アール・ヌーヴォー
近代社会は、フランス革命のスローガンともされた「自由・平等・同胞愛」という開かれた精神を拠り所としながらも、「国民国家」という民族ごとに区分される、いわば閉じた社会制度を成立させるという構図のもとで徐々に具体的な姿を現していきました。それゆえ、その遺伝子情報には、普遍的・外向的な運動性と、地域的・内向的な運動性という、根本的な矛盾をはらんだ2つの性格が刻み込まれました。そのせめぎ合いから生じた亀裂は、20世紀に入ると2度の世界大戦の勃発をはじめとして、さまざまなかたちで広がっていきます。そして空間にかかわる領域で、この二面性をもつ遺伝子情報が手はじめに生み出したのが、普遍性を求める「アール・ヌーヴォー」と、地域性を求める「ナショナル・ロマンティシズム」という、いわば一卵性双生児です。
19世紀末から20世紀初頭にかけてのヨーロッパは、パリを中心として華やかでコスモポリタンな都市文化の花開いた、豊かなる一時期享受していました。のちにペル・エポック(古きよき時代)と、愛惜を込めて呼ばれることともなる、この繁栄の状況を彩った芸術・建築の様式が、一般にアール・ヌーヴォー(新しい芸術)という名称でくくられるものであります。その呼称は、もともとは美術商サミュエル・ビングが、1895年にパリに開店した画廊の名前に由来する。ビングの画廊で取り扱われた新しい傾向をもつ芸術作品が、まさにアール・ヌーヴォーという潮流の特徴を代弁していたからであります。
ベル・エポックの進行する最中、建築の分野では、歴史主義の造形からの脱却を図り、近代社会の生活に見合った新たな建築像を模索する試みが顕著となっていきました。この際、歴史主義の造形を克服するための源泉として範例とされたのが、ジャポニスム(日本趣味)をはじめとする非西欧の芸術や、植物といった自然の形象です。また、偽りのない造形を求めたアーツ・アンド・クラフツ運動からの影響も色濃く受けていました。さらに、新しい材料である鉄材などを、審美的な側面も兼ね備えつつ、いかに使いこなしていくのかということも課題となっていました。そして、このような背景のもとで、建築の分野におけるアール・ヌーヴォーという動向は、コスモポリタンな都市文化を体現し、享受する主体となっていた、ブルジョワジー(中流階級)のライスタイルの受け皿、つまり住宅様式を模索する試みを中心として、展開されていったのです。
アール・ヌーヴォー建築の発祥の地といわれるのが、ベルギーです。その出発点を記したのは、ヴィクトール・オルタによるタッセル邸でした。ここでは鉄という材料が、構造体として剥き出しのままですが、造形や装飾として積極的に取り込まれています。とくにインテリアでは、植物をモチーフとした装飾が取り込まれることで、空間の流動性や幻想性が醸し出されています。オルタは自邸においても、同様な造形を行いました。ここでは、階段室に用いられた鏡のトリックによる効果が、空間の幻想的な性格を一段と強めているのです。
フランスでは、エクトール・ギマールがカステル・ベランジェ集合住宅で、オルタと同じく、まるで植物のような曲線を用いることで、鉄という材料に審美性を与えました。オルタもギマールも、鉄という新しい材料を、自然をモチーフとして、それまでにない新しい表現をもって造形化していくことで、無国籍性や流動性といった、近代社会、とりわけ都市生活のもつ特徴を表出させたのです。
これらの傾向と軌を一にして、歴史主義から脱げ出ようと試みた動向を、オーストリアでは「ゼッェッション(分離派)」ドイツでは「ユーゲントシュティル(青春様式)」と呼んでいました。これらの国では、自然の形象を直接的に参照・引用するのではなく、より抽象化させて、表面的な形態の背後に潜む幾何学的なプロボーション(=構成原理)を抽出し、それを造形へと昇華させていく試みが行われていたのです。それは、スコットランドにおけるチャールズ・レイニー・マッキントッシュを中心とする「グラスゴー派」からの影響などに起因していました。ゼッェッションを代表する住宅が、ヨーゼフ・ホフマンがブリュッセルに建設したストックレー邸であり、ユーゲントシュティルを代表する住宅が、ペーター・ベーレンスがダルムシュタットの芸術家村に建設した自邸です。また、グラスゴー派の代表作が、マッキントッシュのヒル・ハウスです。
アール・ヌーヴォーは、植物などの有機的な曲線をモチーフとしたものであり、左右非対称、複雑なかたちで、幾何学性が見えづらく、芸術性が強いため、非常に足を踏み入れづらい分野じゃないかと思います。しかし、どのような過程でこの芸術が生まれたのか理解すると、アール・ヌーヴォーの複雑な造形の意味も理解しやすくなるのではないかと思います。アール・ヌーヴォーは当時の流行であり、過去のものであるため、現在そのまま利用することはほとんどありませんが、発展する過程を理解することで、自身の設計などに生きてくるのではないかと思います。是非、興味があれば詳しく調べてみてください!
~アール・ヌーヴォー(建築)をより詳しく知りたい方におすすめの本~
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