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[読書メモ] アーキテクチャの生態系 情報環境はいかに設計されてきたか / 濱野智史

アーキテクチャの生態系 情報環境はいかに設計されてきたか

一般的なアーキテクチャ(設計思想)の文脈ではなく、環境管理型権力としてのアーキテクチャが持つ特性について論じた書籍。若手の論客らしい視点で、SNSなどのコミュニケーションツールを中心に、アーキテクチャがもたらす社会的な効果について様々な考察がされており参考になる。

「アーキテクチャ/環境管理型権力」という概念をいま一度要約しておけば、その要点とは、
① 任意の行為の可能性を「物理的」に封じてしまうため、ルールや価値観を被規制者の側に内面化させるプロセスを必要としない。
② その規制(者)の存在を気づかせることなく、被規制者が「無意識」のうちに規制を働きかけることが可能。

アーキテクチャの生態系|P.20

ローレンツ・レッシグによるアーキテクチャの概念定義を参考に筆者が要約したもの。
①から②へ段階的に適応していく。①の段階では、被規制者は物理的な障害を認識するが、②の段階ではその物理的障害に慣れたり、物理的障害に気付かなくなったりして認識しなくなる。この見えない強制力を働かせることが、本書の文脈におけるアーキテクチャの概念。
公園のベンチで寝る人を規制する手段として、ベンチに一人分のスペース毎に障害物(手すり)を設けるのは、このアーキテクチャによる規制方法の一例。この概念から、さらに強制力を排除した形でより良い選択に誘導するのが行動経済学のナッジ理論。

【参考情報】
ローレンス・レッシグ(Lawrence Lessig)
アメリカの憲法学者。インターネットと法における権利活動家。クリエイティブ・コモンズ(Creative Commons)と呼ばれるオープン・ライセンスの制定に尽力した。

【参考資料】
総務省 地方分権の進展に対応した行政の実効性確保のあり方に関する検討会 (第4回)
金沢大学 柴垣亮太「アーキテクチャから考える」(2012年 卒論)
市ヶ谷法務店 行為の4つの制約原理について(note)

「ウェブサーフィン」の時代は、一つでも自分が気になったホームページを見つけたら、そこから「リンク集」を辿って、また次のホームページを探していくという閲覧方法が一般的だったのです。

アーキテクチャの生態系|P.37

インターネット黎明期のウェブサイトには、リンク集が存在していた。
自分も音楽の自作ウェブサイトでは音楽仲間やアーティスト公式サイトのリンクを掲載していた。

ヤフーという検索エンジンは、人間の手で優れたウェブサイトを選び出し、電話帳のようにカテゴリごとにリストアップする、「ディレクトリ」方式で検索エンジンをつくっていた。これに対しグーグルは、すべてを機械的=自動的に処理することで、検索結果の精度を高め、広告システムを運営しており、そこには一切人間の手が介在していない。

アーキテクチャの生態系|P.43

オライリーの言う「協力の倫理が織り込まれて」いるアルゴリズムが、グーグルの検索エンジン。この検索エンジンは、リンクを貼るユーザーの行動を「協力」「貢献」として利用して検索精度を高めている。
検索サイトが公開された当初から、グーグルの検索結果は体感的にかなり優れていた。

【参考情報】
ティム・オライリー(Tim O'Reilly)
アメリカの起業家、技術者。O'Reilly Mediaと呼ばれる技術関連書籍やイベントを影響する会社の創業者。

ブログは、「正しいHTMLを書く」という集合行動を、規範ではなくアーキテクチャを通じて実現したわけです。

アーキテクチャの生態系|P.52

・集合行動:人間が社会において集合して行動する社会現象の全般。群衆行動や大衆運動も含まれる概念

ブログのフォーマットによって、正しいHTMLに統一化する規制が働く。これも、アーキテクチャ/環境管理型権力の概念によって実現した例。

新世代=後継世代のソーシャルウェアは、先行世代のアーキテクチャの特性を生かし、それに最適化するような仕組みを採用することで、自らの効用や価値を高めてきた

アーキテクチャの生態系|P.60

・ソーシャルウェア:ソーシャル(社会的)とソフトウェアを組み合わせた言葉。社会的な相互作用やコラボレーションを促進するためにデザインされたソフトウェア。例として、FacebookやX(旧Twitter)など

