、石井(34)。
皆独身で、皆変人。決して、仲がいいわけでもない。ただ、唯一の共通点は皆、
甘いものが大好き。
そんな「羊進円」に毎回、地方銘菓がやってくる。
甘味を巡って、事務所内で蠢く人間模様。理子の恋愛が始まる?
そんでもって理想のお仕事とは?
甘いものを巡る、甘くない恋愛&お仕事小説。

(前回のお話はこちら↓)

「どうも申し訳ございませんでした!」
 
世田谷のデザイン事務所「羊進円」の作業フロアで桜井さんが土下座をして叫ぶ。
 よくドラマで見る土下座を理子は生まれて初めて肉眼で見た。
 でも、これといった感慨はなかった。
というのも、土下座している桜井さんも、されている作業フロアの自分達もどこか芝居掛かっていていたから。
 それと桜井さんがしでかした事の大きさから、いた仕方ないと思ったから。
 大の大人が仕事の締め切りを守れず、寝てしまう。そんなの五歳児かと思って  しまう。例えそれがナレコプシーという病気だからといっても。
 
 理子以外の事務所のスタッフは桜井さんの被害に何度かあったのか、土下座に目もくれない。
唯一、中野さんがコーヒーの入ったマグカップを桜井さんの背中の上に置き   「今日はお前、俺のカフェテーブルやれ」と言って鼻で笑う。
桜井さんは黙ったままその体勢でいる。
「おい、八木。早く、写真に撮れよ。で、インスタに上げろ」
「あ、確かに。いいネタですね」
 八木さんが振り返って、カフェテーブルに化した桜井さんをスマホで撮影する。
「ちょっと、そんな画像アップしないでよ!」
 見かねた経理の石井さんが声を荒げる
「何で?バズるよ。フォロワー増えるって」
「バカ、炎上するよ。パワハラだってさ。最近は厳しいんだから」
「そう?」
「それにこんな社員のいるデザイン事務所に仕事をお願いしようと思う?」
 皆、四つん這いになり背中にマグカップをのせた桜井さんをジッと見つめる。
「まあ、確かに。狂ってる事務所だよな」
 中野さんがケラケラと笑った。

そこに社長が「お疲れー」と出社してきた。
作業フロアで土下座をしている桜井さんを見て
「お、いい土下座だねえ」と目を細める。元々細い目が糸のようになる。
「あ、その背中のコップは何?江戸川乱歩の『人間椅子』のオマージュ?」
 そう聞いてくる社長に中野さんは半笑いで答える。
「あ、惜しい。『家畜人ヤプー』のオマージュです。今日からこいつ、     俺のカフェテーブルになります」
「ああ、そっち?お耽美だねえ。そういうデザインの仕事、           たまには入らないかねえ」
 二人の会話の意味がさっぱり分からない理子は『人間椅子』『家畜人ヤプー』とググってみる。「耽美派小説」とある。
今までの理子には全くない価値観で、ウィキペディアの説明を読みながら   「ありえない」「気持ち悪い」と心の中でつぶやいた。

「あ、理子ちゃん、羊進円カフェの方はどう?準備進んでる?
俺、こんな人間カフェテーブルは嫌だから」
「あ、はい。今、いろいろ注文してて届き次第、スタートします」
 石井さんがチラッと理子を睨むが、理子はその視線に一切気付かない。
「それは楽しみだねえ」
 微笑みながら社長は奥の会議室に入っていった。
 あ、どうせ後から社長はコーヒー持って来いと言うだろうな。
理子はキッチンに行き、コーヒーメーカーに豆をセットする。
今日の豆は偵察に行った桜新町にあるオガワコーヒーに行って購入してきたのだ。
こんな静謐な工房のような雰囲気のカフェにできたらいいなと思いながら、   理子はその雰囲気とコーヒーの味を楽しんだ。

