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屋久島の旅が教えてくれた、「自分らしい旅」をするヒント

これからはもっと、「自分らしい旅」をしていきたい。

でも、はたして「自分らしい旅」ってなんだろう……?

そんなことを考えたのは、屋久島へ行くときだった。

そして、ふと思った。

僕にとっての「自分らしい旅」とは、頑張らない旅……なのではないか、と。

たとえば屋久島には、縄文杉という有名なスポットがある。10時間近くもの登山を経て、その圧倒的な古木を前にすれば、きっと新しい感動に出会えることだろう。

けれど、僕はその感動に出会うために、10時間も頑張りたいとは思えない。

それよりも、山の麓をのんびり巡りながら、海をぼーっと眺めたり、美味しいものを食べたり、そんな頑張らない旅をしたい。たとえそこで出会える感動が、縄文杉より小さかったとしても。

そうだ、今度の屋久島では、頑張らない旅をしてみよう。

そして6月のある日、僕は屋久島を目指して、飛行機に乗ったのだ。

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飛行機が屋久島空港に降り立ち、タラップから外に出ようとしたときだった。

CAさんが1枚のポストカードを手渡してくれた。

古めかしい屋久杉が聳え、緑の苔が美しい渓谷の中を、純白の小川が流れている写真。その片隅に、「白谷雲水峡」とあった。

その写真を見た瞬間、ここへ行ってみたい、と強く思った。

スマホで調べると、その写真の場所は、白谷雲水峡の「苔むす森」らしい。縄文杉ほどではないが、往復3時間ほどのトレッキングをしなくてはいけない。

どうしようか、と考えた。

苔むす森へ行くとなると、頑張らない旅をすると決めたのに、ちょっと頑張る旅をすることになってしまう。

だけど、やっぱり行ってみたい、と思った。いま自分が思っている、「行ってみたい」という気持ちに、素直に従ってみたい。

ただのスニーカーで来てしまっていた僕は、ホテルのフロントで相談して、トレッキングシューズをレンタルした。

翌日、苔むす森へと、トレッキングへ行くことにしたのだ。

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梅雨入りが遅れている屋久島には、爽やかな青空が広がっていた。

僕はレンタカーを借りると、白谷雲水峡の入口まで走り、さっそく苔むす森を目指してトレッキングを始めた。

最初は階段が整備されていたが、やがて吊り橋を渡ると、未舗装のトレッキングコースになった。山歩きに慣れていないので、石や枝につまづきそうになったり、ぬかるんだ土に滑りそうになったりする。

それでも息を切らしながら1時間ほど登っていくと、思いがけない難関に直面した。

そこには、一筋の渓流があった。大きな川ではないが、小川というほどでもない。ところどころに石はあるが、あちこちに水の流れが速い箇所がある。

渓流の近くの看板には、「この先の渓流を渡る」とあった。

沢渡りの経験なんてないので、この渓流を渡るのはかなり恐ろしい。他の旅人の真似をしたくとも、オフシーズンのせいか、周りに誰もいない。

1時間も歩いてきて、ここで引き返すのはいやだった。僕は恐る恐る、渓流の中の石へ一歩を踏み出した。

でも、そこで足が止まってしまった。次にどの石へ飛び移ればいいのかわからない。もし、川の中へ落ちてしまったら……。

しばし呆然と川の流れを見つめていたが、ある瞬間、自分の中の何かに背中を押された気がした。

きっとこれしかない、と信じた石に飛び移り、そこからすぐに次の石へ、ぴょんぴょんぴょんっと、兎みたいに次々に飛び移った。

そして無事に、川向こうへと渡ることができたのだった。

そこから30分ほど登ると、目指していた苔むす森に辿り着いた。

あのポストカードで見た以上に、苔むす森はとても魅惑的な場所だった。

何百年も生き続けてきたらしい巨木と、一面に繁茂する緑の苔。人間のちっぽけさに気づかせてくれる、圧倒的な森の風景がそこにあった。

森が放つ芳しい香り、遠くから聞こえるせせらぎの音、大地を踏みしめる確かな感触。ペットボトルに入れてきた水を飲むと、それすらいつもより美味しく感じる。

たぶんそこには、辿り着いた人にしか味わえない、五感のすべてをくすぐる風景があったのだ。

帰り道、再び渓流を渡り、山の中を下りながら、僕は気づいた。

決して無理をすることなく、自然と頑張ることができている自分自身に。

「自分らしい旅」って、こういう旅のことなのかもしれない。

旅に出る前、頑張らない旅こそ、「自分らしい旅」なのだと思っていた。

でも、それはちょっと違うのだ。

頑張るとか頑張らないとか、最初から決めて旅をするのではなく、その時々の素直な気持ちを信じて、旅をする。

頑張りたいときは頑張ればいいし、頑張りたくないときは頑張らなくていい。

「自分らしい旅」ってなんだろう……?なんて考える必要はなくて、その時々の素直な気持ちを信じて旅すれば、それが自然と「自分らしい旅」になっていく。

旅というものは、偽りの自分を演じることなく、ありのままの自分に還らせてくれるもののはずなのだから。

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屋久島の旅でのささやかな発見は、ほんの少しだけ、生き方のヒントも与えてくれた。

頑張りたいときは頑張って、頑張りたくないときは頑張らない。

それはもしかしたら、一貫性もないし、中途半端な生き方かもしれない。

でも、そんな生き方こそ、自分なんだと認めてあげたい。

無理をしてまで頑張りたいとは思わないけれど、頑張りたいと素直に思ったときは、やっぱり僕も頑張ってみたい。

そう思えるだけで、気持ちがちょっと軽くなって、また一歩を踏み出せそうな気がするのだ。

これから出る新しい旅に。

そして、ゆるやかに続く人生に。

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旅の素晴らしさを、これからも伝えていきたいと思っています。記事のシェアや、フォローもお待ちしております。スキを頂けるだけでも嬉しいです!