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Re: 【小説】Fight 4 the 脳 Future(女子高生仮面)

 鎖チェーンソーに巻き込まれて木刀は木っ端微塵になった。
 おれが小太刀を捨ててボンタンに差しておいた竹刀を抜くと、木刀を噛んで動かなくなった鎖チェーンソーを捨てた女子高生が笑った。
「武蔵なら、破れたり!って叫ぶとこだね」
 それは紛うことなき女子高生であり、そしておれの敵であった。
 茶髪に金のメッシュ。線の様に細い眉毛と粒のような眉ピアス。長い付けまつげと目元のラインストーン。色の薄い口紅。
 着崩したセーラー服はベージュ色のベストと緩く結ばれたチェックのリボン、短いスカート、ルーズソックス、茶色いローファー。
 そして背には、鎖チェーンソーを出したラクガキだらけのスクールバッグ。
 ほどよく焼かれた肌は艶やかに光っている。

 おれはその女子高生と戦っている。
 鎖チェーンソーを捨てた女子高生は、取り出した携帯電話のアンテナを光らせた。
 凄まじい音とともにビームが出ておれの足元を抉る。土埃が舞い、飛び上がったおれの影が地面に薄く写っていた。
 ミニスカートの土埃をパンパンと払った女子高生は愉しそうに笑う。
 おれも笑っているのだろうか。
 おれは竹刀を二刀に構えて大刀を振り回しながら小太刀で追撃をする。
 しかし女子高生は上手く躱しす。おれの竹刀はかすりもしない。

 時折おれの竹刀を避ける女子高生が宙がえりをするタイミングで蛍光色の下着が見えた。それは布と言うより細い紐のようであった。
 おれは唾を吐き捨てようとして、間違えて舌なめずりをした。
「また見たでしょ」
 バク転でおれの竹刀を避けると、間合いを取った女子高生が楽しそうに訊く。
 スカートを持ち上げて、太ももの紐をつまんで見せていた。
「冗談じゃあない、おれは武士だ」
 二刀をベルトに差して、学ランの内ポケットから煙草を取り出す。金色のパッケージにはショートホープと印刷されていた。
 箱に残っていた最後の一本を取り出して火をつける。

「ジッポとか使わないんだ」
 女子高生が笑う。
「高くて買えないんだよ」
 本当はデュポンが欲しいんだがな。買ってくれるか?お前がくれるならジッポでも構わない。
「ゲーセンで取れるじゃん」
「あれはジッポ風ライターだ」
「詳しいね。取った事あるでしょ」
 イタズラっぽく笑う頬には笑窪が見えた。見間違えでなければ、八重歯もある。
「500円かけてな」
 おれ思い切り吸い込んだ煙草を女子高生に向かって吐き出すと、砂を蹴り上げて煙幕を作った。


 女子高生の右に回って左手の大刀で足を払い、間髪入れずに右手の小太刀を振り下ろす。
 しかし両方の竹刀が砂塵の中で空を斬った。
 殺気を感じ取って飛び退く。
 寸前までおれが立っていたところにハイビスカスが突き刺さっていた。汗が滴る。
「ダメじゃん、煙草捨てちゃ」
 女子高生がおれの吐き捨てた煙草を咥えていた。
「しかもまだ高校生っしょ、吸うのもダメ」
 まるで姉かのように顔をしかめる。
 冗談だろ、アンタだって
「高校生じゃんか」
 おれは笑う。まだ余裕はありそうだ。
 竹刀を握りしめる。
「あたしは良いの」
 女子高生は煙草をつまむと、舌で消してみせた。ピンク色の下についた銀色のピアスが粘液とともに光る。
「どういう理屈だよ」
 おれは竹刀を構えて前傾姿勢になる。
 女子高生が優しく笑う。
「だって私はあなたの理想だから」

 どん、と肩に衝撃を感じて我に返る。
 俺はひとごみの中に居た。学校の中庭だ。出店が沢山並んでおり、学園祭の雰囲気を感じた。
 辺りには学生服の男たちが沢山いる。俺もその中のひとりだった。
「なにぼーっとしてんだよ、行こうぜ」
 同い年くらいの男が笑っている。俺の肩を叩いたのはこの男だろう。
 俺を呼んだ男に愛想笑いを返して、その男の後に続いた。

 そうだ。俺は男子校の生徒だ。
 コンクリートの床を歩いてトタンの屋根がある廊下を行き、体育館に向かう。
 そうだ、俺は剣道部員で学園祭の最中だと言うのに練習をするのだ。
 同級生と出店をやりたいと先輩に直訴すると「いいけどお前、部活はどうするんだ」と言われたのだ。
 別に全国大会常連と言うような強豪校でもないのだが、だからこそ熱心に練習をするのかも知れない。
 もっとも俺自身は万年補欠だった。
 別に練習なんかどうだっていい。学園祭で出店をやって他校の女子高生と知り合いたかった。

 俺は体育館入り口の階段を踏み、後ろを振り返った。気配を感じた。
 奴が、いる。
 体育館とトタン屋根の外廊下が校舎につなが、消失点の辺り。
 そこに女子高生が立っていた。
 俺は女子高生に向かって走り出した。同級生の男が俺にむかって何か叫んでいた。
 女子高生は口角を上げて微笑んだまま、口に咥えた棒つきキャンディを取り出す。ぬめりと光ったキャンディは銀糸のような糸を引いていた。
 そのキャンディを俺に向かって投げた。
 一直線に飛んできたそれを俺は口で咥えた。
「あは、凄いじゃん」
 キャンディを噛み砕いた俺を見て女子高生が嬉しそうに手を叩く。
 伸びた爪には細やかな石が輝いており、細い金色の腕輪が幾重にも重なった両手をシャラシャラ言わせながら、その手を叩いて俺を褒めた。
 俺はキャンディのついていた棒を吐き捨てると背中から二本の竹刀を抜いた。
 黒檀の二振り。
 女子高生に斬りかかる。
「あは、本当にすごい。二本とも大刀だ」
 女子高生は背負っていたスクールバッグで受けながら笑う。
 ラクガキに受け止めれる俺の黒檀。
 それは魂のぶつかり合いかも知れないと思った。


 木刀とスクールバッグが火花を散らす。
 俺のウォレットチェーンが揺れる。
 女子高生の腰に下がった細い金色の装飾が揺れる。
 女子高生は鋭い前蹴りで俺を下がらせた。
 ローファー、ルーズソックス、蛍光色の紐パン、ミニスカート。
 女子高生は間合いを取ると、スクールバッグを背負い直してしゃがみ、そのタメから真上に飛び上がった。
 青い空に女子高生の薄茶色い肌がよく映えていた。
「武蔵、破れたり!」
 女子高生の紐パンにあるシミよ、残り給え!!



 ベッドの上の男は眉をひそめて不愉快そうな顔を作った。
「今日も機嫌が悪そうですね」
 看護服を着た女が男を覗いている。
 女は男の点滴を直したり枕を戻したり体温を測ったりすると、抱えたノートに記しながら話しかけた。
「今日も意識が戻りませんね」
 女の手首に巻かれた細い金色の装飾が揺れた。
 シャラ、シャラ。
 だが男は何かに反応したのか顔面の筋肉を微かに動かすだけであった。
「明日は、何と闘うんですかね」
 女は点滴の落ちる速度に間違いはないか確認すると、男を軽く撫でてカーテンを閉めると、静かに部屋を出て行った。
 残された男は相変わらず眉をひそめたような難しい表情をしていた。
 だが女が撫でた眉間に光っていたラインストーンが徐々に薄くなり消えていくのを、見ている者はいなかった。

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