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死が近づく季節に、私の好きな花が咲く

春は死が近い。
新しい生活が始まる人も、新しい生活が始められない人も、それぞれの苦しみや緊張や不安があって、4月はそれらの負の感情が表面化する月だと思う。

急に訪れた陽気に誘われて、ふらふらと外を散歩する。今の私は無職で、明日から始まる4月も全く楽しみじゃない。寧ろ不安でいっぱいである。イヤホンをして大きな音でロックを流して、宛もなく近所を歩き回る。

私はイヤホンが無いと外に出られない。私の頭の中は常に私がベラベラとおしゃべりをしていて、ぐるぐると考えすぎて悲しくなったり不安が強くなったりする。だから散歩に限らず、電車に乗る時、駅の中を歩いている時などはいつもイヤホンをしている。

この数日で急に暖かくなった。春が来た。喜ばしいことだ。春は花が咲くし、重たいコートを着なくていいし、季節の始まりのイメージもある。私は4つの季節の中だったら、春が1番好きだ。

だけど大人になってしまったら、春は苦しい季節になった。同級生のみんなが社会人3年目を迎えるというのに、私は未だにアルバイトしか経験が無いし、今もまさにニートである。そんな私にとって新しい年を迎える4月は、なんだか悲しくてみじめな気持ちになる季節。心がざわざわと焦り、焦るのに無力な私には何もできず、今日も1日が終わってしまう。

今日も3月最後の日だったけれど、犬の散歩以外に外に出なかった。明日から来る4月に不安がいっぱいで、逃げるようにイヤホンをして散歩に出た。

家の近くに小さな花壇がある。そこで、毎年この季節になると咲く大好きな花を見つけた。

私はスズランの花が好きだが、スズランには毒があるので公共の場所には植えられない。花壇で見かけるこのスズランに似た花は、"スノーフレーク"という名前だそうだ。鈴のような形の白い花を下向きに控えめに咲かせ、花弁の先には緑の模様がちょんちょんと付いている。

犬の散歩道に花壇があるので、毎日そこを通る。数日前までは咲いていることに気が付かなかったから、この2、3日の急な温度変化で一気に花開いたのだろう。この花を見ると春の訪れを実感する。写真を撮っていると花の近くを蝶々が舞って、ひらひらとどこかへ飛んでいった。

「春は死にたい気持ちが強くなる」と言う人がよくいる。私自身、迎える4月への不安でいっぱいで、上昇した気温と一緒に死への階段を1段のぼったような気分である。

だけど春を迎えないと、私はこのスノーフレークの花を見られない。春が来ないと、この花の1番輝かしい季節は訪れない。私が春に生きていなければ、この花と一緒に生きられないのだ。

スノーフレークの花の旬は短くて、数週間もしたら小さく萎んでしまうだろう。だからそれまでは、なんとか生きていてやってもいいな、という気持ちでいたい。「生きたい」とは思えなくても、「死にたい」から1歩後ずさって、「生きていてやってもいいな」くらいでいられたら、今の私には上出来だと思う。

そして夏が来てこの花が枯れたら、また来年の春に思いを馳せることができたらもっと良い。

自分の書いた言葉を本にするのがずっと夢です。