これらの最適化は日々サービス提供されるスピードが上がってきており、主にアジャイルなソフトウェア開発によって実現されてきた。

興味深いのは、検索エンジン経由で訪れたユーザーのほうが、サイト上に埋め込まれた「アドセンス広告」をクリックする比率が高いという事実です。

アーキテクチャの生態系|P.76

何かを検索したい(調べたい)ユーザは、Web以外のメディア・媒体からも情報を収集したいという心理が働いているのかもしれない。

西村氏は、「常連優遇政策」が、コミュニティを結果的には(中長期的には)衰退させると考えているわけです。

アーキテクチャの生態系|P.92

・西村博之:日本の実業家。通称「ひろゆき」。日本最大級の匿名掲示板である2ちゃんねるの解説者として有名

匿名化することで、「常連」を作らないという発想がすごい。
「常連優遇」が新参者の障壁を上げてしまいユーザが増えない構造は、リアルな店舗営業では表面化しづらいがインターネットの世界では表面化しやすい。

「個人」の間で関係性を結ぶことを「信頼」と呼び、どの「集団」に属しているかを見て関係性を結ぶことを「安心」と呼ぶという対比構造を取っています。

アーキテクチャの生態系|P.111

後者(安心)は、日本的な関係性。相手の実力を見極めて信頼するよりも、ムラ社会的な同族の安心感を重視する傾向がある。

何か性能を突き詰めていこうとすると、部品間の相互依存関係(相互に影響が出る度合い)が問題になりやすい<中略>部品間をばらばらに切り離して設計・開発することが難しいという意味で、「モジュール度」(分割可能性)が低いと表現できます。

アーキテクチャの生態系|P.115

モジュール度の低い部品同士の組み合わせのための調整(すり合わせ)は難易度が高いが、責任範囲の境界が曖昧な日本人にとってはむしろ得意な領域。

英語圏で使われるソフトウェアのインターフェイスを翻訳するだけでは、日本ではあまり受け入れられないことがある。<中略>ソーシャルウェアのアーキテクチャの内部にまで踏み込んで、日本のコミュニケーション文化・作法・慣習に合わせたものに作り変えることだというわけです。

アーキテクチャの生態系|P.119

単純なローカライズの問題点。海外で流行した商品をそのまま日本語訳して輸入しても使われないことが多い。
日本文化に合わせたローカライズが必要だと言われる一方で、グローバルでユニバーサルな商品を作るためには、特定の国の慣習や文化に合わせて都度カスタマイズすることにも限界がある。

社会学者アーヴィング・ゴフマンの「儀礼的無関心」という言葉でいい表しました。これは街中や電車の中といった公共空間(不特定多数の人がいる空間)では、<中略>「互いが互いに関心を持っていないんですよ」というポーズを儀式的に取っていることを指したものです。

アーキテクチャの生態系|P.131

【参考情報】
アーヴィング・ゴフマン(Erving Goffman)
カナダの社会学者。「フロントステージ」と「バックステージ」の概念や「印象管理」に関する理論で知られる

公共空間における他者に対しては、無関心であることが礼儀だということ。

グーグルは「ソーシャルグラフAPI」を公開しています。これはSNS上のデータベースに保有されていた、誰と誰が友人関係にあるのかを示すデータを、共通の規格によって表現するというものです。