理子が地方から上京し、この羊進円に勤め始めて三ヶ月。
事務所の仕事には慣れ、羊進円のスタッフの変人ぶりにも驚かなくなってきた。 まあ、これは麻痺だからあまり良い事だとは思わないけど。
そろそろプライベートも充実させたいと思い始めた。
素敵な彼氏が欲しいなあ。
仕事で出会いは全く期待できないからマッチングアプリにでも登録しようか。
でも二年前、まだ地元にいた頃、マッチングアプリで知り合った男の子とのデートはトラウマになった。格好良かったのに突然、毒親について告白されたのだ。  それ以来、怖くなってマッチングアプリは退会してしまった。
東京で探したら、いい人はいるかな。
仕事のやり甲斐とプライベートの充実。
これを普通に両立させている人がいるのに、自分はまだまだほど遠い。
 
と、事務所のインターホンが鳴り、理子は我に戻る。
モニターの画面を見ると運送会社の制服を来た男の人が映っている。
「あ!来た来た!」
 理子はオートロックをオープンさせて玄関に小走りで向かう。
外履きに履き替えて、扉の前に理子は立った。
遠くから足音が聞こえる。扉のインターホンが鳴ったと同時に理子は扉を開けた。
「えーと、こちら、デザイン事務所『ようしんどう』ですか?」
「はいはい!」
 理子は宅配便の男の人から段ボール箱を奪うように受け取り、        受取票にサインをする。そのまま段ボールをキッチンに運んだ。
 ウキウキと弾む気持ちで理子は段ボールに貼られたガムテープを剥がしていく。蓋を開けて、緩衝材を取り出すと中からプチプチに包まれたものが姿を現した。
 理子はニマニマとにやけてしまう。
厳重に包まれたそのプチプチをそっと開ける。
中から白地に黒い細い線が描かれたカップが姿を現した。
「かわいい…」
 理子は手に取って惚れ惚れと眺める。
 カップに描かれた黒い線は、ただのまっすぐなストライプではない。     手書きのような温かみを感じさせるライン。そしてその線の上に描かれた小さな ドッド。シャープさの中にどことなく感じさせるとぼけた感じ。
黒い線でここまでモダンを作れるなんて、
ライヤウォ・シッキネンは本当にすごい!
理子は静かに熱く感動していた。
そして同じ柄のソーサも取り出し、カップをそっと置いてみる。
嗚呼、完璧だ!本当にこのデザインにして正解だった。自分のセンスを褒めたい。早くこのカップにコーヒーを入れたい!

「何それ?」
 理子がキッチンで長い間、ぺたりと座り込んでいるので中野さんが
わざわざやってきた。
「これ、見てください!めっちゃ可愛くないですか?」 
 理子は中野にカップを見せる。
「随分地味だな」
 勝手にプチプチを手に取って中野の答えに理子は驚く。この人は本当にデザインを仕事にしている人だろうか。

「何言ってんですか?これ、アラビアですよ」
「何それ、中東のメーカー?」
「違いますよ!北欧のフィンランドですよ」
「はー、好きだねえ、若い女の子は北欧が」
 中野さんがニヤついて言う。
「何でも北欧風にデザインしときゃオッケーみたいな感じ、浅はかなんだよな」
「な…」
 そう言うなり中野さんはいきなり振り返る。
「あ!八木!余計な事すんな!」
 桜井さんの背中のコーヒーカップを八木さんが手に取っていた。
自由になった桜井さんが立ち上がるなり、ダッシュでベランダに逃げる。
「待て!桜井!」
 中野さんが桜井さんを追う。作業フロアで所狭しと追いかけっこする二人を理子は呆れながら見ている。
何だろう、この三十六歳と二十八歳は一体…。
 美しいアラビアのマイニオの隣でバタバタと騒ぐ、アラビアも知らない男達。 どっちが浅はかなのか。
本当に変なデザイン事務所に入ってしまったものだ。
 理子は脱力しながら包装を解いたカップとソーサーのセット、
八客を軽く水洗いした。
 すると再び事務所のインターホンが鳴った。
「わ!来た来た」
 梱包材を畳んでいた理子は飛び上がるように立ち上がった。
 
