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【超短編小説】自然由来の付け爪

「よし、ホームレス狩りに行くぞ」
 テレビを見ていた鴻江木 丈が膝を叩いて立ち上がった。
「は?ホームレス狩り?」
 俺はわざと聞き返して缶コーヒーを開けた。これを飲み切るまではここを動かない、と言う意思表示のつもりだった。
 しかし丈は意に介さず俺を急かした。
 俺は仕方なく麦茶のような味がする缶コーヒーをひと息に飲み干すと、せめてもの苛立ちを表現しようと音を立てて空き缶を置いた。
「なんだってそんな面倒くせぇ事をしなきゃなんねぇんだよ」
「いまテレビで言ってたろ、これからはオーガニック付け爪の時代だよ」
 たしかに今の今まで見ていたテレビでは、数年前にピークを迎えたアイドルがプロデュースしたネイルサロンの宣伝で出演していた。
 そこで彼女は「今後は子供や旦那の為に料理をするのに清潔感を気にしたい」だの「それでもオシャレを忘れたくない」だの「オーガニックが良い」だのと言っていたのは確かだ。
 俺は目一杯の「嫌々」全身で表現しながらゆっくりと立ち上がった。
「それとホームレス狩りが繋がらないんだが、説明してくれるか」
 丈は鼻で嗤うと「お前は目先が効かないな」と言って、オーガニックな天然由来の付け爪とはつまり誰かの生爪が一番良いと言うような事を言った。
 俺は面白くなって意気揚々と出かける丈の後をついていった。
 丈は殆どスキップしながら河川敷に向かうと、最初に遭遇したホームレスに飛び蹴りを喰らわせた。
 いきなり蹴られたホームレスは転倒して小さく情けない呻き声を上げた。
「おい、なんだこれは」
 軍手越しに掴んだホームレスの手には、黄色や茶色にひび割れた爪が渦を巻くように丸まっていた。
 俺は鼻くそをほじりながら「そりゃあ不規則な生活に栄養不足、切る道具はおろか磨く道具もねぇならそうなるよな」と、先ほどの意趣返しとして厭味たっぷりに笑った。
「どうしたら良いんだよ、これ」
 丈は苛立って訊いたが、そんなものは規則正しい生活と栄養バランスに優れた食事、清潔な環境だろうと言うと、掴んでいた手を投げ捨てて「面倒くせぇ、ラーメン食って帰ろうぜ」と言った。
 俺は道すがら買っておいた甘い缶コーヒーを倒れたホームレスの側に置いてウインクをした。
 ホームレスが何か言ったが、言葉の体を為していない無意味な音に聞こえた。だがそれは何らかの呪詛だろう。
 爪が黄色や茶色に丸々前に、ラーメンを食って帰ろう。

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