アーキテクチャの生態系|P.148

・ソーシャルグラフ:人々や組織、コンピュータ上のエンティティなどが相互に関連付けられたネットワークの概念

社会ネットワークの分析やデータマイニングなどの分野で利活用されている。

歴史を見ればクローズドなものはオープンなものに必ず敗れる

アーキテクチャの生態系|P.150

一定の条件はあるが、OSS(オープンソースソフトウェア)の普及や、標準仕様に基づくシステム開発など、実例を挙げやすい法則。

ウィニーが大量のユーザーを集めたのは、実際にはキャッシュ機構によって送信可能化権侵害という違法行為を犯しているにもかかわらず、その反社会的行為をユーザーに自覚させない点にある。

アーキテクチャの生態系|P.186

・送信可能化権:著作権法92条の2。インターネット等に実演を送信する権利

著作物を無許可でアップロードして、不特定多数の視聴者に送信できる状態に置かれていれば(直接送信されていなくても)送信可能化権の侵害となる。
ウィニーは、利用者の意識が及ばない形でファイル共有(送信可能化権の侵害)してしまうアーキテクチャを有していた。これはアーキテクチャの悪用に他ならない。

ツイッターの特徴は、
① テキストが短く、
② IMやケータイと連動し、読み書きの即時性・反射性を促し、
③ コミュニケーションが突発的・局所的に連鎖する、
という三点にまとめられます。

アーキテクチャの生態系|P.204

ツイッターの時間的な特徴は、「選択同期」と呼ぶことができます。すなわちツイッターは、基本的には「非同期的」に行われている発話行為(「独り言)」を、各ユーザの自発的な「選択」(の連鎖)に応じて、「同期的」なコミュニケーションへと一時的/局所的に変換するアーキテクチャであるということです。

アーキテクチャの生態系|P.206

・IM(Instant Messenger):テキストやメディアを使って即時にメッセージを送受信するコミュニケーションツール

②の読み書きの即時性は最も一般に認知されているX(旧Twitter)の特徴。不特定多数にブロードキャストされた即時性を持つメッセージは、即時性・反射性を伴って、『選択同期』的に双方向のコミュニケーションが発生する。
Twitterのサービスが始まった当時においては、これはかなり新しい種類のコミュニケーション生起パターンだった。

ニコニコ動画では、<中略>2ちゃんねるに比べてコミュニケーションが空転・拡散・暴走するリスクが相対的に低く抑えられているように思われます。

アーキテクチャの生態系|P.238

一般大衆の印象としても、2ちゃんねるよりもニコニコ動画の方が健全なWebサイトという感覚がある。
以前のニコニコ動画はユーザ登録しなければ視聴できない仕様であったことも、コンテンツの拡散・暴走をニコニコ動画ドメイン内からドメイン外に波及しなかったことに寄与していたと推測される。

オープンソース的開発手法が特に優れているのは、プログラムの精度検証のリソースを広く効率的に確保できる点にあると論じました。

アーキテクチャの生態系|P.251

オープンソースで沢山の開発者に利用してもらうことで、開発者の人数分だけ精度検証者を確保できるという考え方。ソフトウェア開発において外部リソースを活用する好例。

ツイッターの「選択同期」とケータイの「番通選択」は、「選択可能な動機的コミュニケーション」という点で、共通しているのです。

アーキテクチャの生態系|P.294

・番通選択:音声通話を着信した際、端末画面の表示される発信番号通知を見てから通話を開始するかどうか決めること

携帯電話の番通選択と、X(旧Twitter)のつぶやきを見てコミュニケーションを開始するか否かを判断する行為が共通しているということ。

【参考資料】
東京大学 吉田茂行 携帯電話の通話利用が対人コミュニケーションに及ぼす影響

ウェブを生態系とみなすということは、片方ではその成長をオプティミスティックに捉えることに繋がると同時に、その裏面で、自分たちでつくったはずのものが、自分たちではコントロールすることのできない外的な強制力として現れる、ということを意味しています。

