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マイプロジェクト-島根summit-

2022.02.04にマイプロジェクトアワードの島根summitがオンラインで開催されました。
私は、「私にしか歩めないオリジナルマイライフ」というテーマでこの約10カ月の島根での学びを発表を行いました。
I want you to my learning(私の学び)
      the value of learning in the community(地域で学ぶ価値)
      ⅾomestic Study Abroad(国内留学)
この3つを本気で伝えたいという想いで参加しました。
ここでも私の学びを伝えるのでぜひ最後まで見てください。

思考力、価値観が変わる「地域」

 留学生活はどれも私にとって新鮮なものでした。部活では、ビーチバレーボールをしたり、合宿があったり。夏は、寮の屋上で花火が一望できたり。冬は、寮でクリスマス会や友達とスキーに行ったり。縁が重なり、人との出会いがたくさんありました。そんな生活と出会いの中で私の思考力価値観は徐々に変わっていきました。最も大きく私を変えたのは、「部活」と「スペシャルチャレンジ」です。


本気でやるからこその楽しさ

   私は今、バレーボール部に所属しています。バレーボールは高校から始めたため強豪校と言われる三刀屋高校でバレーボールをプレーヤーとして続けるつもりはありませんでした。しかし、部活見学に行った際、顧問の先生やチームから「バレーボール好きなら一緒にしよう。」といってもらえたのがきっかけで入部を決意しました。また、見学の日の帰りに2年生のバレー部全員で私の寮まで送ってくれたことがすごく嬉しかったです。初めて会ってまだそんなに打ち解けあってもなく、また寮生は誰もいないのに送ってくれたことがすごく嬉しく、この場こそ「自分らしくいれる」と思いました。
   また、部活でも新鮮な体験がありました。それは、ビーチバレーです。インドアとは違って地は緩いし、全然飛べないですが、2人でコートを守るということで自分の足の動いていないことが痛感させられました。また、アウトドアでやることに風が生じるので風向や風の強さを考えてゲームを進めていかなければなりません。ビーチバレーはみなさんは夏にやるスポーツだとイメージすると思いますが、冬もやります。冬のビーチバレーはすごく寒いです。慣れないことで上手くいかないことばかりでしたが、今では良い思い出です。
   練習はきついし、スキル面でも周りとは劣っているけれど、日々の練習の積み重ねによりスキルが向上し楽しさが湧いてきました。
 留学生は公式戦に出場することができません。バレー初心者の私は、高校一年生の時も公式戦、いや練習試合でさえでることはなかったため、この条件にたいして嫌悪感もなく受け入れました。ある時、顧問の先生に「公式戦に出れないのによくそのモチベーションが保てるな。」と感心されたことがありました。”諦め”という気持ちはないですが、もし公式戦に出れたとしてもこの強豪で私が出る幕なんてないと思っていたので公式戦に対するモチベーションというよりも自分のスキルアップに対するモチベーションで私はバレーと向き合っていました。
 留学生活の中ではじめはクラスメイトと打ち解けることができなかったり、慣れない寮生活やうまくすすめていくことができない勉強。環境が変わったことにより今までできていたことができなくなったことに対するストレス。正直、保健室で休むことも何度もありました。自分の弱さを思い知らされ、また心が痛みました。しかし、そんな日でも部活を休むことはありませんでした。「部活に行けるなら学校の授業も受けれるだろう。」と思う人もいるでしょう。その通りで、ただの”逃げ”だったかもしれません。なぜか部活には行こうと思えました。はじめは、暗かった気持ちも徐々に心が晴れていきました。バレーをしているときは、何もかも忘れ、ただバレーのことだけを無我夢中にこなしていました。ある意味、現実逃避できる存在。バレーが私の人生でなないけれど、バレーが生きがいと言っても過言でありません。
 在籍校でバレーをしていたときから私のバレーに対する熱は熱かったわけではありません。そもそも私にとって部活は”息抜き”のような存在でした。「部活で青春する」というよりは「勉強」のほうが私にとっては大事でした。学校自体が勉強に力を注いでいるため、強化クラブでない限りみんなの部活に対する力の注ぎ方も強豪校のように熱くはありませんでした。練習試合や公式戦では「でれないのが当たり前」でベンチやもしくはビデオ係、私はそんな部員でした。たしかに、悔しかったです。しかし、「まぁ、仕方ない」そんな風に思っていました。チームが勝利したときはもちろん嬉しかったですが、負けようが私にはそんな想いれはなく一時の悲しいという気持ちだけでした。チームでバレーをやる楽しさより、ただバレーが楽しい、好きだ、そんな浅い楽しさでした。
 しかし、三刀屋高校は部活にも本気で取り組み、力注ぎ、高みを目指していました。三刀屋高校生の部活に注ぐ熱さにギャップを感じました。私は、練習ではプレーヤー、公式戦ではマネージャーとしてチームに所属しています。これは個人的感想ですが、マネージャーとしてチームのプレーを客観視することができ、プレーヤーの目線では見えない発見ができたりしてチームに発信できたり、自分のスキルアップのためにもなりました。公式戦で負けたときは涙が勝手にでてくるほど悔しく、自分でもここまでチームに想いれがあることに驚きました。チームで目標が達成できた時の嬉しさはもちろん、負けたときの悔しさ。本気でやるからこその楽しさを学びました。 

