武蔵野美術大学大学院造形構想研究科クリエイティブリーダーシップコースクリエイティブリーダーシップ特論 第6回 田川欣哉 氏

20190522 田川欣哉

Takram代表。ハードウェア、ソフトウェアからインタラクティブアートまで、幅広い分野に精通するデザインエンジニア。主なプロジェクトに、トヨタ自動車「NS4」のUI設計、日本政府のビッグデータビジュアライゼーションシステム「RESAS -地域経済分析システム-」のプロトタイピング、NHK Eテレ「ミミクリーズ」のアートディレクションなどがある。日本語入力機器「tagtype」はニューヨーク近代美術館のパーマネントコレクションに選定されている。グッドデザイン金賞、iF Design Award、Red DotDesignAwardなど受賞多数。未踏ソフトウェア創造事業スーパークリエータ認定。東京大学機械情報工学科卒業。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートにて修士課程(Industrial Design Engineering)修了。LEADING EDGE DESIGNを経てTakramを共同設立。内閣府クールジャパン戦略推進会議委員。2015年より英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートにて客員教授を兼務。(六本木未来会議HPより引用 https://6mirai.tokyo-midtown.com/creator/tagawa_kinya/)
Takramは、企業や組織が、限界や領域を超えていくことを現実にするデザイン・イノベーション・ファームです。東京・ロンドン・ニューヨークをベースに、さまざまなプロジェクトに取り組んでいます。 Takramには、デザインとエンジニアリングの両分野に精通するデザインエンジニアを中核に、プロダクトデザイナー・グラフィックデザイナー・ビジネスデザイナー・マーケッター・教育者といった多様なプロフェッショナルが集っています。 Takramには、さまざまな企業・ベンチャー・組織から、多様な相談が日々持ち込まれています。そして、プロジェクトが始まれば、組織のリーダーやチェンジメーカーたちと協力して、創造と変革に取り組みます。Takramは仮説を立て実験を行う集団です。手探りの中からでも、新しい価値を具現化することへの情熱を持っています。Takramは常に新しいプロセス・アプローチ・ジャンルを生み出し、社会に変革を提供し続けます。(Takram公式HPより引用 https://ja.takram.com/about/)


1 デザインエンジニア

田川氏の肩書きである「デザインエンジニア」とは何か。簡単に言うと、プロダクトデザインやグラフィックデザイン(古典的デザイン)の「デザイン」と、機械やコンピューターの開発者である「エンジニア」の2つの分野の価値観・スキルをもった方を言う。つまり、2つの分野を越境したクリエイターのことである。

田川氏が代表を務める「Takram」は、この「デザインエンジニア」が多く所属している。田川氏は、社員の育成のためにあえて、デザインに関わるバックグラウンドが強い者にはエンジニアのスキルが必要なプロジェクトに、エンジニアリングのバックグラウンドがある者にはデザインに関わるプロジェクトに参加させ、己の領域を越境するスキルを得させるという。

2 越境人材

では、なぜ越境人材が必要なのか。それは、デザインエンジニアの強みを考えると分かりやすい。

デザインエンジニアは、プロジェクトのいわばソフトの面もハードの面も1人が担うことができる。それ故に、最終的なアウトプットの質を高めるプロトタイプを作るスピードが早く、量も必然的に多くなるという。また、何か問題があった時も、デザインの価値観で解決できる問題なのか、エンジニアの価値観で解決できる問題なのかを判断することができ、問題解決の質が高いという。

例えば、Takramでは、月面を走るという技術面の課題を解決しながら、美しい見た目をもった宇宙走行車「HAKUTO」を東北大学などの研究機関と共同開発をした。これはまさに、デザインとエンジニアの両方の価値観があったからこそ生み出されたものである。
Takramは、個人の中での越境だけでなく、組織のレベルでも越境を積極的に行っている。そのため、「HAKUTO」以外にも、スタートアップ企業をサポートする事業をたくさん行っているという。


3 イノベーション

田川氏は、これからの社会ではこの「越境人材」がイノベーションを生み出す人材になるという。特に、「Buisiness」(B)と「Technology」(T)と「Creative」(C)の3つの要素を兼ね備えた越境人材・組織が重要だという。

従来の日本企業は、伝統的にビジネスとテクノロジーが強いBT型が多い。人口が増え続け、需要が常に生まれる時代では有効だったが、これからは、デザインやクリエイティブのCの要素が重要になるという。なぜなら、現代のように、先行きが不確実な時代では、ブランド力の向上やユーザー中心のサービス・商品の開発が重要になってくるからである。B・T・Cのそれぞれの領域を行き来することで、新しい価値観を考えられる人材が今後は必要で、その視点こそがイノベーションのヒントである。


まとめ

田川氏の話を伺って、教育界の越境について考えてみた。

まず思いついたのは慶應義塾大学総合政策学部・環境情報学部(SFC)だった。文系・理系と分けていた時代は終わり、学際的に物事を考えなければならないというのは、まさに越境である。SFCの開学の時期に近くして創設された、小学校・中学校での「総合的な学習の時間」も教科と教科の越境だ。

SFCの開学から30年、総合的な学習の時間が始まって20年が経つ。教育の分野においても越境が1つのキーワードとして確かに動いていたはずだが、今はどうだろうか。

ある意味、グローバル化が進み、国家と国家の境が無くなってくると、逆にナショナリズム化が進んでいく。同じように、教育でも教科の垣根が無くなっていくことの議論が盛んになると、教科学習の重要性が強化される。総合的な学習の時間がゆとり教育の政策と親和性をもって進められたことも影響して、教科の壁を越境することが学力低下に繋がると考えている人も多い。

結局は、越境する部分と越境しない部分とのバランスが大事なのであるが、その「ちょうど良い」がなかなか見つけられないことに問題がある。

一方で、教師は外国語の必修化、プログラミング学習の導入など、更なる「何でも屋さん」を強いられている。ある意味、超越境人材だ。でも、越境の視点は大事だが、越境にも限界があると思う。例えば、あれもこれもやることになった教育界は、教師の残業時間の増大が問題となっている。せっかく越境して、いろいろな価値観をもったにしても、忙しいとその要素を融合したり統合したりして創造的に考える時間が無くなってしまう。

答えは出ないが、田川氏の話を聞きながら、産業界と教育界の越境について一人思うことがあった。

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