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趣味のデータ分析021_ゆとりある暮らしのために①_暮らしにゆとりはなくなったか

老後のための資産形成とかの話の並びで、「どこまで資産形成すれば十分か」「どれくらいあればゆとりある老後を送ることができるのか」という話をいずれしたいと思っている。そしてそれを確認するための予備的調査として、今回は、ニュースで見た「国民生活にゆとりがなくなった」件について、その実態を確認してみたい。

暮らしにゆとりがなくなった

今回取り上げるニュースは、日銀の「生活意識に関するアンケート調査」に関し、「半数を超える人が1年前より暮らしにゆとりがなくなってきた」というもの。

そしてこのまま行くと、円安の影響で「年8万円増加する可能性がある」らしい。

実際に確認してみよう。まず前半の調査は、日銀が四半期で、全国の20歳以上4,000人を対象に行っているもの。2022年9月の回答率は57%で、実回答は2,700人くらいと、若干心もとない。ウェイトバックはしておらず、30歳以下と70歳以上が少なく、60代がやや多いようだ。
では、早速元データを見てみよう。

図1:1年前と比較した暮らしぶり(出所:日銀

アンケート内容は「1年前と比較した暮らしぶり」である。図1が2006年以降の推移だが、ゆとりが「なくなった」が50%を超えたのが久しぶりなのは確かだが、別にリーマンショックの頃や2014年の消費増税の頃にもあったので、別に初めてでもない。ていうかリーマンショックの頃に比べれば水準的にも持続感的にも屁みたいなものである。そもそももともと40%くらいは「ゆとりがない」と答えていたわけで、50%をちょっと超えたくらいでこれニュースにするほどか?
というか、個人的にはコロナ禍でも「ゆとりがない人が増えてない(というか減っている)」という方がよっぽど驚きである。

ただ今回の調査で「初めて」と言えるのは、その勢いである(図2)。

図2:1年前と比較した暮らしぶり・前期変化幅(出所:日銀

「ゆとりなし」の前期変化幅が過去最大で、前回比で+7.5%pt増えている。これはリーマンショックの時期すら超えている。記事にするならこっちにしろよ。

ちなみにゆとりがなくなった理由についてもアンケートされていて、基本的には「収入が減ったから」のようだが、「物価が上がったから」は、実際の物価水準変化とすごくパラレルに理由に上がっている(図3・紫と茶色点線)。このへん皆様敏感なようである。

図3:ゆとりがなくなった理由と総合物価の推移(日銀消費者物価指数

ゆとりがない(金がないとは言ってない)

では、そのゆとりのなさを実際に確認しよう。使用するのは家計調査。月次で幅広い家計簿調査をするというイカス調査である。「ゆとり」=「月々の収入(実収入)ー消費額(実支出)」と定義して(家計調査上は「黒字」)、その推移を見てみよう(図4)。データの詳細は例によって補足。

図4:勤労二人以上世帯の実支出と「ゆとり」
(出所:家計調査

勤労世帯のみだが、実支出が増えている感じはないし、ゆとりが減っているわけでもない。少なくとも、「1年前と比較して」極端に消費額が増えている/ゆとりや実収入が減少している、ということはなさそうだ。
念のため、年代別にも見れたので、「ゆとり」部分だけ取り出したものを見ておく(図5)。

図5:年齢別勤労二人以上世帯の「ゆとり」の推移
(出所:家計調査

…線が多すぎてよく分からん…が、特定の年代で特にゆとりが無くなっているという感じはない。
次に、特定財への消費が増えている可能性があるので、ざっくりではあるが財・サービス別の支出額を見てみよう(図6)。

図6:勤労二人以上世帯の支出項目別支出額
(出所:家計調査

数字的には、食料品支出(緑)が若干増えているのだが、グラフにすると微妙な感じ。光熱費は季節変動が激しいのだが、これも別に高まっている感じはない。個人的には教養娯楽費(水色)が上がっているのが面白い。多少であれ教養娯楽への支出が増えているということは、むしろ余裕あるのでは?(多分旅行支出が緩んだのが主要因だと思うけど。)
最後にごくまっとうな疑問として、「支出は変わってないけど数量が減ったのでは?」ということもあると思うので、それも確認しておく(図7)。

図7:勤労二人以上世帯の財別消費量
(出所:家計調査

主に食料品を対象に、2019年1月の消費量を1とした場合の、各財の消費量の推移を表してみたが…うーん、やっぱり線が多くてよく分からんけど、直近で目に見えて1以下になっているのは野菜と魚介、卵くらいだろうか。ただこういう食品系の消費は、当然季節性があり、野菜と魚介、卵はいずれも6~8月に消費が下がるものなので、すごく消費量が減っているというわけでもないと思う。総じてご家庭の献立が直近で貧相になった気配はない。

まとめ

「ゆとりがない」と感じていることについて、伸び率は過去最大だが、水準感としてはもっとヤバい時期はあったので、まだまだイケる水準である(空目)。というか、そもそも実態としてゆとりが減っているわけではない。記述統計で把握できる限りは、消費額が増えているわけでも消費量が減っているわけでもなさそうだ。データを見る限り、「家計にゆとりがないと感じる人が多い」ということは、「家計にゆとりがない人が多い」わけではない。
もちろん、家計調査で今回取得できた8月以降も円安は進んでいるし、商品の値上げも進んでいるから、これからの動向をフォローアップしたほうが良さそうではある。またより詳細な物品別購入状況を確認すれば、新しい知見も得られる気がする。また(月次だとあまりデータが十分ではないが)家計の色んな層別、特に所得階層別だと異なる結果なのかもしれない

それにしても、皆さんなんで「ゆとりがない」と思ってるんですかね。いや理由自体は「物価が上がってるから」が多いけど、それ「物価が上がっている」というファクトから入ってないですか?ゆとりがない理由を探して物価に至ったのではなく、物価上昇という情報からゆとりのなさを感じているだけで、それは金銭的なゆとりとは関係ないのでは?
はっきり言ってしまえば、現時点でデータを見る限り、ゆとりがないというのはただの感想で、金銭面から見た事実ではない。よって、物価上昇に伴う家計支援策とかは、案外まだ不要な段階である可能性すらある。

補足・データの作り方等

家計調査については、まず月次データは二人以上世帯のデータしかない(単身世帯は四半期のみ)。また収入データがあるのは、(世帯主が)勤労か無職かのどっちかで、経営者や自営業者は収入データがなく、それらを含めた総合のデータでも収入データが無くなっている。全体の平仄を合わせる観点からも、今回は図4~7はすべて勤労世帯(農林水産業を含む)のデータとしている。
次に「実収入」「実支出」だが、前者は労働収入や財産収入(配当等)、社会保障給付を含み、預貯金の取り崩しや借入金を含まない。まあ普通の概念だと思う。後者は、日常生活等に関する消費支出に加え、税や社会保険料を含み、預貯金への預け入れや借金の返済等を含まない。今回の調査では実支出ではなく消費支出を使うべきかとも思ったが、税上げも(直近あったかわからないけど)家計を逼迫させる重要な要因なので含まれたほうが良いだろう。ちなみに消費支出は、実消費以上に安定的に推移している(図6赤線)。
最後に、図4で6月と12月がハネているのはボーナスのせい、図5で60歳以上のグラフがやたらトゲトゲしているのは、年金支払が偶数月で、「ゆとり額」もそこで大きくなるからである(60歳以上の割合はこの調査では多くないので、図4にはこの動きはほぼ消滅している)。


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