一日に立て続けに「羊進円」に宅配業者が訪れて、続々とコーヒーグッズが届けられた。  
 カップとソーサーに続き、流線の形が美しいハリオのコーヒーポット。
艶のないシルバーがどんなデザインのカップにも合うと思って即決だった。
アラビアのカップが高かった代わりにこちらは値段が控え目だったのも、
即決の理由だ。
 そして白い、やや厚みのある波佐見焼のコーヒードリッパーを三つ。
三人分一気に入れられるようにだ。
そのコーヒードリッパーを並べる為の真鍮製のコーヒースタンド。
科学の実験のように、三つ並べられるものを探したら艶消しされた美しいラインのスタンドを手作り商品を売るアプリでみつけて、こちらも即決だった。
 
これでとりあえず最低限のものが揃った。
理子はコーヒースタンドの上にドリッパーを置く。
まだ水も入れていないポットを持って、上からお湯を垂らすジェスチャーをして みる。
エアコーヒードリップ。
うん、いい感じ。
これで最低限の「羊進円」カフェが出来ると理子はご満悦だった。
社長もこれだったら満足してくれるかしら。社長がコーヒーを飲みたい時は、このセットを会議室まで運んで入れるとするか。
理子は届いたコーヒーグッズが入っていた段ボールを潰してまとめ、梱包材は  ビニール袋にまとめた。

そして、領収書をまとめて石井さんに差し出した。
「石井さん、これ」
 石井さんは理子から差し出された領収証を一瞥し、そのままパソコンの画面を 見つめて入力している。
「あの…領収書です。羊進円カフェの」
 理子の言葉を石井さんは無視してパソコン画面に向き合っている。
「あの…」
「知らない」
 石井さんはパソコン画面を見つめながら尖った声を出した。
「え」
 作業フロアの雰囲気がピリッと張り詰める。皆、背中で二人の会話を盗み聞いているかの如くである。
「知らないって…あの、私、自分のカードでたて替えてて…」
「私、聞いてない」
「え。あの前にリストを渡した…」
「私、それいいって言ってないよね。あんたが勝手に買っちゃったんじゃん」
「え、でも社長がいいって…」
「じゃ、社長に言ったら?」
「そんな。社長が石井さんに言えって」
「私、今、忙しいから話しかけないで」
「え」 
理子は愕然となって自分のデスクに戻った。
 中野さん、桜井さん、八木さんは二人の会話を無視してデスクの前に張り付いている。
背中からは「関わってはいけない」というオーラが伝わってくるようだった。
普段はあれだけ理子をからかうのに、こういう時は誰もフォローしてくれない  のだ。
いや、それ以上に石井さんを怖がっていると言える。
 全部で74380円。石井さんに最初に提出した予算より安くなっているのに。これを社長に払って下さいと言うのか。石井さんが払ってくれないからって。なんだか告げ口するようで気が重いなあ。
 それに何で自分は石井さんに、こんなに邪険に扱われなきゃいけないんだろう。
 理子は納得できなかった。 

その後、すぐに石井さんは立ち上がるなり、バッグとジャケットを持って   「じゃ、お先に」とあっという間に帰ってしまった。
社長も「久々に会食だー」と取りつく島もなく事務所から出て行った。
中野さん、八木さん、桜井さんも特に締め切りがないので、夕方に退社して   しまい、事務所には理子が一人残った。
理子は三人にそれぞれ頼まれた雑務が残っているのだ。

一人だけだと仕事に集中出来ていい。
それでも一瞬、涙がこみ上げてくる。あんな言い方ってないよな。
何だろう、石井さん、更年期かな?でも、更年期はもっと年上の女性がなるよな。ウィキには閉経前後五年ってある。閉経は五十歳くらい?石井さんは三十四歳。 じゃあ、違うよね。

うじうじと考えてしまうので、理子は立ち上がってキッチンへと向かう。
今日届いたカップを手に取る。やはり可愛い。ニヤニヤついてしまう。     悲しいときはこうやって綺麗なものを眺めていれば少し元気を貰える。
それとコーヒーと甘いものがあれば。

