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【小説】180cmの男、三輪車で坂を下る

「よーし、ブンブーン! いっくぞぉー!」
「お前マジやめとけって! 死ぬぞ!」
「大丈夫、俺カラダだけは強いからよー!」

 知り合いが180以上の巨体で三輪車に乗って坂を下るというのだ。本当に大丈夫なのだろうか?
 ここで死んでしまったら自分が止めなかったということで何かしらの責任を取らされるのではないのだろうか?
 色々と考えると不安でしょうがない。

「3、2、1。ファイア!」
「うわー、もう止められないよな…」
「ブォーン!」

 地面を蹴って蹴ってそのままの助走で長い下り坂へと入っていった。

「ヒャッホー! 楽しい!」

 ものすごいスピードで三輪車が坂を下っていく。途中でグネグネとした曲がっている道をなんとか三輪車で駆け抜けていった。

「フォーーー! 三輪車速いねー!」

 もうこの男を誰も止めることは出来ないだろう。そのままどんどん加速していく。ブレーキをしない。
 脳みその方もブレーキも壊れてしまっている。このスリルこそ生きている充実感であり楽しいからだ。

「うぉぉぉぉぉ! あっぶねぇ!」

 速すぎて危うくバランスを崩して坂の途中の道を外れるところだった。だが上手いことやり過ごしてブレーキのない三輪車を楽しむ。

「うぉぉぉぉぉ! 気持ちいい! 風を全身に感じる! 俺、今生きてるよ!」

 世の中には死の淵に追い込まれないと生きている充実感が味わえない人もいる。この男もその1人なのかもしれない。

「ふぅー! タラちゃん見てるか! これが本当の三輪車の乗り方だぞ! あんなトロトロと鈍いなぁー、動きは本物のなぁー、三輪車じゃねーぜ! いいか、タラオ見とけ!」

 ブレーキなしで長いこと坂を下っているのでもう体感で言えばとんでもない速さになっているはずだ。
 耳元も風のゴォーという轟音しか聞こえていないはずだ。そしてもう折り返し地点まで来ていてあと僅かだ。
 スピードが乗っているので下に着くのもすぐだ。

そして…
「よーし! もうすぐゴールだ! そろそろブレーキかな。って、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ぜんぜん止まらない。足を地面に接地してなんとか原則しようとするも弾かれるような感覚になる。

「あっ、俺死んだ…」
「ドゴーン!」

 とりあえず市街地の交差点に飛び出すのは防いだが自分事、山の斜面に激突した。そしてもう1人の方も遅れて下へとやってくる。

「おい、大丈夫か! ってお前血だらけじゃねぇーか!? おい、生きてんのか!? しっかりしろよぉ!!!」

 そのままスピードが出て止められずに頭から突っ込んで血がダラダラ出ていた。

「いってぇー、とりあえず大丈夫。ピース」
「そうか、良かったー」

 生きていたので良かった。そのあと病院に行ったらいくつか骨を折っていた。本当にこいつはバカなやつだ。
 でもケガが治ったらまた新しいスリルに挑戦をすると言っていた。いつかこいつスリルを求めて死ぬ気がする。

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