ビーチバレーにて



”したい”を”カタチ”にできる嬉しさ

 雲南市には、社会教育プログラムのスペシャルチャレンジという若者のチャレンジを応援してくれる制度があります。
 「やりたいことがあり、声をあげても実現できないことが当たり前だ。”したい”を”カタチ”にできるのは、ごくわずかな人にのみ。そして、その中の成功者もごくわずか。どうせ自分なんて声すら拾ってもらえないだろう。」そんな風に思っていました。そして実際のところ、「私は人と違うことするのが怖かった。」自分のしたいことより他人の目ばかりを気にしていました。恐怖を隠し、前者を理由にずっと逃げていました。「弱い自分を知られたくない。」、「人にかっこ悪い所を見られたくない。」というなんの意味もない、少し押しただけで崩れそうなほど薄っぺらく、中身の空っぽなプライドだけがありました。
 そんなプライドという薄っぺらい壁を壊し、自分を成長させてくれたのはこのスペシャルチャレンジです。
 私は、オープニングセッションに参加した際に市外に通う人と意気投合したことをきっかけに二人で活動を始めました。雲南市を客観視できる2だからこそ伝えられる雲南市の良さを「Love our unnan」というプロジェクト名で発信していきました。
 若者をターゲットにしたためinstagramのアカウントの設立しました。雲南市のSNSで情報発信をしていない飲食店、自営業の飲食店を中心に取材して紹介しました。取材を通してたくさんの人との出会いがありました。また県外にも雲南市の良さを知ってもらいたく、私の大阪の在籍校に雲南市の特産品を送る雲南パックを企画しました。特産品には、雲南市のお土産を選ぶのではなく、雲南市民の愛するローカルフードにこだわり、厳選しました。数ある商品から二人で思案した結果、米粉パン屋さんの米粉クッキー、木次乳業のパスチャライズ牛乳とミルクコーヒーを選びました。送るだけでは、お土産感覚になってしまうと考えたので12月にオンラインイベントを開催し、実際に取材したことをもとに商品を紹介しました。イベント終了後には雲南市をどれだけ知れたのかということや地域の魅力についてアンケートにも協力してもらいました。ここまで至るのに、メンバーとの予定が合わずすれ違い、アポ取りと取材、在籍校の先生とのやり取りなど大変でした。私たちのことを一切知らない方に言葉として想いを伝える難しさを感じました。時には、想いが伝わらず、厳しい言葉をもらうことありました。プロジェクトの活動中は、社会人になって経験するようなことを高校生の段階から経験することができました。自分がやりたくて始めたプロジェクトなのに、大変さが勝ったときは投げ出したくなる時もありました。しかし、このイベントをやり遂げた後は大変さ以上の達成感に溢れました。そして、“したい”を“カタチ”にできる嬉しさを学びました。

