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Sailing

いつもと違う短編、3編目です。稚拙で読みにくいと思うので、『まぁ、暇だし読んでやってもいいかな。』という時に見ていただければ幸いです。暇さえ無駄遣いさせてしまうかもしれませんので、あらかじめお詫び申しあげます。ごめんなさい。

夏の朝の香り。どこか懐かしさの残る、青臭く気だるくない空気感。気付けば部屋のカーテンの隙間から、うっすらと陽が差し込んでいた。あえて時計は見ないことにして、8月の終わりの日を丁寧にはじめることにした。

シャワーで濡らした髪の毛に、あんまり好きじゃないシャンプーを泡立てた。ワシワシと洗うと、彼女が好きだった甘い香りのクリームが出来上がって、僕をいっそう無表情にさせた。鼻をつく匂いに包まれて、ただ足の親指を見つめながら蛇口をひねる。


『朝は絶対食べないとだめなの、私。』

簡単には剥がれない、耳の奥の付箋紙をなぞってレンジのボタンを押す。好きでもないコーヒーを淹れながら、まだ濡れている髪の先をいじっていた。何かまだ、慰めるような気持ちでいるのが自分でも恥ずかしいくらいわかってしまう。

鍵を受け渡すときに触れる、滑らかで有機的な君の質感を思い出して、Yシャツの奥がギュウと苦しくなる。だけども今、苦しくなった僕が寄り掛かれるのはエレベータの壁しかない。その壁すらグラグラ揺れて、すっかりただの容器になってしまった中身のない僕を、揺さぶっていた。


『私、夏も好きだけど、秋がいちばん好きかなあ。季節がやさしいの。とても。』

コツコツと響く踵(かかと)の音が好きだ。“カツカツでなく、コツコツなんだ、君の音は”と思った瞬間を、僕はまだ忘れられていない。違う歩幅で同じ道を何度も歩いたのに、ふたりして好きな水面には一度も同時に足を浸したことはなかった。

(なんでだったんだろうね。僕ら。)


一緒に撮った写真を思い出す。一緒に写っている写真ではなくて、一緒に撮った写真だ。いくつかは何かの小さな賞を取ったものもあったはずだけど、そんなのはあまり思い出せなくて、ただ撮ったその日の苦甘い味だけ、僕の喉の奥に込み上げてきていた。秋晴れの日は、特に一緒に撮ることが多かったから、こんなにも苦しくなる。泣きたくなる。

どれもこれも誰も写っていないのに、僕には全てに僕らが写って見えて、泣きたくなる写真ばかりだ。


これから先、僕はいくつの君を越えるだろう。季節の中に君を思い出さなくなる日はやって来るのだろうか。

帰り道、ただ歩いた。ひとりで海辺を歩いて、暮れていく空色にまた心を惹かれていた。朝とは違う、まったく新しいのに落ち着きのある、少し重めの着地感。


もう秋の夜の香りだ。


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“だけど、いつも君が好きだったよ”

出航の汽笛をあげるこの場所から

いつかこの手をふってみたい






そんなことを考えて、冷蔵庫から漏れ出す光のなか、ポカリスエットをのどに流し込んだ。もう、寝なきゃな。

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