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わたしの神、わたしたちの神


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その治世の第八年、彼がまだ若かったときに、父祖ダビデの神を求めることを始め、第十二年に聖なる高台、アシェラ像、彫像、鋳物の像を取り除き、ユダとエルサレムを清め始めた。 人々は彼の前でバアルの祭壇を壊し、彼はその上にあった香炉台を切り倒した。彼はアシェラ像をはじめ、彫像、鋳物の像を粉々に打ち砕き、これらにいけにえをささげた者たちの墓の上にまき散らした。 彼はまた祭司たちの骨をその祭壇の上で焼き、ユダとエルサレムを清めた。 マナセ、エフライム、シメオン、更にナフタリにまで及ぶ地方の町々でも、その周りの荒れた地方でも、 イスラエルの国中で彼は異教の祭壇やアシェラ像を取り壊し、偶像を打ち砕いて粉々にし、香炉台をすべて切り倒して、エルサレムに帰った。
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上は、南ユダ王国「最後の良き王」として知られている、ヨシヤの行った改革のあらましである。

「八歳で王となり、三十一年間王位にあり、主なる神の目にかなう正しいことを行い、父祖ダビデの道を歩み、右にも左にもそれなかった」――というふうにその人生を語られているヨシヤであるが、

世が世なら、この私もまったく同じ改革を行ったであろうと、確言できる。

ほかでもない、わたしの神イエス・キリストと父なる神の御前において、イエス・キリストの霊に満たされつつ、そのようにはっきりと私は確言できるのである。


確言もできれば、なんどでもくり返すこともできる――もしも私がヨシヤだったなら、私は必ずや彼と同じことが成し遂げられたはずである、と。

いかなる王でもなければ為政者でもない、どこの馬の骨かも分からないような一介の小市民にして、こんなことをば天地の創造主たる神の御前で断言できる理由とは、いったいなんであるのだろうか。

それは、そういう私もまた、この時代の己の人生の上において、かつてのヨシヤのような改革を実行したという事実があるからである。

すなわち、

ヨシヤが憎むべきアシェラ像や、忌むべきバアルの祭壇を破壊したように、私もまた、この世の堕落したユダヤ教だの、罪深きキリスト教だのいう穢らわしき「蜘蛛の巣」を、私の人生から払い落して来た。

ヨシヤが憎むべき偶像をキドロンの谷で焼き、砕いて灰にし、その灰を民の共同墓地に振りまいたように、私もまた、宗派だの教義だの神学だのいう「イエス・キリスト」を語ったように見せかけただけのたわ言、ざれ言、よまい言の類の綴られた書籍を、年端もいかぬ頃より私の家の中から一冊と残らぬように運び出し、市営の焼却場に投げ捨てた。そればかりか、私の心の中からも一文字として痕跡をとどめぬようにと一掃し、完膚なきまでに焼き尽くして灰とし、その灰を忘却のニルヴァーナの底へ打ち捨てた。

ヨシヤが主の神殿の中にあった神殿男娼の家を取り壊し、女たちがアシェラ像のために布を織っていたところを滅ぼしたように、私もまた、無意味にして毒性の、ガキの水遊びにも如かないバプテスマを売りさばいているようなあらゆる教会から離れ去り、そのような教会で集会を開き、無辜の人々を言葉巧みに惑わしては懐から献金を定期的に盗み取っている詐欺師や強盗や人殺しや奴隷商人たち――すなわち、祭司だ長老だ神父だ牧師だ伝道師だ宣教師だ教徒だ信徒だクリスチャンだのいう手合いども――とは、かそけき接触もありえぬようにと、肉的にも霊的にも永遠に断交した。

つまりは、

ヨシヤがその治世において、「イスラエルの人々のすべての土地から忌むべきものを一掃し、イスラエルにいるすべての者をその神、主に仕えさせた」ように、

この私もわたしの神イエス・キリストの声に聞き従い、父なる神から「やれ」と言われたとおりの仕事をして、肉的にも霊的にも、自らを聖別したのであった。


それゆえに、

はっきりとはっきりと言っておくが、

「彼(ヨシヤ)のように全くモーセの律法に従って、心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして主に立ち帰った王は、彼の前にはなかった。彼の後にも、彼のような王が立つことはなかった」

