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着ぐるみ初体験の話

次年度PTAの希望調査がきて「希望なんてないよ…」と頭を抱えながら、思い出したことがある。


幼稚園のクリスマス会と言えば、サンタクロースがやってきてプレゼントを配るところも多いのではないか。
その場合、親がこっそり手伝うパターンもある。幼稚園の先生がやると一発でバレるからだ。

そんな大役を、私が引き受けることになった。
サンタクロースではなく、サンタクロースの後ろに控える……あれだ。

最初は断ろうと思った。
だって恥ずかしい。演技しなきゃいけないし。
でも、目の前で我が子が喜ぶ姿を見れるのだ。見たい。どんな顔をするのかめっちゃ見たい。今しか見れないじゃん。

見たい気持ちが勝ってしまった。
気がつけば「やります!」と返事をしていた。


当日、見つからないように約束の時間にこっそりと幼稚園に向かう。カーテンは閉まっている。よし。
ささっと控え室に入ると、サンタクロース役の保護者がお茶を飲んでいた。
順番に着替えて、いざ会場へ向かう。ドキドキ。心拍数がやばい。恥ずかしい。そして我が子にバレないかヒヤヒヤする。

いざ始まってしまえばもう割りきってやるしかない。
ただただ明るい…トナカイを演じた。

 二 足 歩 行 の 。

サンタクロースはいいよ。にんげんだもの。
トナカイってどうなの。
本物のサンタクロースの横で、トナカイさんがトコトコ歩いてって、みんなを盛り上げるの。二足歩行で。どんなテンションでやればいいの。
これから先、街で見かけたトナカイさんには最大限の称賛の視線を送ろうと心に決めた時間だった。


私の表情はこどもたちからは見えない。目もとはフードをかぶって隠しているし、マスクもしているし、その上から着ぐるみと同色のカバーもつけている。
そして喋ると我が子やお友だちにバレるので、声も出せない。だから動きで伝えるしかない。
かといってあまり動きすぎるとマスクがずれる。時折、ずれたマスクを上げる。前が見にくくてなかなかつらい。でもがんばる。だって、こどもたち、サンタクロースを前に緊張してるから。トナカイさんはそれを和らげるのがお仕事。

「トナカイさんかわいいね」
こどもたちのこの一言で、私の動き一つ一つがトナカイさんとしてDVDに残るという事実に押し潰されそうな心がすこし軽くなった。




そして出番が終わる。全クラス、一人一人と記念写真を撮るのは長かった。でも、楽しかった。
親っぽい特別なことが出来るのは、うん、純粋に楽しかった。


終わったあと、仕事から帰宅した夫に子どもが嬉々として報告する。
夫がニヤニヤしながら
「そうかぁ、よかったなー!!サンタさんはどうだった?トナカイさんは??」
と聞く。子どもは答える。

「サンタさんはがいこくのひとだから、にほんごがしゃべれないんだよ!」
「トナカイさんはニセモノだった!だって、おめめがみえた!!」

うん、あなたと目、あったもんね。そうだよね。

「おめめ見えたんだ!!w」
「うん!!にんげんだった!!うそっこ!!」
「そうかぁー、残念だったね。中はどんな人だった?」
「んっとねぇ、イケメンだった!!」

それはこれまでの人生で一度も言われたことがない言葉だった。生涯忘れることはないでしょう。


あれからクリスマスの話題が出るたびに、あの日のトナカイがニセモノだった話が浮上する。
そのたびに夫はニヤニヤしながら私を見る。
「トナカイさんの中にいたのは、山下健二郎だと思う」という言葉まで飛び出した年もあったが、翌年にそれを掘り返したところ「そんなこと言ったっけ?」。
人間の記憶とはかくも都合よく、あてにならないものである。

この子にいつ、トナカイの正体をバラすのか。
その日がとても楽しみだし、こういった機会がもしあれば、読者のあなたもぜひ快く引き受けてみてもらいたいと思う。


でもやはりPTA役員の希望なんてないなぁ。

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