見出し画像

細く、長く。

今日のちょっとした曇り空から漏れる
日差しには、見覚えがあった。
開発まもない新しい海辺の街。
そこではよくそんな光が降り注いでいた。
社会人になりたての頃、
学生時代からの男友だちKと、
たびたびその街に出かけていっては
なんということもなく
他愛ない話などして過ごした。
まだ手垢のついていない、
白くてつるつるしたビルの群れ。
どこにいても海の匂いがした。
Kとなんの話をしたのかは思い出せない。
おそらくはその時好きだった音楽とか
学生時代の共通の友人のその後の消息とか、
ありきたりだけれど
優しい気持ちになれる話題だったと思う。
自然の素材を生かした
くすんだ色のアイスクリームを売る店先で、
私たちは自分の影が現れては消えるさまを
ぼんやり見ていた。
イカ墨パスタをわざわざ食べて、
お互いの黒い歯を見せ合って笑っていた。

Kとはイヤな話や誰かの悪口などの黒い話は
したことがなかった。
だから細く長く、
繋がりが途切れることなく
友だちを続けていたのだろう。
Kのことを思い出す時には
温かくて嬉しい気持ちだけが呼び覚まされる。
その街に行くなら、
女友達や恋人とではなくて、
Kがよかった。
Kと並んで歩いてお茶をして海を見て、
あの店のブラインドの隙間から
絵葉書みたいな風景を
眺めているのが好きだった。
何かしなくちゃというイベントは必要なかった。
私は今でもその残像を引きずっている。


今日みたいな光が降ってくると、
私はあの頃に帰りたいと
瞬間的に渇望する。
昔の自分に戻りたいと思ったことはないし、
(もちろん美しい過去も持っている。
死んでも失くしたくない大切な思い出もある)
あの時間をもう一度やり直したい、
というのとは少し違うんだな。
自分とKの居心地の良さを、
立体的な映画を観るように
少し離れたところからそっと眺めていたいのだ。
慣れた暮らしの息苦しさを半分にしてくれた。
Kと会ったあとはいつも心が凪いだ。
現実として今のKに再会したとしても、
きっとあの頃のままの思いには
なれないのだとわかっている。
会わずに離れて過ごしている間に、
違う時間の使い方が染み込んでいるのだから。
どんな関係かはうまく言い表せない。
気づくと同じ仕草をしていたり、
狙わなくても無意識に同じ色の服を着ていたり、
生き別れた腹違いの双子みたいな存在だった。
無計画に街を彷徨って漂っても、
ちゃんと顔を見て話がしたかった。
私は友だちが多い方ではない。
けれども寛いで心を許せる友だちが
何人かいてくれればしあわせなのだ。
気取る必要もないし
黙っていることが苦痛じゃない。
そんな居心地のよい関係を保てる貴重な人達は、
生涯私の心に住み続けてほしいと願う。


何年会っていないだろう。
今日の日のひかりが
面影の輪郭をやけにくっきりと描いて、
それが苦しくて
懐かしくて
どうしようもないと思った。


文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。