はみだしを貪りながら生きていきたい

『今、スナックがやってるランチ食べてるんだけど、ママさんのヘアスタイルが変わったから、素敵ですね! て言ったら、ママファンの常連のおじさんが「俺も気が付いてたしっ」って割り込んできて笑っちゃった』と、友人
SちゃんからLINE。私は食べていたおにぎりを吹き、ご飯粒と混ぜ込んでいたちりめん山椒のじゃこが床に飛んだ。私とSちゃんは、こういう〝はみだし〟を報告し合う仲だ。

私たちが心がけている〝はみだし〟とは、さきほどの例でいうと「Sちゃんがヘアチェンジしたスナックのママさんの、ニューヘアを褒めた」能動的行為を指し、まだ世間には広まっていない我々の草の根活動であります。詳しく説明すると、親しいところまで距離が縮まっていない人間関係内(ランチ時だけ行くスナックのママと、職場が近所でたまに食べに行く女性客)で、口に出さないでおいても過ぎ去るひとことをSちゃんが声に出したことにより、陣地からはみだした。この時は、その〝はみだし〟に常連さんが乗っかってきたわけだが。
〝はみだし〟がもたらす効果は、場が一気に和やかになるほどでもない。人と人との間を微かにゆるませ、ほんの一瞬だけ1/fのゆらぎを生むようなものなのだが、個人的にたまらない。

自主的にはみだす意図は、地方出身者ゆえ、根のない都会・東京で過ごす日常をどこか味気なく感じているから、ゆるむひとときをオヤツのようにつまみ食いしたい気持ちがあってのことなのだと思う。このはみだしは親しい間柄には生まれないモノで。家族や友人間のやりとりは、どうしても濃かったり深かったりで主食級のカロリーとなり、オヤツにはならない。

はみだしやすい場所、というのがある。互いの存在認知がうっすらとだけあるような場所、例えば銭湯、個人商店、普段は交流がないマンションなどがねらい目。中でも銭湯は、自ら何もせずとも、常連の老人やおばさんからはみだしてきてくれる率も高く、オススメのはみだしオヤツ処だ。以前、別の原稿にも書いたが、よく行っていた荻窪のサウナ併設銭湯の脱衣スペースで、サウナ常連のふくよか系おばさんふたりが全裸で、〝マイケルジャクソンのフー!〟をお互いうろ覚えで再現しようとしてる様子を盗み見していたら、「こうよね?」と急に振られて(おばさんがはみだしてきた)、吹くのを我慢するのに難儀したことがある。これは忘れがたい。

そして、私が発見した新時代のはみだしオヤツ処は、メルカリ。息子のデュエマカードを入手するために渋々作って放置していたメルカリアカウントで、最近、クローゼット整理で生まれた不要品を売るために本格的にメルカリ活動を始めたら、なんと、ここにオヤツがあった!
H.P.フランスのアクセサリーをお安く出品し即売り上げたポイントで、観に行けなかった『水木しげるの妖怪 百鬼夜行展』グッズを物色。名言アクリルマスコットがそそる。会場ではカプセルに入っている全6種からガチャガチャで希望のものを引き当てるしかなかったところ、メルカリには全種類出品されている。便利!! 名言アクリルマスコットとは、水木しげる生誕100周年を記念した展覧会「水木しげるの妖怪 百鬼夜行展~お化けたちはこうして生まれた~」の会場限定カプセルトイ で、有名になった水木名言「なまけものになりなさい」に続く、「睡眠は幸福のモト」「あまりきばる必要ないよ」「けんかはよせ腹がへるぞ」などの名言シーンがカラー印刷された縦横 約4〜5cmの小さなアクリル版に、キーホルダーにできるボールチェーンと、そのまま飾れる台座が付いたキタンクラブ製作の商品である。

元値400円の商品は、送料込み460円~800円の幅で出品されていた。「睡眠は幸福のモト」の商品説明文の、「数日間、部屋に飾っておりましたがキズなく状態良好です」が目に留まる。転売目的の購入だったとしたら基本開封しない。うれしくて一旦は飾ったけど、気が変わって売ることにした、と読める正直者♡ 好感を持つ。同じ商品を何人かが出品していたが、この人から買おう!と購入ボタンを押す。
メルカリの商品取引画面のメッセージに、「短いお取り引きですが、よろしくお願いします」に加え、「飾られていた想像ができて楽しいです」と様子見で遠慮がちにはみだしてみる。すると相手も、「歴は長くないですが水木ファンです」はみだし(余談)を返してくれて。私が再度はみだして「水木ファンなら、2023年水木茂記念館のカレンダーが早くも売り切れ迫っていますよ」とメッセージすると、煙たがらずに「急いで買います、ありがとう」と、メルカリ商品取引に関係ないやりとりを交わした。

別件のメルカリ取引では、私がMonroというアウトドアブランドの少しクセのある幾何学模様デザインの大判ストールを出品した際、商品説明に「穴はありませんが糸のほつれが数カ所あります」と書いたところ、「失礼します。 どのようなほつれがありますか? 直せそうなほつれでしょうか? 画像など頂ければなと思います!」とコメントをくれた方がいて。‘’この人、ほつれを直す気満々やん。できたらこの人に譲りたい!〟と心が動き、糸が2mmほつれている部分をアップで撮影して商品画像に追加し、コメント欄でお知らせした。〝ほつれは直す派〟の人に興味が出たので、個人ページをのぞいてみると、バナナの苗やハーブの種を出品中の、長崎で自然農法をされている方だった。珍しい〜めっちゃ魅力的! 残念ながらバナナの苗は売り切れていたため、「パクチー・ルッコラ・紫カラシナの三種の種セット」を購入。そして出品していたストールを値下げしてみる。すると、私の値引きに気づいた自然農家さんが、私のストールを購入。見知らぬ同士ながら、あうんの呼吸で、物々交換のような形になった。
ちなみにハーブは苗からしか育てたことがなく、賃貸マンション居住者の見切り発車購入。「これまでハーブは苗からバジルと大葉をなんとか育てていただけで、当方は育ての才能ありません。しかし、今回は種からがんばりたいと思います」と、初心者の意気込みをはみだしてみた。受けて、「コツは多めに撒いて、たくましい芽だけを残してってください! ポテンシャルのなさそうな芽は、大きくならないので」と、専門家の自然の摂理アドバイスはみだし!! お優しい… 種を蒔いていないうちから何かが実った。

3日後の夕方、サミットで買い出ししてきた食材と、ポストに届いていた茶封筒を取って階段を上がる。階段で数年ぶりにマンション隣室の初老婦人とすれ違ったが、ど無視される。こちらに会釈の隙を与えない、強い無視だった。
買ってきた食品を冷蔵庫にしまいながら、「さっき隣の部屋の人に無視されて、頭下げるのもできなかった~」と、こぼすと、息子ターチンから「うち、嫌われてるんだから当然でしょ。大声やケンカで警察も来てるし」と、割り切ったコメントが返ってきた。
「そっかー、嫌われてるのか」と苦笑いすると、「お母さんは関係ない人のこと、気にしない方がいいよ」と言い捨てて部屋に入ってしまった。

茶封筒は長崎からの種だった。中には、もはやオマケといえないほど増量された種が入っていて! 3種の中でもっとも大きい、3mm大の丸いパクチーの種を学校プリントの裏に広げながら、『うまく育ったら分けるね!』と、関係ある友に気が早すぎるLINEを送った。



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