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[読書メモ] 組織と権力の教科書 韓非子 / 守屋淳

組織と権力の教科書 韓非子

古代の韓非子の思想を頼りに、現代社会における組織・権力の構造を紐解く解説書。性善説の論語と性悪説の韓非子を対比しながら、現代社会の具体例を用いて説明されている。
古代ギリシアや中国の哲学は現代社会においても参考になる点が多いが、特定の哲学・思想を盲信するのではなく、ケースバイケースで参照するのが良い。

『韓非子』は、現代の成果主義と、驚くほど似通った考え方に貫かれている。<中略>成果主義というのは、日本型経営システム──まさしく『論語』的な価値観を背景に持つ──の抱えるマイナスを払拭するために導入された経緯があった。

組織と権力の教科書 韓非子|P.12

・韓非(B.C.280?~233):中国戦国時代の思想家。法家思想の代表的な人物
・韓非子:韓非の敬称。または、中国戦国時代の思想家韓非の名を冠した著作集や思想体系を指す言葉
・成果主義:仕事の成果や成績、実力、そこに至るまでのプロセスに基づいて評価を行い、報酬や人事に反映する制度
・論語:中国の古典文学であり、儒教の聖典の一つ。孔子の弟子たちとの対話や言行を記録した書物

一般に、論語は人間の性善説、韓非子は人間の性悪説に基づく思想だと比較される。日本の経済活動においては、性善説に基づく論語の思想では不足する要素として性悪説に基づく韓非子の考えがアドオン(追加・拡張)された。
実際には、どちらかに偏った考え方では上手くいかないことが多いので、論語と韓非子はケースバイケースで参照するのが良い。

「愛は昔と同じ数だけある。ただし、その範囲が縮まってしまった」

組織と権力の教科書 韓非子|P.50

愛(が提供するエネルギー)の総量は変わらず、適用される範囲が狭まってしまったという孔子の考え。社会に向けた愛が、身内に向けた愛だけに狭まる例が挙げられる。

火の性質は激しく、見るからに恐ろしいので人はこわがって近寄ろうとしない。だから、かえって火によって死ぬ者は少ないのだ。ところが水の性質はいたって弱々しいので、人々は水を恐れない。そのためにかえって水によって死ぬ者が多いのである。

組織と権力の教科書 韓非子|P.55

水難事故の原因を聞くと、確かに水への恐れが無いことに起因していることが多い。被害を少なくするためには、過剰に危機意識をあおるようなルール設定が有効ということだが、事実から大きく逸脱した危機感を煽りすぎることも良くない。

徳を身につけられるか、身につけ続けられるかは、個人の問題になってしまう。このために必須な個人の意思が揺らぐと、根本も揺らいでしまう

組織と権力の教科書 韓非子|P.62

・徳:善良な品質や行動規範。良い品性や善行に基づく価値を表す概念

個人に対して自身のコントロールを委ねることの危うさを説いている。自分自身のコントロールのやり方を、法やルールによって定義したり教育したりすることも重要。

・孔子・・・人は教育によって良くも悪くもなる
・韓非・・・人は置かれた状況によって良くも悪くもなる

組織と権力の教科書 韓非子|P.80

これはどちらも真理であり、互いに関連性がある。良い教育によって良い状況に置かれる機会が増え、悪い教育によって悪い状況に置かれる機会が増える。また、悪い状況にならないように、良い勉強をしようと努力することもある。

下君は己の能を尽くし、中君は人の力を尽くし、上君は人の智を尽くす

組織と権力の教科書 韓非子|P.110

・下君(げくん)、中君(ちゅうくん)、上君(じょうくん):日本の貴族社会における階級
・智(ち):知恵や理解力。知的な能力や賢明さ。

下君は自力のみを用いる。中君は人の力のみを用いる。上君は人の力ではなく知恵を用いる。特に大勢の総力だけで実現できないことは、知恵によって力のレバレッジを利かせるしかない。

力自慢の男を手に入れたいと思っても、売り込み文句ばかり聞いていたら、普通の人間でも、伝説の力持ちと見分けがつかなくなってしまう。しかし重い鼎や俎を持たせてみれば、力の有無はすぐにわかる。

組織と権力の教科書 韓非子|P.140

理屈上はその通りだが、実際には検証する手段が無いケースが多い。その場合は、実際に出来る人にしか判らないような質問を投げかけるのが効果的。

刑罰というのは、それによってうまく治まり、刑罰自体をなくすのが理想なのだ。

組織と権力の教科書 韓非子|P.154

「刑罰がない理想」を実現するために刑罰があるということ。これが、刑罰自体が「あってはならないような残虐な刑罰」たる所以。

中国古代の思想には、こうした「自然・物理法則」を中心に据えて、世界や人間を考えている思想があった。それが『老子』や『荘子』といった古典に代表される老荘思想だ。その担を「道(タオ)」という。