と書かれているように、

この私のようにまったくイエス・キリストの霊に聞き従って、心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして父なる神に立ち帰った人間は、私の前にはいなかった。私の後にも、私のような者が現れることはなかった――

というふうにキリスト自身が言ってくれたとしても、私はいささかも驚くこともなければ、あやしむこともない。

驚きもあやしみもしないから、私にもヨシヤのような改革ができたはずだと、自信満々に公言できるのである。

おまけにもうひとつ、

この俺ならば、あるいはヨシヤ以上の改革も実行できるかもしれない、というふうにも言い得るのである。


がしかし、

いつもいつも言っていることだが、私はこんな事をばのたまって、誰彼になく自分を推薦している訳でもなく、より多くの「いいね」や「スキ」を求めているわけでもない。(もしもそうならば、もっと「人に好かれるような」物の言い方をしているはずであり、その程度の文章力ぐらい私にも備わっている。)

はっきりとはっきりと言っておくが、

私はいつもいつでも、「人」ではなく、「神」にむかって話している。(だから全身全霊で興味があるのは、神からの「いいね」や「スキ」だけである。)

それゆえに、

私はいつものように、「わたしの神」に向かってこそ言うのである、

当世のユダヤ教だのいう共同体や、キリスト教だのいう結社をもって、かつての憎むべきアシェラ像や忌むべきバアルの祭壇になぞらえて語った人間など、私以外でほかに誰がいるのか――

愛すべきヨシヤがそれらを完膚なきまでに打ち砕いて燃やしたように、宗派だ教義だ神学だのいう戯言をもって、「イエス・キリスト」を宣べ伝えるふりをした教会による純然たる「死に至る罪」だと批判し、自分の中から一掃した人間など、この私以外でだれがいるのか――

合わせて二十億だか三十億だか知らないが、祭司だ伝道師だ神父だ牧師だクリスチャンだのという名をもって呼ばれている人間どもを、バアルやアシェラの偽預言者になぞらえて、彼らのアーメンごっこやハレルヤごっこやをカルメル山頂のバカ踊りと嘲笑し、彼らの集会においてあまねく救いのように、しるしのように信奉されているバプテスマを指差しながら、肉の割礼以下の、無意味にして毒性の、たんなる金儲けの、イエス・キリストのものというしるしになどけっしてなりえない「ガキの水遊び」だと糾弾した人間が、この広い世界と、長い歴史において、私のほかに一人としているというのか――。


ああ、たしかに存在した。

少なくとも一人――ヨシヤという名をした王は、まさにまさしく、私のような人間であった…!

それゆえに、この広い広い世界にあって、私はいつもいつでも、たった一人ぼっちというわけではけっしてない。いつもいつでも孤独であり、四面楚歌であり、孤立無援であったとしても、たとえば長い歴史においては、ヨシヤのようなまことの先祖が立派に存在し、まことの兄弟が生き生きと躍動していたのである…!


それゆえに、

もしもヨシヤが、今のこの時代に生きていたとしたらば、ぜひとも会ってみたいものである。現代のヨシヤならば、ぜひとも生身の人間同士あいまみえ、言葉を交わしてみたい。

なぜとならば、彼もまた、私のようにまだ若かった頃から「イエス・キリスト」を探し求め、尋ね求めて来たはずだから。

『ギブオンの夢枕』でも書いたように、ありとあらゆる選択肢が目睫に並べられていたような幼き頃から、現世のはかなき繁栄や快楽ばかりを追い求める生活様式を選ばずに、「イエス・キリストの道」を選好して来たはずだから。

金も力も知識もない、右も左も分からなかった子どもの頃から、この世のユダヤ教だのキリスト教だのいう「サタンの集いに属する者たち」がかえした宗派教義神学といった蝮の卵を食べさせられても、これは絶対におかしいという”声”を聞き分けて、彼らの織った蜘蛛の糸を着ることはけっしてなく、

