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サピエンス全史

寒さが続き、桜がなかなか咲こうとしないその日、ウサギは図書館の閲覧席で画集のページをめくっていた。彼女のお相手をする本は10分おきにくるくると変わっていた。

一方、その隣でカメは身体を微動だにせず、一冊の本に視線を送り続けていた。 「カメくんったら、さっきから銅像のように固まっているけれど、何を読んでいるの?」とウサギは彼の手元を覗き込んだ。

カメはゆっくりと緊張を解き、読んでいた本の表紙をウサギに見せた。それはユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」だった。「文庫になったから読んでみようと思ってね」カメは本に栞を挟むと、ウサギをフリースペースに誘った。

二人が向かい合って座ると、カメはご馳走を前にした王様のように微笑んだ。「この本は、僕にとってまさにご馳走だね。予備知識がない部分も理解しやすいし、とにかく文章がユーモアに溢れていて面白い。事実としての根拠に説得力があり、一方的に決めつけない柔軟性がある。理想的な文章だね」

カメは彼女の方へ身を乗り出しながら、さらに熱く語り始めた。「農耕が始まった時から、未来に対する不安は人間の心という舞台の常連となった。と、この本に書いてある。未来に対する不安を思い浮かべる能力こそ、サピエンスが生き残った理由なんだ」

ウサギは、しばらくキョトンとしていたが、思案顔で口を開いた。「ということは、例えばこのあとカフェでアールグレイを飲んで、スミレに代わる新しいお洋服を買って、お腹が空いたら美味しいかき氷を食べてという未来に対する希望を思い浮かべることも、サピエンスの能力なのね?」

「たぶん、そういうことだと思うけどね…」カメは少し混乱しながらも静かに頷き、「最初はアールグレイでいいんだよね?」とゆっくりと立ち上がった。カメは、ウサギがサピエンスとしての能力を発揮させるために、心から協力を惜しまないのだった。

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