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(9) 「平飼い」と 「ブロイラー飼育」 (2023.11改)

「ネットスーパーを導入しないのですか?」

「富山は2世代3世代同居率が高いのと、ご存知のように感染リスクも少なく巣ごもり生活の必要がないので需要は低いと聞いています。ただ、お一人でお住まいのご年配者の方々もいらっしゃいますので、市町村と連携した戸別訪問や宅配などの手段を別途検討しております」

県庁退出時に記者から問われた、金森鮎 知事はそう答えた。
富山県は持ち家率が日本一高いのでドローンによる配送には向いているのだろうが、大家族の家庭も多く、複数台の車を所有しているので「要らないだろう」と金森は考えていた。

豪華仕様のワンボックス車に乗り込み「勿体ないなぁ」といつも思う。来月には日本販売1号車がやって来るので、そう思う事もないだろう。
県庁や市役所の車両もプルシアンブルー社の中古車に変えてもいいのでは?とも考え始めていた。

自身が海洋生物学者なので、プルシアンブルー社にはクルマよりも漁船のハイブリット改良を提案していた。湾内魚群探知機で効率的な漁が出来るようになったとは言え、燃料代が少しでも安い方が漁師は助かるはずだと説いていた。
漁師一人あたりの収入は上がったが、県で「船舶エンジン改良支援」と銘打って補助金を出してもいいと考えていた。

金森知事が提案した背景には、プルシアンブルー社がエンジン絡みで3つのプロジェクトに取り組んでいたのもある。

一つが韓国に製造委託した大型漁船だった。
オホーツク海・ウラジオストク湾内・サハリン南部の湾内の漁業用に、大型漁船2隻を韓国の造船所に製造を発注し、船の内装や漁の機器類や装備等は日本側で取り付けるネイキッド仕様が、先日富山湾にやって来た。
内装や大型の網などは日本各社に任せて、漁船用の大型ディーゼルエンジンの仕様に合わせたAIモジュール、キャブレター装置、大型モーター、大容量増設バッテリーを製造し、ディーゼルエンジンの性能向上と低燃費化を実現しようと企んでいた。

もう一つが、お隣の石川県小松市にある大型建機メーカーに提案している、AIハイブリッドへのクラスアップだ。
建機のエンジンのハイブリット化は既に進んでいるが、AIを搭載して更に燃費を改善し、操縦者の操作を助手のようにサポートするAIナビを開発中だ。

最後がバス、トラック等の大型車両のハイブリット車両のAI化だ。モリがサラリーマン時代から顧客としてきた独立系メーカーにプルシアンブルー社のエンジニアが駐在して開発が進んでいる。

全てディーゼルエンジンがベースとなっており、プルシアンブルー社エンジニアとAIのエンジン周辺技術の理解が加速度的に進んでいた。
AIがエンジンの開発・設計を始めるのも時間の問題となっていた。

ーーーー

「魔改造車」と娘たちに呼ばれて人気を博しているワゴン車のベースモデルである、ドイツ車の代表的な2ボックス車両も魔改造された。
京都から富山へ特急列車で移動したサチが、プルシアンブルーの本社で受け取り、大森の家までドライブしてきた。次はフレンチワゴンの改造をしてもらう。

「絶対に新車買わないし、いつまでも乗り続けるつもりなんでしょ?」と樹里に言われて、激しく頷き、そして宣った。
「見てよ、シートが新品になっただけで新車みたいじゃないか!」
夜間の室内灯ではダッシュボードやハンドルのヘタレ具合はあまり目立たない。

「運転してる光景は今までと全く同じだよ。ドラレコが付いて視界は悪くなったかな?アイリーンも相変わらず喧しい位にワタシに絡んでくるし」サチに言われてヘコむ。もういいやと思って家に戻り始める。

「でも運転してる感覚は今までと違うのよね。
更に車体の重心が効いて、ブレずに真っ直ぐ走るの。運転がうまくなったような気がして楽しかったな。燃費も倍以上に改善されたし、凄いよ」

重心が効いたのはディーゼルエンジンの重量が重いのに加えて、モーターの重量とサイズの大きなバッテリーが追加されたからだ。
ブレずに真っ直ぐ走るのは足回りを純正部品の新品に変えたからで、シートをフランスメーカー製に変えたから疲れないだけだ・・。
突然思いついたようにフォローされたのも、傷口を更に広げたような形となった。

「あれ?台湾と香港で売れてる1ボックス車、買ったんだよね?」
モリの反応がイマイチ鈍いので、新ネタをサチが切り出す。

「おっ、ついに新車が来るのか!」樹里が腕を絡めて豊かな胸を押し付けて来た。

「富山県知事用の送迎用の車両としてね」と言うと、パッと腕を離した。あからさま過ぎやしないか・・
「僕には中古車で十分なんだよ・・」 2人に言って家に入っていった。

