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【読書感想文】晴れ、時々くらげを呼ぶ

鯨井あめさんのデビュー作です。

装丁の綺麗な写真と「くらげ」、がとても気になって手に取った一冊。

図書委員になった越前亨えちぜんとおるは、後輩の不思議ちゃん小崎優子こさきゆこと出会う。彼女は、毎日屋上で雨乞いならぬ「くらげ乞い」をしていた─。

図書委員の彼らの集まる場所は図書司書室で、“読書週間”に向けておすすめ本のPOPを書いたりしている。

「先輩、伊坂幸太郎も好きなんですか?」小崎が目を輝かせた。「好きだよ、優子ちゃんも読むの?」「わたしは小川洋子とか恩田陸が好きなんですけど、伊坂幸太郎の『重力ピエロ』が好きで」「あー、なら『チルドレン』も好きかも。『ガソリン生活』とか」
始まった。読書家トークだ。

本文より

読んでいると、他にもたくさんの本の名前や、作家の名前が出てくる。本の好きな人ならきっと嬉しくなってしまう。

司書室に集まる気の合うメンバーが、少しずつ増え、『くらげ乞い』のメンバーにも加わっていく。彼らの抱える胸の内は、高校生らしい危うい不安定さに揺れているけれど、集まると、不思議な優しい空気感がある。

世界にくらげを降らせる、という無謀とも言える夢を、彼らは真面目に叶えようとする。

どうしてくらげ?

どうして降らせるの?

くらげって降るの?

ずっとそう思いながら読んでいたけれど、一度降ったのだ。小崎が泣いていた翌日に。

司書室に集まるメンバーの一人一人、今いるところでもがいたり、足掻いたり、理不尽に苛立ち、傷つき、耐えたりしていた。
自分たちの力では、どうしようもない理不尽に、一つできることが、「くらげ乞い」なのだ。夢であり、挑戦であり、抵抗だ。
くらげを降らせるために、様々な手を尽す。


亨の父は、売れない作家だった。
父が病死してしまってから、亨は父の作品を一度も読んではいない。棚に鍵をかけて。父の遺したある言葉にずっと苦しめられていたからだった。

けれど、その作家の遺した本のファンがいた。その本の言葉に救われていた人がいた。

くらげはもう一度、降る。

亨と父の、優しくて大切な時間も蘇る。
亨へと遺された『未完成本』に書かれた言葉がとてもよかった。

ᙅ⩬ᙅ⩬ᙅ⩬ᙅ⩬ᙅ⩬ᙅ⩬ᙅ⩬ᙅ⩬ᙅ⩬ᙅ⩬ᙅ⩬ᙅ⩬ᙅ⩬ᙅ⩬ᙅ⩬


私は、水族館で好きな水槽の中に、くらげの水槽がある。綺麗にライティングされて、ふわふわと水に漂うくらげを、ぼーっと見ているのが好きだ。たいていは子どもに引っ張られて、満足いくほどゆっくり見ていられないけれど、許されるならずっとぼーっと見ていたい。

そんなくらげが降ったら。

何だかほんわり、何もかも「まぁいっか」なんて思ってしまいそう。
急かされることも、諍うことも、尖ることもやめて、窓から降るくらげをぼーっと見ていたい。

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