組織と権力の教科書 韓非子|P.157

・老子(B.C.571?~471?):古代中国の哲学者。道教の創始者とされる思想家
・荘子(B.C.369?~286?):古代中国の哲学者。道教の思想家の一人
・老荘思想:古代中国の哲学。老子と荘子の思想に基づく立場を指し、自然の道に従い、無為自然の境地を追求する道教的な思想体系
・胆(きも):物事の重要な点。肝とも書く
・道(タオ):道教や中国の哲学で中心的な概念であり、宇宙や自然の根源的な原理や秩序を指す

君主は、自分の好悪を表に出してはならない。好悪を表に出せば、臣下はみなそれに倣おうとする。君主はうっかり自分の意思を見せてはならない。そんなことをすれば、臣下はうわべだけそれに合わせてくる。

組織と権力の教科書 韓非子|P.189

概ねその通り。一方で、あえて好悪を示したり、実際の好悪とは異なる好悪を示したりすることが有効な場合がある。

君主が好悪を見せないようにすれば、家臣は素を見せるようになる。君主が賢さや知恵を見せなければ、家臣たちは自分らしさを出すようになる。

組織と権力の教科書 韓非子|P.192

もっとも理想的な指導者は、部下から存在すら意識されない。部下から敬愛される指導者はそれよりも一段劣る。これよりさらに劣るのは、部下から恐れられる指導者。最低なのは部下からバカにされる指導者だ。

組織と権力の教科書 韓非子|P.195

一般的には、賢さや知恵を持ち部下から敬愛される指導者が最高評価と思われがちだが、存在が意識されない指導者が最高評価。
存在が意識されない指導者は、神や仏に近い存在とも言える。神や仏は現実社会に実在はしていないが、現実社会に与える影響力が大きい。

人に意見を聞いてほしいとき、何が難しいのか。意見するのに必要な知識を、自分が持つことが難しいわけではない。自分の思いを、相手にわかるように述べるのが難しいわけでもない。<中略>意見を聞いてもらう難しさとは、相手の心のうちを知って、自分の意見をうまくそこに当てはめていくことにある。

組織と権力の教科書 韓非子|P.236

人に説明するときに必要以上の知識を得ようとしたり、必要以上に判りやすく説明しようとしたりしがちだが、知識や判りやすさはそれほど重要ではない。「プロフェッショナルは「ストーリー」で伝える」でも似たようなポイントが示唆されている。
相手にとって「必要」あるいや「欲しい」ことを説明することが、何よりも重要。

運用の方は「ひとまず人を信じる」でいくが、制度は「人は悪いことをしかねない」という形で設計しておいて、何かあれば性悪説で作った制度を呼び出して、問題や禍根を取り除いていくのだ。

組織と権力の教科書 韓非子|P.287

この設計と運用は、現代社会ではかなり上手く機能しているシステム。もし、「人は必ず悪いことをする」という設計をしてしまうと、運用も「悪いことを監視し続ける」ことになり悲惨な社会構造になる。

『論語』的と『韓非子』的、両方を兼ね備えている

組織と権力の教科書 韓非子|P.289

良質な経営者の特性。二重人格的でもある。

パイが増えることではなく、お客様からの感謝や厚い信頼に応えること、そしてその集団の中で、後世語り継がれる存在になることでもあった。日本に、世界的にみても百年以上続く長寿企業が多い背景には、この価値観がある。

組織と権力の教科書 韓非子|P.305

現代の米国的な資本主義の価値観とは異なる。ただ、本質的な資本主義の価値観からは外れておらず、永続・継続することで提供されるバリュー(価値)の概念はポスト資本主義的な要素もある。

人材を登用する際は、引き際のきれいな人物を推挙しなければならない。

組織と権力の教科書 韓非子|P.327

能力・成果主義を継続する上で重要な観点。

仕事に対して私心がまったくないこと。欲得ずく、権力欲しさという面がないため、周囲は安心して頼るし、依存もするわけだ。

組織と権力の教科書 韓非子|P.340

・欲得ずく(欲得尽):すべて物事をするのに欲得に基づいてすること

「引き際のきれいな人物」にも通じる。与えられたポジションで与えられた役割を確実にこなす人、簡単に替えが効かないにも関わらず仮に替えられることがあっても全く頓着が無い人は信頼される。

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