スペシャルチャレンジスタートアップにて


地域だからこその「人の温かさ」

 私がこの約10ヶ月間「人にしかできないこと」を自分なりに追求できたことについてです。
   現状から常に正確に判断できるAIに対して感情に左右される人。人は時に「感情」によってミスを犯してしまうことがあります。ミスをしない人はいません。ミスや失敗をたくさんしてその度に反省をし、次のステップで活かしていく。その積み重ね、循環によって人は"できる限り"ミスをしなくなり、そして人として成長していきます。ミスをしないという部分に着眼するとAIに人が勝ることができません。だから、人の仕事を奪っているAIに私は批判的でした。しかし、雲南パックでお世話になった中西さんに取材したときから私はAIに対する考えが変わりました。人がAIに支配されている状況をどう考えているか尋ねると、「AIが人の手助けをしている。」という予想外の答えが返ってきました。人でまかなえない部分を補うのがAIの存在であることに気づかされました。それまで、「AIとこれからどのように私たちは戦っていくのか。そしてその戦いに勝利するにはどうすればよいのか。」というAIは人が便利さ、快適さを追求したあまり生まれた負の遺産とばかり考えてきました。しかし、「これからの社会、私たちはAIと共生していかなければならない。」という考えに至るようになりました。
 また、木次乳業さんの二代目の佐藤さんにはお手紙を通して、木次乳業さんの想い、食と人と経済の発展について教わりました。
    学校評議会にて地域みらい留学365生としてプレゼンした際に後日お手紙をいただいた日野さん。保育所の園長の日野さんからは、子供とAI、会話を通して分かり合う人の温かさについて教わりました。
    学校の行き帰りに知らない地元の方が声をかけてくださる家族のような温かさ。雲南市でたくさんの人と関わる中で最も強く感じたのは地域だからこその「人の温かさ」です。これこそ「人にしかないこと」だとこの留学で身をもって感じました。優しさは温かさであり、言葉やカタチにして100%伝えることはできませんが人と人との間では分かち合うことができます。

大東農産加工場社長の中西さん


これからの私

 これからはAIが代行していく社会の到来に伴い、なくなってしまう職や新たな職が誕生していくと思います。そんな中、私は技術発展のなかでも共生していけるような「人の温かさ」をコンセプトに将来的には起業できたらいいなと思っています。これからも私は、答えのない未知の追求を恐れることなくし続けます。
 そのために留学から戻った、高校生活最後の1年間は、温かさが冷めてしまった都会にもう一度灯がともるようなパイプを築くなど都会と地域を比べるという私にしか見えない視点でこのnoteを通して「地域で学ぶ価値、意義」を伝えたく、執筆活動を続けていこうと思います。
出会いは縁であり、「人との出会い」は自分を変えてくれます。この出会い、学びは留学した私にしか味わえないオリジナルマイライフです。

みなさんが思う人にしかできないこととは何だと思いますか。



各5グループに分かれての発表でそこで思わぬ再会がありました。11月に行われた「島根探究フェスタ」にて同じグループになったプロジェクトチームとまた同じグループになり再開したことです。向こうの方も覚えていててくださっていて、高校3年生の方たちでしたが短い時間でしたがすごく親しく交流できました。私自身、すごく嬉しくコロナが流行していなければ会場開催だったので対面で交流したかったと思いました。本当に出会いは「縁」であることを感じさせられました。忘れられない出会いです。またどこかで再会できることを願っています。
マイプロジェクトに参加したことによって、チャレンジをしている高校生に出会えてすごく刺激をもらいました。「過疎」という言葉が生まれた、島根県。そこには、若者から大人までが「どうにか地元を活性させたい。」そんな想いでたくさんの新たなことにチャレンジする"チャレンジ精神"で満ち溢れていました。


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