「イエス・キリストはほんとうにわたしの神だろうか」と孤独に、四面楚歌に、孤立無援に問い続けて来たはずだから――そうなればなるほどより大きくなり、熱くなり、深まっていくような情熱と、確信と、喜びの”霊”に満たされながら。


かつてのヨシヤ王は、父祖ダビデの道を歩み、右にも左にもそれなかった。

そのように、

私のような「現代のヨシヤ」は、喜びと確信の”霊”に満たされて、

モーセが神の憐れみの山「ネボ山」に登ったように、「イエス・キリストの山」の頂で、自分の身をもってイエス・キリストと出会うのである。

自分の人生をもってキリストの十字架を背負いつつ、イエスとともに神に見捨てられ、十字架上で「エロイ、エロイ、、、」と叫びあげ、「父よ、我が霊を御手に、、、」とつぶやくのである。

そのようにして、イエスが父なる神の憐れみによって復活したように、その憐れみの復活にもあずかるのである。

そのようにして、月も星もないような絶望の夜々を生きながらえて、耳と心とに真の割礼を施され、霊のバプテスマを受けるのである。

そのようにして、

イエス・キリストはわたしの神であり、父なる神はわたしの父であると、

喜びと涙に満たされながら、賛美の歌を歌い上げるのである。


それゆえに、

「現代のヨシヤ」は、かつてのヨシヤよりも、より素晴らしい改革を成し遂げることができるのである。

かつてのヨシヤの求めた「父祖ダビデの神」が、疑いも間違いもなく、「イエス・キリスト」であったと確信できるばかりか、

同じ「イエス・キリストこそ、わたしの神である」という熱い熱い信仰を与えられたからである…!


だから、

喜びと確信の”霊”に満たされながら、はっきりとはっきりとはっきりと言っておく、

南ユダのヨシヤ王の物語に触れて、こんな文章が書けた人間が、私のほかに誰がいるというのか。

こんなふうに喜びと確信に満ち満ちた熱い熱い文章をしたためえた人間など、古今東西において、私は私以外に一人も知らない。

が、私が知らなければ、「いない」というわけではないのだから、ぜひとも会ってみたい。

今日、わたしの神イエス・キリストと父なる神に、私は願い求めよう――

どうか、この私をして「現代のヨシヤ」に会わせてください。

もしも顔と顔を合わせて出会うことができたならば、ヨナタンとダビデの魂が結びついたように、

私もまた、その者を自分自身のように愛することができるでしょう…!


……喜びと確信の信仰によって、私はいつでも、かつてのヨシヤ王に出会うことができる。

熱く激しい信仰によって、彼がその国に行った改革と、まったく同じ改革を己が人生の上に行った私であればこそ、ヨシヤもまた我が兄弟であり、同胞であり、先祖であると公言することもできる。

同様に、

同じ”霊”に満たされて同じ山に登ればこそ、モーセは私の兄弟であり、

同じ聖別によって神の戦いに勝利すればこそ、ヨシュアは私の同胞であり、

このほか、アダムでもアベルでもエノクでもノアでもヨブでもダビデでもエレミヤでもエゼキエルでもパウロでもヤコブでも、

彼らと同じ神、同じ霊、同じ愛、同じ信仰、同じ希望、同じ(心の)割礼、同じ(霊の)バプテスマ、同じ(真の)教会の中に生きていればこそ、

共に生き、共に苦しみ、共に泣き、共に笑い、共に祈り、共に喜び、共に祝福され、共に賛美し、共に歌い、共に、、、

もはやこれ以上、なにを言おうか。


”永遠に生きる霊”に満たされて、私はわたしの神にむかって、最後にこう言おう。

かつてのヨシヤに出会えたのだから、私はきっと、現代のヨシヤとも、この身をもって出会うことができる。

その時、

私たちは切り分けられて、ふたたび重ね合わされた果実のように、

声を、心を、魂を、霊をひとつにしながら、

わたしたちの神イエス・キリストと、父なる神の名前をば、とこしへに歌い上げることだろう。



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