ちょっと切なくなっただけ
生ビール二つと生小一つと、小さな紙パックのおいしい牛乳で乾杯。
何年ぶりよ?
コロナ禍前に飲んだきりだろうか?
「いや、おまえ10年くらい来てないぞ?
父ちゃん亡くなってから来とらんだろ?」
そうだっけ…?そんなだっけ…?
久しぶりに幼なじみと、地元の割烹居酒屋で集まったのは、私がとぼけたLINEをグループLINEに送ったのが始まりだった。
と、いうやり取りから、久しぶりにナリ君のお店で昔みたいに集まることになったのだ。
マーの一人娘のコハちゃん(9才)も一緒に。
前にコハちゃんに会ったのは、彼女が4才くらいの頃だったから、やっぱり5年は集まれてなかったってことだ。
「だぁれー?」
みたいな顔をするコハちゃんに、
「しゅーちゃんだよー」
と言うと、
「あー、ウワサで聞いたことある」
と言われた。ウワサて…笑
久しぶりすぎて話がとまらない。ミサの姉のこと、コハちゃんのお習字のこと、私の娘のこと、ミサの彼氏のヒロシくんのこと。
マーと私の生ビールを追加して、ミサは焼酎に切替えて、お湯割りを「あっつ!」と言いながら啜る。脇にはピンクのタバコの箱が置いてある。銘柄もあのころのままだ。
と、テーブルにブーンブーンと振動がきて、
「あー、やっぱだわ」
ナツはまだ保育園に通う小さな子どもがいる。夫と別居中で、離婚するしないとか言っていた5年前くらいから、いまだに決着がついておらず、なにかと複雑で、以前から、集まりにもなかなか来られないことが増えていた。
ミサがこの場を代表して返信をする。
ミサは仕事のデキル女だ。25年勤続でこの間表彰されたのだという。連絡はマメ、気遣いのできる女なのだ。
「ってかさ、柊ちゃん。あんたそれメンズだよ、もうそりゃ 笑」
と人の顔をまじまじと見ながらマーが言う。
「そーや、今日久しぶりに見たとき、絶対男だと思ったもん、リュックだしさ 笑」
昼間に美容室で髪を切ってもらったばかりの私は、金髪ショートからくすみベージュショートになり、白のロンTにワイドデニムに白のスポサン、に、リュックといういでたち。
「いやいや、性別まで変わらんから 笑」
そういえばマーもミサも、髪型も雰囲気もちっとも変わっていない。ミサはちょっと痩せたみたいな気がするけれど、あのころのままだ。時がとまっているみたいで、ちょっと不安になる。
マーはシングルマザーで実家暮らし。ミサはかなり年上の彼氏ヒロシくんがいるけれど、実家で母親と二人暮らしだ。5年前に飲んだ頃から、状況は何も変わっていないらしい。
「一緒になるつもりはないの?ヒロシ君と」
「え、だってそしたらすぐ介護になっちゃうもん。人の世話をするのは大変だよ、うちだってお母さんおるしさ」
「そっか…」
介護。もうそういう事を考えていかないといけない年齢なのだ。この歳で、実家暮らしということは、つまりはそういう覚悟もしているってことなのだ。
「柊ちゃん、こっち向いてー」
とコハちゃんがスマホのカメラで写真を撮ると、爆笑しはじめる。
「なになに、見せて見せて」
そこに写っていたのは「貴方の前世はコレです」というフレームに、二足歩行で気取って歩く三匹の猫だった。端っこの一匹に矢印が向いている。
「柊ちゃん、猫だってー 笑」
と笑いこけるから、ミサも撮ってもらう。
そこに写ったのは、集まって食事をするゴリラで、チラッとカメラ目線の1頭に矢印が向いていた。
「ゴリラて 笑笑」
マーは、バッハみたいな中世の音楽家が演奏するピアノに立てかけてある楽譜だった。
「楽譜て 笑笑! もう紙じゃん!生き物ですらないじゃん 笑」
そんなことで、腹を抱えて笑った。
くだらなくて懐かしくて、ちょっと涙が出そうだった。笑いすぎて涙が出たことにした。
帰りはナリ君に送ってもらった。
「あいつ(ミサ)めずらしく酔っ払っとったな
最近あんな風に酔っ払うことないけどな」
と、私の知らない最近のミサのことを言う。コハちゃんはナリ君のことをナリ爺と呼んでいた。
変わらないけれど、変わってしまったこともきっとたくさんあって、私はそれを知るのが怖いようなとても寂しいような気がして、
「ナリ君は変わらないね、いつもありがと」
と言って車を降りた。
変わってしまったことを嘆いてはいけない。
ただちょっと切なくなっただけ。
パーマをかけて、ツーブロックにして、金髪にして、くすみベージュにしてきた私なんかが、言えることじゃない。
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