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トウキョの東京見物 秋葉原

ガラス張りの2階のメイドカフェで、白と青だけで構成されたメイド服を着た女の子が踊ったり、マイクを持って何か喋って笑ったりしているのが見える。秋葉原の道の往来は初詣のように人が多く、祭りのようにみな楽しそうである。メイドカフェではチェキという小さなインスタントフイルムを店員さんと一緒に撮るのがアトラクションの一つになっているらしく、お店の外観にそのフィルムがペタペタと貼り出されていて、学校の文化祭を思わせる。

メイドさんではない服を着た店員さんも歩いている。東京在住の姪に聞いたところ、それはコンカフェの人だという。狐のお面を被った男女がポーズをとっている看板に「コンカフェ」と書いてあったので、てっきり狐のコンだと思っていたが、姪によるとコンセプトのコンだという。言われてみるとコンカフェと銘打ったお店があちこちにある。幽霊屋敷、忍者、キョンシー、浴衣、病院、といったコンセプトがあるようだ。これも後で姪に聞いたことだが、コンカフェで働く店員さんは飲食物を提供するだけでなく歌を歌ったり踊ったりすることもあり、そういう人たちはキャストと呼ばれている。

ある特定のテーマに基づいた衣装をまとい、独特の言葉づかいで人に接するという点では、神社神職という私の仕事とコンカフェのキャストは共通している。私は普段、菅笠を被って御神紋入りの黒はっぴを着て神社の掃除をし、人々に「ようお参りです」と声をかける。この格好をしている時、息子の友達に「何してる人?」と聞かれたこともある。だからなのか、秋葉原という街にはなんとなくシンパシーを感じる。

信号待ちをしていると、インド人ぽい人たちが興奮した様子で喋っている。リュックを背負ってきょろきょろしているヨーロッパ系の人たちも多い。みんなちがってみんないい。そんなことをあえて言わなくても秋葉原に来れば自然と得心とくしんする。

ぶらぶらしているうちにガード下の横丁のようなところに迷い込んだ。青物市場のように電気部品が並んでいる。様々なサイズや長さのコード類、シールド、変圧器。さらに車のキーの形をした小型カメラやメガネタイプのカメラなど、スパイが使うようなものも売っている。ガラスケース一区画を商品棚としてレンタルしているところには、チェンソーマンの人形もあったが、本当になんでもないしょうもない木の丸椅子が13万の値をつけて売られていた。これは何かの暗号ではないだろうか。と想像を巡らす。少し薄暗いゾーンに、素人には使いみちがわからない電気部品がこれといった詳しい説明もなくわんさか並んでいる。かつてドラマで見たことのある戦後の闇市にワープした気分になって胸が高鳴る。この地帯を抜けて明るい通りに出ると、万人に開かれたオタクショップが並んでいた。

鉄道模型。
ミッキーマウスなどアメリカの古い人形。
ポケモンカードのお店。
ソフビのお店。
ひざまくら耳かきの看板。
フィギュアがずらりと並んでいるお店。

そんな界隈に突如として現れるおしゃれなNOHGA HOTEL。入るなりアロマオイルの心地よい良い香りがする。

1階はレストランバー。昼間から落ち着いた暖色系の間接照明。客は外国人が多い。ウエイター、ウエイトレスも西洋人と日本人が混じっている。

ドイツ人ぽい年配のカップル。
イギリス人ぽい家族連れ。
どこかわからないがヨーロッパの人っぽい若い二人連れ。
いろんな国の人がいて安心する。

部屋には洗練されたデザインの間接照明。スイス製のスピーカーから流れる音。シャワーブースに備え付けてあるのは、OSAJIのシャンプーとボディソープ。当然、落ち着くアロマの香り。先ほどの闇市場的空間からのワープ感がはなはだしい。ただ、窓の外を見ればそこはごちゃごちゃした秋葉原である。

はす向かいのビルの屋上に、幼児がわらわら20名ほど出てきた。保育士らしきエプロンをつけた大人も見える。世間は春休みでも、保育園に春休みはない。

屋上の園児たちはみな、首にべろんと日除けがついた全国共通の園児帽をかぶっている。この狭い屋上が園庭なのだろうか。みんなよちよち走って、またもどってくる。ひたすらかわいいので動物の動画のようにぼんやり見てしまう。周りに緑が一つもない。夏は灼熱になるだろう。もしかしたら夏には秋葉原ならではの、電気を使って首周りを冷やす園児帽があるのかもしれない。

向かいの九州じゃんがらラーメンに行列ができている。

ホテルから少し歩いたところに、ビルとビルに挟まれて見過ごしてしまいそうな古民家があった。なにしろ周りと違って電飾もないし外観が黒っぽいので目立たない。目立とうとしていない。しかしほのかな灯りに照らされた建物の中に入ると、中は想像以上に広く、奥の部屋に行くほど異空間になってゆく。