アーキテクチャの生態系|P.312

・オプティミスティック(optimistic):楽観的。物事を明るい側面から見る態度や、未来に対して期待や自信を持つこと

ウェブが有機的な繋がりを持つことによって、自律的な成長に期待が持てる一方で、誤った方向へ成長しそうなときに歯止めが効かなくなる可能性も孕んでいるということ。

ウェブの生態系がますます私たちの日常に食い込んでいく以上、そうしたプラグマティックな「知恵」を抽出していく作業は、今後ますます重要になっていくでしょう。

アーキテクチャの生態系|P.313

・プラグマティック(pragmatic):実用的な、実際的な。理論や理想よりも実際の効果や結果を重視するアプローチ

ウェブという生態系を正しくコントロールするために、実際の効果や結果等から傾向やパターンを掴むなどの知見の蓄積が重要ということ。

レッシグは、インターネットを、私たちの誰もがそこに自由にアクセスし、さまざまなアプリケーションの実験を行うことができる「プラットフォーム」であると同時に、そこでの情報資源──それは言論(文字情報)や、音楽・映像といったコンテンツから、プログラムのソースコードまで──を自由に再利用・改変することで、また新たな情報を創造することができる「コモンズ」として捉えています。

アーキテクチャの生態系|P.314

・コモンズ(commons):複数の人が利用可能な共有資源や共同体のこと

インターネット上のリソースを共有資材と捉えている。特にデータは21世紀の石油と例えられるように、新たな共有資材として利活用が期待される資源。

市場とは、「価格」というただ一つのシンプルなパラメータを通じて、各主体が自由に──自律・分散・協調的に──行動することで、効率的な資源分配を結果的に実現する。市場それ自体は、決して人々の知識を中央政府のようにかき集めることはしませんが、価格というパラメータを提示することで、「個々の参加者たちが正しい行動をとることができるために知る必要のあること」が少なくて済むようになる。ハイエクは、こうした市場の性質を「遠隔地通信のシステム」に例えています。

アーキテクチャの生態系|P.319

【参考情報】
フリードリッヒ・ハイエク(Friedrich Hayek)
オーストリア出身の経済学者・政治哲学者。1974年にはノーベル経済学賞を受賞

市場は一か所に集中することなく、自律・分散・協調して存在している。また、市場価格というパラメータが、自律・分散・協調された状態を維持することに寄与しているということ。これは現代のデジタル・ネットワークが普及する以前から仕組みとして機能していた。

人類社会が完全なる中央集権的な情報システムをつくることが現状不可能であり、他に代替しうるものがない以上、これからも、偶然私たちが手に入れた「市場」というシステムに頼るしかない。これをハイエクは「自生的秩序」と呼び、そして晩年のハイエクは、法的制度や議会制度を通じて、それが適切に働くようコントロールすべきであると主張した

アーキテクチャの生態系|P.321

市場なるものに対する「二重」の考え方──機能的には、市場という「自律・分散型」の情報通信システムの性能を評価しつつ、歴史的には、その「偶然性=自然成長性」としての側面を認める──があるといえるでしょう。

アーキテクチャの生態系|P.321

インターネットを中心としたデジタルインフラは中央集権的な情報システムでは実現せず、自律・分散・協調型のシステムとして実現される。後者のシステムにおいては、様々な種類のデジタルインフラ市場が形成されるが、これを野放図に運用するのではなく、一定のルールによるコントロールが必要ということ。
これは、デジタルライフラインの整備計画において、ハードインフラとソフトインフラに加えてルール整備までを含んでいる点にも通じる。

【参考資料】
経済産業省 デジタルライフライン全国総合整備計画

社会が技術を形作り、技術がまた社会をつくる。アーキテクチャと社会の間には、こうしたフィードバック・ループが複雑に絡み合って存在しています。<中略>私たちの社会は、これからも、<中略>アーキテクチャと社会の諸システムとの「共進化」的現象を目の当たりにすることになるでしょう。

アーキテクチャの生態系|P.333

技術が先でも、社会が先でもない。ニーズが先か、シーズが先かという議論に答えが無い事と同じ。
技術と社会は、相互に影響し合って存在し作り上げられていくもの。技術と社会の両方を理解しなければアーキテクチャを設計することはできない。

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