理子は自分の為にコーヒーを入れる事にした。
この羊進円カフェセットを最初に使うのは私だ。

ミネラルウォーターをケトルに入れてガス台にのせる。
ドリッパーに紙のフィルターをのせて、オガワコーヒーのコーヒー豆をちょっと 多めにセッティングする。
コーヒー豆を少し多めにすると不思議とものすごい贅沢をしている気持ちになる。なんて自分は安上がりなのだろう。
ドリッパーの横を軽いて豆を平らにしてからコーヒースタンドの上に置き、   その下にマイニオカップをセッティングする。
と、その瞬間、入り口の鍵が開く音がした。驚いてキッチンを出て行くと入って きたのは桜井さんだった。
「どうしたんですか?桜井さん、びっくりした」
「あ、良かった理子ちゃん、いてくれて」
 
キッチンからお湯がシュンシュンと沸く音がして、理子は慌てて戻りながら
「あ、今、コーヒーを淹れるところなんですけど、桜井さんも飲みますか?」
と声を上げる。
「わー。ラッキー。飲む飲む」
 桜井さんの明るい返事が返ってきたので、もう一つのドリッパーにコーヒー豆 をセッティングする。
 ケトルのお湯が沸いたので、セッティングされたコーヒー豆の上にタラリと「の」の字に垂らす。

うん、このケトル、使いやすい。買って正解だ。
コーヒー豆が泡となって盛り上がり、深く香ばしい香りが立ち上る。      その香りを嗅ぐと、理子の心は落ち着いていく。
タラリ、またタラリと泡を潰すように丁寧にお湯を注ぐ。
泡を眺めながら無心になれる。あまり丁寧にゆっくりとコーヒーを淹れていると 冷めてしまうので、この辺りの時間のかけ方はなかなか難しいけれど。
「お、早速、使ってるんだね、今日届いたやつ」
 桜井さんがキッチンを覗きにきた。
「それにしても随分、シャレオツなものを買ったじゃん。うちみたいな事務所には
勿体無いくらいの」
「何言ってるんですか。デザイン事務所ですよ。うち」
「そうだけどさ。デザイン事務所にもピンキリあるでしょ」
 カップの八分目までコーヒーが入ったのを見計らい、
理子はソーサーの上にカップをのせる。美しくて惚れ惚れしてしまう。
「うわ!完璧。はい、どうぞ」
「聞いてないね」
 桜井さんは苦笑しながらコーヒーを受け取って、作業フロアの中央テーブルの椅子に座った。
「こっちで飲もうよ。甘いもの買ってきたよ」
 テーブルの上に小さな紙袋置いた。
「えー?何ですか?」
 桜井さんは紙袋から箱を取り出して理子に見せる。それはポケモンの柄が入った東京ばな奈だった。
「わ!東京ばな奈だ!」
「食べたことある?」
「ないんですよ!中々機会がなくって。今度、実家に帰る時にお土産に買おうかなと思ってたんですけど」
「実は俺もないの。実家東京だしさ。いつも横目で『ああ、なんかあるな』と見てたんだけど。今日の帰りさ、新宿駅のキヨスクに売っててまた目に入って理子ちゃんの事、思い出しちゃってさ」

「え?何で東京ばな奈で私なんですか?」
「東京ばな奈がって訳じゃなくて、理子ちゃんて地方銘菓が凄い好きじゃん。有名
なお菓子屋のケーキの差し入れより、めっちゃテンション高いから」
「そうなんです!私、地方銘菓が本当に好きで。地方銘菓って、その土地の風土と
産業を背負っててロマンを感じるっていうか」

「…風土と産業ねえ。大げさだなあ」
 桜井さんは唖然としている。
「でも確かにその土地の広告塔でもあるよね。はい」
 桜井さんは箱から一つ東京ばな奈を取り出して、理子に渡した。
「ありがとうございます。ピカチュウ、こんな風にプリントされてるんですね」
 理子と桜井さんはビニール袋を開けて、おもむろに東京ばな奈にかじり出す。