雑踏からお洒落なホテルへのワープ。また雑踏から古民家へのワープ。どちらもコンセプト強めでクラクラしてきた。

この古民家はもともと神田生果市場の生果や乾物を扱う商家だった建物で、現在は創作フレンチを提供するレストランになっている。柱や欄干や調度品に至るまで良いものが良い状態のまま受け継がれているところに入ると、それだけですでにご馳走をいただいた気になる。

コースの最初は、うるいとアサリの出汁のにこごりを挟んで食べる最中。続いて、抹茶のクレープに、蛍いかの源平白味噌あえと、うどと、石鎚黒茶を巻いて食べるもの。次は、猪肉でだしをとったスープに、発酵玄米のラビオリと、芹が入っていた。お魚は、鰆で、付け合わせは菜の花とこごみ。お肉は鴨。パンについてくるバターはへしこバター。日向夏と醤油ベースの味付け。それからじゅんさいの入ったしょっつる味のラーメン、抹茶のジェラート、ふきのとうのクリーム。

後半にまさかのラーメンが登場した時には驚いたが、このアイディアは外国人にとても喜ばれるのだとレストランの人が言っていた。私は食事をするときには写真もメモも取らずに食べることに集中するので、漠然としたことしか言えないが、日本の旬のものを、バリエーション豊かな発酵調味料を用いて独創的に仕上げた料理で、私の舌と目とあたまは大喜びで働いた。

ホテルに戻る。部屋のdon’t disturbの札が、レコード盤の形になっている。秋葉原は古レコード店の多い街でもある。

朝ごはんはホテル一階のレストランで。ホール担当の女性が、他のテーブルに残されたカトラリーを素早く片付けてテーブルを拭き、注文を取りにきた。昨日は白人の女性だったが、今日は日本人の女性だ。何にしますか。朝ごはんはパンとサラダのプレートにプラスして卵料理が選べる。マッシュルームのオムレツにします。私はホール担当の彼女の目をちゃんと見て注文する。ものすごく友人Aに似ているので「Aちゃんここで働いてるの?」と言いそうになった。でも友人Aはレディ・ガガに似ているが彼女はガガに似ていない。あいだに一人挟まると似なくなることを私は秋葉原で確認した。

友人Aとは、保育園の保護者同期として知り合った仲である。同じく保護者同期で弁護士事務所勤務の伊勢崎おかめと3人でつるんで、毎夏、子連れで市営プールに行った。母3人に幼児4人の構成だったが、一番若く元気なAは、肋骨が折れている時でも、激しい傾斜のウォータースライダーを子供たちと一緒に何回も滑ってきた。私とおかめは日焼け対策で全身黒づくめのラッシュガードを着ていたので、子供達からコナンの犯人と呼ばれていた。結局やらなかったが3人でバンドやろうぜという話もあった。

保育園の卒園式で保護者が劇をすることになったとき、私が台本を書いて、Aと私は地球を征服しに来た宇宙人の役をした。そのときAは衣装も顔も動きも全力で宇宙人になってくれた。リアルすぎて(実際の宇宙人を見たことがないのでこの表現はおかしいかもしれないが)、子供受けしないのではないかと危惧したが、子供達は大喜びであった。私がもし宇宙人のコンセプトカフェを開いたら、Aはキャストとして素晴らしい働きをしてくれるだろう。その時はおかめにも宇宙人キャストをやってもらおう。そういや、おかめは最近どうしてるかな。と思って彼女のnoteを見ると、弁護士事務所の仕事で「勝訴」の紙を持って裁判所から飛び出した話が書いてあった。妄想でなくリアルな出来事である。こっちの方が宇宙人よりインパクト大じゃないか。あ、裁判所カフェもいいかもしれない。それから私はAのインスタグラムを覗きにゆく。相変わらず元気にあちこち行っている。

ホール担当の女性は入り口すぐのバーカウンターの中にまで行き、セルフサービスのコーヒーがなくなったのでサーバーに補充している。さらに冷蔵庫からアップルジュースも出して補充。その間にも朝食をとりにやってくる宿泊客の卵料理を聞く。運ぶ。てきぱきとしていて気持ちがいい。

壁際にはボーダーの長袖Tシャツとメガネがお揃いのアジア人男性カップルが、向かい合わせではなく並んで朝食をとっている。1人が、コーヒーを相方のぶんも持ってきてあげている。このレストランバーは宿泊客以外も使えるので、昨晩はいろんな国の人たちが食べてにきていた。ホール担当は白人の男性だった。私もいつの間にか、外国人観光客の心持ちでエキゾチックな秋葉原を楽しんでいる。もう20年も東京を離れているのだから、無理もない。



このとき読んだ、伊勢崎おかめのnote









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