乗用車の脱エンジン・EV化が進んでいる。
それは各社に任せておいて、プルシアンブルー社はエンジン技術を習得し、更に発展させようとモリは考えていた。
バギー用のエンジンもディーゼルハイブリットエンジンにして、そのハイブリットエンジンでバイクも、小型船舶も開発設計出来たら・・と
「その先」を企んでいた。
エンジン好きなのもあるが、エンジンの可能性をもっと極めようとアイディアを考えつづけていた。

ーーー

茨城港と新岡山港にサザンクロス海運の車載船と輸送船が到着する。車載船からネットジェン社のワンボックスカーが双方の埠頭に並べられると、横浜から来た同海運会社の社員達がナンバープレートの取り付け作業を始める。
輸送船の中には東南アジアからの食品、食料品が積み込まれており、運搬用バギーがプルシアンブルー社の自動倉庫へ向かって自走していった。

検疫、入管、輸出管理等の港湾職員はヒトが一切介在せずに荷卸している初めての光景を唖然とした顔で見ていた。
遂に自動倉庫が完成に至ったのだなと実感していた。自然と他社の倉庫の関係者も現れて、無人のバギー車両が次々と船から出てきて、倉庫に走ってゆく光景を羨ましそうに見ていた。積み荷が降りると車載船はカラのままだが、倉庫で荷物を積んだバギーが輸送船に入ってゆく。

金森・富山県知事と副知事の岡山県知事候補者と栃木県知事候補者が悩んだのが、他社の倉庫会社に自動化倉庫技術を提供すべきか否かという判断だった。もう一つが宅配ドローンの導入だ。前者は倉庫の自動化は倉庫内作業員の足切りとなりかねないのと、後者は都市部ほどの需要があるのかが分からなかった。
結局「その辺の判断は社長」に一任となり、週末、杏と玲子を伴ってPB Mart/ PBロジスティクス社長と常務の平泉里子と源 翔子が岡山市と宇都宮市を移動していた。

アンテナショップとなる支社に併設された店舗の反響は上々で、4人は満足する。
契約を交わした両市内の4つのスーパーもビールや清涼飲料水などの飲料、東南アジア工場製造の菓子、マヨネーズ、ケチャップなどの食品、マスクや消毒アルコール、ティッシュ/トイレットペーパー等の生活雑貨の安さで賑わい、ドローンがひっきりなしに商品補充で往復していた。

市内の道路の交通事情を判断して、女性ドライバーの募集を行ないネットスーパーの導入を決めた。最新のAIナビ搭載車両であれば道を知らなくてもAIが導いてくれるし、AIが常に運転を監視しているので、事故にも合わない。
それにPB Martの青い塗装の車両が県内南部を走り回れば、都知事候補者のPRにもなると考えた。

新岡山港と茨城港の倉庫を視察し、近隣の倉庫会社に表敬訪問する。その際に全自動倉庫の仕組みを強く求めてきた数社に、サービスの供与を決める。一つのショールームのような役割りを果たすと考えた。また、倉庫内作業者もコロナで人数を減らしており、全国的にだが作業者も東南アジア労働者を雇用して遣り繰りしており、成り手が居ないのが現状だった。
里子社長と翔子常務はPBロジスティクス社のメンバーの岡山支店と宇都宮支店に短期間駐在の決定を下した。

宇都宮市の中華店で餃子と皿料理を何品か頼んで2組の母娘が打上げをしていた。

「今頃、薩摩討伐隊は盛り上がってるんだろうね・・」杏が呟く。

「昨夜と同じ、薩摩地鶏のお店だって。よっぽど気に入ったんだろうね」
玲子がサチと美帆と樹里の3ショットをスマホに表示して、母親たちに見せる。

「今回、自衛隊のスナイパー部隊とタイ陸軍のSP2人が居るでしょ?誰が一番仕留めたのかな?」里子が想定通りの回答を求めて、目を輝かせている。翔子もフンフンと頷いて身を乗り出して来た。

杏も玲子も、我が母親ながらチョロいなと笑いながら結果発表をする。
「3位 タイ陸軍ラナさん、92頭、2位 タイ陸軍マインさん、109頭、1位は先生。さて、何頭だったでしょう?」杏がもったいぶる。
正解を知っている玲子は母親の表情を観察する。

玲子には父親の記憶が無い。2歳の頃、漁船が転覆して他界してしまっている。
母はそれでもモテた。親戚中に見合い話が山のように届き、若い後家と小さな娘を引き受けようと男達が手を上げた。
そんな漁港の街に嫌気を感じたのか、中高時代に仲の良かった里子を頼って、横浜へやってきた。母に男の影は全く無かった。玲子が思春期になって、再婚も考えるべきだと訴えても、母は笑って取り合わなかった。

