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【短編小説】ぶらり

 「百物語なんて現実的じゃないよ」
 盛り上がっていた会話に水を差したのは、隣のテーブルで独り飲みをしていたサラリーマンだった。
「持ち時間3分でも300分、雑談と休憩入れたらもっとかかる」
 サラリーマンがテーブルに空いたジョッキには唐辛子が金魚のよう泳いでいた。
 俺たちは急に割って入ってきた酔客を見つめた。どうしようか、店員を呼んで席を変えてもらうか……と言い出す瞬間に
「話し慣れた芸人だってそう上手くいかねぇ。実際にやった時は、半日近くかかって結局100話までやれなかったからな」
 サラリーマンはそう言って笑うと、腰を折って悪かった、ご馳走するから好きなものを注文してくれと自分のテーブルにあるタブレットを渡してきた。

「実際にやったって、やったんですか?」
 タブレットを受け取りながら訊き返すと、サラリーマンは自分で言ったのを一瞬忘れたかのような顔をしてから「あぁ、大学生の頃だがな。君たちと同じ様に夏休みのイベントとして」と言って、金魚のような唐辛子が泳ぐジョッキを呷った。

「本格的にやったよ。知人のツテでお寺の堂を借りてね。Webカメラなんかも数台用意して、円座を組んで蝋燭も用意して……。
 でもまぁ、さっき言った様に誰も練習なんかしてこない。それにネットで拾ってきた怪談なんてすぐ被る。グダグダのだくだくになって、明け方を待たずにみんなで眠っちまったよ」
 サラリーマンはそう言って、刺し盛りのツマを箸で突いた。

「君たち、怪談好きなのか。そうか。じゃあ、心霊スポットなんかを回ったりもするのかい?」
「いえ、そう言うのはあんまり」
 サラリーマンはジョッキに残っていたものを一気に飲み干すと
「そうか。この中で実際に見たことある人はいるかい?実はね、ぼくの家には出るんだよ。家と言ってもマンションだし、それに部屋の中じゃあないけどね」
 そう言ってジョッキに残った金魚を指で摘むと口に放り込んだ。

「いま……深夜を回らないくらいか。もう少しするとね、出るんだよ。窓の外にね。ぼくの部屋は四階建マンションの最上階なんだけどね、その窓の外にいるんだ。いる、って言うのかな。ぶら下がってるから、あるって言った方が正しいのかね。
 幽霊だとかってのは、居るのかい?在るのかい?……まぁいいか。

 そいつ、元々はぼくの知人でね。
 自殺したんだよ、ぼくのマンションで。屋上から首を吊って、ぼくの部屋にある窓の外でぶら下がってたんだ。

 アハハ。
 いや、傑作なんだよ。それは丁度、ぼくと当時付き合ってた彼女で旅行に行ってたタイミングでね。本当は厭がらせのつもりで、ぼくの部屋の前にぶら下がったんだろうけど。

 アハハ。
 それとも最後にぼくと彼女が抱き合ってるのを見たかったのかな?あいつ、僕の彼女のことを好きだったしね。なんかまるで自分がぼくらの世話をしたみたいに言いふらしていたけど、彼がそんなことをする前から付き合っていたからね。

 アハハ。
 惨めだよね。それからさ、週末になると窓の外にぶら下がってるんだ。未練たらたら、って言うやつだな。カーテンしちまってるから殆ど見た事ないけどね、窓ガラスにぶつかってる音は聞こえるよ。
 どうしろって言うんだろうね。
 ぼくらは別れちまったしね。
 一度なんて窓を開けて訊いてみたが、もちろん何も答えないしね。
 はぁ、参ったね。
 帰ったらぶら下がってる頃だろうな」

 サラリーマンはそう言ってタブレットの会計ボタンを押すと、ふらりと立ち上がって帰っていった。

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