「うわ、スポンジもクリームもふわふわですね。これなら小さい子もお年寄りもい
けるし、サイズも大きすぎず小さすぎずで絶妙ですね。凍らしてもいいし、あ、
これ積み上げて生クリームでデコレートしたらケーキみたいになっていいか
も!」
「凄いね、理子ちゃんはデザイン事務所じゃなくて、お菓子メーカーの開発にいっ
た方がいいんじゃない?」
「それだと同じお菓子ばっかり食べなきゃいけないじゃないですか」
「は〜。わがままだねえ」
  理子と桜井さんは、早くも二つ目の東京ばな奈に手を伸ばす。
「バナナ風味も中々効いてますね、こういうお菓子って大概カスタードクリームだ
から。考えてみたらバナナ味の地方銘菓ってあんまりなかったなー」
「うん、盲点だね。バナナって身近すぎる食材だからね」
「東京ばな奈も盲点でした。存在は知ってたけど買った事なかった。
どうしても地方のお菓子の方を見てました。すぐそばにこんな地方銘菓があったんですね」
「青い鳥みたいな事言っちゃって。買ってきて良かったよ」
  桜井さんはコーヒーカップを持って眺めながら言う。
「かわいいね、これ」
「ですよね?優雅な気持ちになりますよね?」
 理子は賛同を得られて嬉しかった。
「なんだっけ?このカップ、アラブだっけ?」
「アラビアです」
「社長に言った?領収証の件」
「あ、まだです…」
 理子は一気に心が重くなる。
「それ出して。俺から言うから」
「え」
 桜井さんの思わぬ申し出に理子は驚いた。
「俺がうまい事やっとくから。あの時はごめんね、フォローできなくて。あそこで下手に入ると、石井さん更に拗らせちゃうからさ」
 なるほど。この東京ばな奈はそのフォローだったのか。桜井さんて結構、気を使えるんだな。それは理子にとっては予想外だった。
「ずっと今まで紅一点だったのにさ、いきなり十個くらい年下の女の子が入って きて、それで事務所の事を色々変えられたら、まあそりゃ石井さんも面白くないん
じゃない。だからあんな女子中学生みたいな態度取っちゃったんだよ。あんまり
気にする事ないよ」
「はあ」
 確かに。理子は顔が熱くなる。事務所が良くなればと思っての行動だった。
配慮が全くなっていなかったなあ。全く周りが見えていなかった。
難しいな、人間関係って。
「それと以前、お金でちょっと揉めたことがあったから、石井さんもその辺り神経質なんだよね」
「え、揉めたって?」
「ま、それはおいおい」
「はあ…」
理子は領収証をまとめて桜井さんに渡した。
「はい、確かに。これでこの間仕事を寝飛ばしちゃったの、チャラにしてもらえ
る?なんか本当にごめん。朝まで仕事させちゃって。始発で帰ったんでしょ?」
「いえ。仕事ですから」
「今日は頼むから終電までには帰ってね」
 
桜井さんは立ち上がるなり、理子の頭をポンポンと軽く叩く。
 え?と理子は虚をつかれた。
「じゃ、俺帰るわ。コーヒーごちそうさま」
 そう言って桜井さんは出て行った。
 残された理子は呆気に取られていた。
桜井が叩いた頭を触ってみる。
 こ、これが少女漫画などで話題の「頭ポンポン」!
初めてされた。今まで付き合った彼氏にもされた事がなかった。
とりあえず嫌な気持ちはなかった。
むしろ、石井さんと揉めた自分の為に、わざわざ戻ってきてくれた事が嬉しかった。
しかも困っていた領収証の処理まで考えてくれている。優しいな。
何も考えていない口だけのカフェテーブルだと思っていたのに。
それによく見ると、笑うと爽やかなんだよな。

桜井さん、東京ばな奈を見たら私の事を思い出したと言ってた。
理子は東京ばな奈を手に取った。
え、桜井さんってもしかして私の事…。いや、まさか。あのカフェテーブルが。
でも、そのまさかかも。
私の彼氏候補がこの変人ばかりの羊進円に?
あまりにも近い距離であり得ないと思っていたけれど、もしかしたら青い鳥なのかもしれない。
この東京ばな奈みたいに。
理子は東京ばな奈にプリントされたピカチュウに見つめられた気になって、   思わず目を逸らした。(続く)

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