授業参観に来た時に、一人の教師を目で追い続けているのに玲子は気がついた。それがモリだった。玲子もサモアリナンと納得したが、当然ながらモリには家庭がある。源家の母娘にとっては遠く離れた場所から見守る対象でしかなかった・・

「しかし、自衛隊は何をやってるのかねぇ・・」杏がつぶやく。

「ルールが自衛官には厳しかったかな?動物が標的っていうのも彼等には初めてだったろうし、足を狙うのは、更に的が限定されるからね」 
擁護する必要のない玲子がフォローしてみる。

「志乃さんは18位、17頭なんだ。初陣でこの結果は大健闘でしょう」翔子が褒める。
悔しさのようなものは玲子に見えなかった。その手の度量は母は持っていた。 
それでも母と里子叔母が次点だなんて、玲子は認めたくなかった。

「杏も二十歳になったから猟銃資格が取れる。2人でやってみようと思うの」

2人を前にして玲子が宣言する。
負けず嫌いの玲子が母親たちに成り代わって立ち上がったと、翔子が玲子の頭を撫でる。
里子と杏はモリの跡目相続話を先日聞いているだけに、内心、ハラハラしながらも玲子に迎合しようとしていた。

自衛隊の参加により、メディアへの声がけはせずにシカ・イノシシ狩りは行われた。
非公開としてシャットアウトしたのも、自衛官達もタイ陸軍も、狩猟用ライフルを持っていないからだ。連射、セミオート射撃は禁止としたが、銃弾の補給回数が猟銃よりも減るので、とにかく頭数を狩れた。

モリもタイ陸軍の2人も「組織」「局」から借用したとして、ミャンマー製のAk47を利用した。世界で称賛され、各国で製造されるカラシニコフ氏の傑作は、モリの手に馴染んだ。

処弾を放った際に、猟銃とは異なる威力に驚いた。鹿の足に命中した際、崩れるように倒れるのではなく、吹き飛ばされたように倒れたからだ。

ーーー

金曜の夜、神奈川県厚木基地を飛び立った海上自衛隊哨戒機に搭乗していたモリ一行は鹿児島県鹿屋市の鹿屋飛行場に到着し、石川県小松基地からやってきたサミア達エンジニアと合流し、ホテルに投宿する。

明日土曜早朝からの大規模な鹿狩りに備えて寝るはずが、鹿児島出身のエンジニアが薩摩地鶏の名店を予約しており、結局飲んでしまう。

ハンターが一人でも多く必要との鹿児島県からの要請で、タイ陸軍王室警備隊のラナさん、マインさんのお二人と当然警備対象の王族2人も同じ席で薩摩地鶏に齧り付いて舌鼓をうっていた。

タイの鶏も野放し状態で育てられるので大変好きなのだが「同じニワトリとは思えません!」とタイ人4名が絶賛していた。
同じくハンターデビューの志乃と娘の美帆、美帆の監視・お守り役の樹里、志乃の姪のサチは岡山と同じ、エンジニアとして狩りに参加する。

「カニを食べているようだな・・」プルシアンブルー社の社員が肉に齧り付いて無言だった。
店を予約したエンジニアに大井町の薩摩地鶏の店舗との違いを聞くと、「鮮度」だという。
絞めてから調理されるまでの時間が短い方がやはり美味しいという。牛肉や鹿肉とは異なり熟成という概念が無い。

実はモリは芋焼酎の方に魅了されていた。
柔らかいジューシーな肉よりも、走り回った筋肉質な鶏肉の方が美味しいと思っていたからだ。

「薩摩地鶏を放牧状態で飼育している農家さんはないだろうか?」と考えてしまう。「地鶏」と称される基準を「植木ペディア」で検索すると、
飼育期間が75日以上、28日齢以降の「平飼い」もしくは、1㎡当たり10羽以下で飼育された鶏と定められている。
「平飼い」とは、鶏舎内または屋外において鶏が床面もしくは地面を自由に運動できるようにして飼育する方法とある。大抵は施設内で飼われているという。無理もない1羽あたりのコストも掛かっているし、外で自由に放せば、犬や猫、キツネ等の餌食になる。
だから、東南アジアの鶏は飛ぶのだ。
せいぜい平屋の屋根の高さだが、4本足の天敵から逃げる能力が彼らにはある。

「そんな地方の鶏肉が食べたい」と席上で言っていたら、「では今晩はマインと2人でお部屋に伺います」と腕っぷしの太いラナさんが鶏肉を食べながら言う。
英語の分かる志乃と樹里とサチは、鶏を持つ手が止まってコチラを凝視している。

「いや、女性はブロイラー育ちでもいいかな」と言うと3人が微笑んだ。

「分かりました。では私達が伺いますね」とパウンさんが言って、カニアさんが真っ赤になった。

ママ一人、娘2人からの刺さるような視線を感じていたが、そちらを見る事は出来なかった。

(つづく)


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