見出し画像

さて、コーヒー飲んで寝ようかな。

わたしのコーヒー好きは、母親譲りである。
わたしのnoteでは度々登場する母親だが、そんな母の特徴の1つが、片頭痛持ちということである。そんな紹介のされ方、嬉しくもなんともないだろうが。

学校から帰宅すると、リビングはよくコーヒーの香りに包まれていた。それだけ聞くと、何やらお洒落なおうちのように聞こえるが、わたしは子供ながらに知っていた。母は頭が痛い日ほどよくコーヒーを飲んで紛らわせていたと。

今日は何杯目なんだろう…と思わないこともなかったが、わたしが帰宅するといつも「コーヒータイムにしようか」と言って、おやつを準備してくれる母の存在が、わたしはとても嬉しかった。

いつしかわたしは、部活や、受験や、恋やらで、どんどんと家に帰る時間が遅くなった。

そんなとき、母が大好きなコーヒー断ちをしていたと知ったのは、かなり後になってからのことだった。ただの願掛けだから、と言っていたが、「よーし、久しぶりにコーヒー飲んじゃおうかな!」と言って、お湯を沸かしているときの嬉しそうな姿といったら。でもまぁ健康のためには、それくらい飲まない期間があってもいいか、などと思ったりした。

今でも久しぶりに実家に帰省すると、コーヒー淹れていい?と、口癖のように聞いてくる。だめなんて言ったことはないし、もうマグカップとお湯を持っているじゃないか、とツッコミたくもなる。

だけど、わたしたちにとってこの会話は、最近は辛いことない?大丈夫?という、親子の安否確認であることは間違いない。それでもなお、母親は何かを察して、今でもコーヒー断ちをしているときがあるかもしれない。だからわたしは、いつだって「コーヒーに合うお菓子」を帰省土産に選ぶ。

わたしにとってのコーヒー時間は、何かの峠を越えた安息の時間なのだ。人前で思わず「コーヒー飲んで寝ようかな」と口にしたとき、盛大に突っ込まれたこともあったが、わたしとコーヒーは、そんな不思議な結びつきがある。

#私のコーヒー時間

この記事が参加している募集

私のコーヒー時間

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?