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リメイク時代~事件しかない探偵~

主義者

その人の趣味嗜好として是非とも言及する必要を自他ともに認める場合、それをして私たちは「主義者」と呼んだりする。
多くの場合、それは哲学・思想からはじまり、一般には政治信条が当てはめられる。また今日では「完璧主義者」といった個人の性質を表すこともあり、それが転じて昨今ではマニア性の一つを示す際に用いることもある。

あえて私を主義者として当てはめるならば、自虐も込めて教養主義者だろうか。
こうして書いているうちに思ったが、啓蒙主義、というものが18世紀フランスからあるわけで、それを啓蒙思想家とはいうものの、啓蒙主義者とはあまり言わない、書籍等で見かけない気がする。
閑話休題。他には新世紀エヴァンゲリオンの登場人物・綾波レイを愛し信奉する者としての「アヤナミスト」。
そしてもう一つこそ、こういった前置きを試みたきっかけである、「シャーロッキアン」である。
イギリスでは「ホームジアン」とも呼ばれている彼ら私、シャーロック・ホームズ愛好家、また研究家のこと。

ホームズ像の多様性

『シャーロック・ホームズ』シリーズは、処女作『緋色の研究』は別にしても、その後、特に短編第一作目『ボヘミアの醜聞』から当時大ヒットした。そのため、愛好家、または今日でいうマニアは既に19・20世紀から存在している。
このシリーズを読者間で「聖典」と呼ばれていること、そして彼の登場により、今日に至るまでの探偵小説・推理小説のフォーマットの王道とされた影響力。ホームズ研究を「ホームジアーナ」と呼ぶ習慣もあり、一つの学問体系化しているとみなすことも不可能ではない。

ところで、私見ではあるが、ホームズ観ならびに、日本における探偵像を再構築した名作がある。2010年7月からイギリス・BBCにて放送された海外ドラマ『SHERLOCK/シャーロック』。
この作品を一言でいえば、もしホームズが21世紀に生まれていたら? だ。

『SHERLOCK』の登場~ソシオパスとサイコパス~

現代に蘇る、というコンセプトの作品はそれまでにもいくつかあり、映像化されているものも存在している。「シャーロック」の特徴は、フィクション・小説としてのホームズが存在していない点のみ。
つまり完全に時代設定を移行させただけなのだが、その方法が巧みで、革新的だが保守的な、マニア心をくすぐる厳密性が、その世界を陳腐なものにさせずに、本作は1クール3話をシーズン4まで継続し、劇場版一作も挟んでいるほど大ヒットした。

本作の登場により、一番影響を受けたと思われるのは、日本のドラマ・ライトミステリー作品だと考えている。
「シャーロック」のみの台詞だが、彼は自身を“高機能社会不適合者”というシーンが多々ある。これこそ冒頭の主義者と通ずるものだが、これをサイコパスと訳すのはいささか誤りで、この場合「ソシオパス」とするのが適切だろう。
「サイコパス」は有体に言えばその名の示す通り、精神的観点から語られ、例えばシリアルキラーと混同されているならば、その文脈上、精神に異常のある者のことをいう。
だが、シャーロックはそうではなく、むしろ高度な精神活動(推理・知識)のために、社会生活に難があることをして、ソシオパス、社会不適合と呼ぶのである。

ところが、サイコパスに対して日本ではソシオパスという言葉がそれほど流通しておらず、結果、日本では「犯人との推理ゲームを楽しむサイコパス的探偵」像が流行に便乗する形で普及したのである。
現代版、という設定だけでも、竹内結子がいわゆるホームズ役となった『ミス・シャーロック』という作品もあり、こちらにも通ずる点がある。
織田裕二主演『IQ246〜華麗なる事件簿〜』は、ドラマ『相棒』や『名探偵ポワロ』の文脈を用いつつも、ホームズと推理ゲームという側面を強く持った。
なお、こちらは特権階級であることを理由に捜査に介入することを許し、「ミス・シャーロック」は、『SHERLOCK』や海外ドラマ『メンタリスト』などでも用いられる“犯罪捜査コンサルタント”という職・ポジションを使用している。

かつてのキザで傲慢な名探偵

ところで、作内でも和製ホームズという語が登場した『相棒』は当然ながらこれらの文脈上に位置していない。
2000年6月から「土曜ワイド劇場」で単発ドラマとして放送されたという点もそうだが、ホームズ像のひとつとして扱われる「切れ者すぎて嫌われている」部分がポイント。

ここでもやはりソシオパス的性質はあるものの、一貫して「杉下右京」にサイコパス的性質は認められず、むしろ犯人へ怒りのシーンが評判・有名なように熱い(≒冷酷ではない)側面もしっかり描かれている。
むしろ彼が推理ゲームを楽しんでいると非難されるのは、その慇懃無礼さや考えてもみなかった真実に由来している。
なお、刑事でありつつ、名探偵性を兼ね備えた日本の有名なドラマは『古畑任三郎』。

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