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(4) 長期休暇中でも、 世界は転がり続ける。

日本の長期休暇と言えば、年末年始、GW、そして夏休みが3大休日となっている。       
8月は夏季休暇期間でもあり、日本経済の活況、ドル・ユーロ・元暴落中の余波による円高騰の波を味方にした海外渡航者が、過去最高を更新するのではないかと言われていた。 
国際便が発着する空港には大勢の人々が連日のように集まっていたが、嘗てメディアが混雑する空港の映像や苦笑いする人々のコメントを得るために、出発ロビーで搭乗手続きの長蛇の列に並ぶ人々に「もう、どの位並ばれているのですか?」と尋ねる茶番も無くなった。 

1億人の国民の7割が海外渡航する時代に、空港は取材対象では無くなった。同時に、急増した渡航者対策で日本の空港、港湾施設の出入国審査と手続きは完全に無人化され、人の列を迅速に捌いてロビーに人を溢れさせない。人が停滞する箇所は各航空会社のカウンター前で滞留する程度となる。手続きを終えて、機体に搭乗待ち商業エリアが拡張され、日本の空港はデパート、大型スーパーの店舗並みの売上を叩き出すようになっている。

空港を離発着する航空機は全てAI管制システムで管理され、滑走路の離発着待ちが発生しがちな繁忙期でも、見事に管理されている。
仮に、特定の航空会社に突発的に機体トラブルが生じても、最新ロボットで構成されたメンテナンスチームが支援に回り、迅速に処理してゆく。
中南米軍と航空自衛隊の空軍基地、空母でも使われているメンテナンスAIを民間空港でも採用しているが故だ。空自で例えると、未確認機を察知してスクランブル発進したり、万が一、有事が生じて作戦に加わる際に、何らかのトラブルで飛べない機体が生じると具合が悪い。未然のトラブルを防ぐ為に、機体の維持管理を行う各航空会社の整備士だけでなく、空港毎に配備されたロボット部隊により24時間体制で点検し続けるメンテナンス体制を、空港サービスの一貫として組み込んでいる。

日本全国の全ての空港で、空自、海自、空軍、海軍と同じシステムが取り入れられる様になり、日本国内での航空機のトラブルは皆無となった。
各国の民間の航空会社が日本、北朝鮮、中南米諸国の空港に各社の所有機を定期的に廻す理由が、万全の機体チェックがサービスに勝手に組み込まれている為だ。  
航空会社からすれば、機体トラブルで急遽コース変更して出発地へ引き返したり、他の空港に緊急着陸したくはない。トラブル機に搭乗する乗客を目的地へ運ぶための負担費用が発生するし、何よりも、トラブルで乗客の到着が遅れるので、今後搭乗する見込み客やお得い様を失い兼ねない。
ヒトが見落とす可能性がある整備不良、部品の不備や故障を見抜く能力を有する空港に、自社の機体を委ねたいと考えるのは当然かもしれない。     

空港自体で整備体制を強化し、運行管理システムを最先端のものを導入し続ける国の航空機メーカーばかりが持て囃される。
国が率先して空の安全に対して力を注ぐ理由が、自国の航空機産業を更に進化させる為でもあるのだが、もう一つの理由が日本を訪れる観光客対策も兼ねている。 
ひと度、事故やトラブルに見舞われるだけで折角の旅が台無しになってしまう。日本は様々な観光地を有する島国なので、海外からの来訪者の大半は航空機でやって来る。離発着便数量の数、接続経由する空港数も世界一となり、日本の国際空港は世界一忙しいと形容されている。国の玄関口となる空港の改善、改良に国が惜しむことなく、資金を投入し続ける。

「快適な空の旅だった」「日本の空港は素晴らしい」と観光客に言わせるのが最大の目的だ。大勢の観光客を呼びこんで見せる事で、全国各地の観光産業、流通業界、各州政府、自治体に対して観光資源のブラッシュアップとサービス体制の強化に心血を注げるべし、という暗黙のプレッシャーを掛ける目論見もある。  
空港の万全のサービス体制、店舗の品数の豊富さに比べて、肝心な観光地サイドが劣るような事があってはならないからだ。

今年ベルギーの食品会社の日本法人を創業したモリ・カイトとサンドラットの夫妻が、本社のあるブリュッセルに向かうべく、旧横田基地の西東京国際空港へやって来た。
羽田と成田だけでは便を捌けず、運輸便専用空港として使われていた旧横田でも民間機の受け入れが始まっていた。面の割れているカイトにすれば、乗客数の比較的少ない旧横田は好都合だった。サンドラットの叔母でカイトの義姉のヴェロニカがデザインした真新しい国際線ターミナルのアチコチを2人で見回す余裕もあった。

滑走路を離発着する飛行機を見ていると、南米に向かうSouthAmerican航空のシャトル機が滑走路に向かい離陸体制に入ろうとしている。
機体には上映中のアニメーションの登場人物達、リコとレグとサブキャラ達がペイントされており、子供たちが喜んでいる。        

「俺たちが子供の頃はポケモンだったけど、イタリアでもあんなの見たことある?」   
カイトがサンドラットに尋ねるが、サンドラットは「無かったよ!」と言いながらも、スマホで動画撮影に集中している。先日柏の映画館で大泣きしたと聞いたので、かなり気に入ったのだろう。キャラ的にも4等身なのでサイズ的に収まりが良い。「ポケモンと一緒だな・・」とカイトは思いながら、妻の横顔を眺めていた。

北前社会党の杏・秘書官がベネズエラ政府で広報担当を兼ねていた際、大深度地下を子供たちが冒険するアニメのリバイバル版の制作とプロデュースを手掛けた。
「アビス」と呼ばれる大穴を探検した主人公たちが、今回はベネズエラのギアナ高地とペルーのインカ文明を舞台に冒険に挑む新作で、杏が育てたメディア企業であり広告代理店のAngle社の制作・配給により、夏休みに入った世界各国の劇場で公開がされ、上映開始して1か月経過した8月の後半になっても満員満席の成績を収めていた。   

大学と国立農業研究所の夏休み期間に、カイト夫妻に先んじてベルギー、オランダを訪問中のモリの孫娘3人組は、日本ではそれなりに顔を知られているので、無暗に街中を歩けなくなっている。誰からも注目されない海外で、ここぞとばかりにブリュッセル市内の映画館を訪れる。周囲の誰もモリの孫達とは気付かないので、大手を振って繁華街を練り歩く。
3人は配信サービスではなく、どうしても映画館で見たかった。子供の頃、何度も地上波で再放送され、夢中になったアニメの新作だ。
オリジナルアニメと原作では想像上の世界を描いていたが、リバイバル版となる「Abyss」は、南米の実際の景観と嘗て実在した文明の史観と風習を物語に加えていた。オリジナル版のアニメの描写力も素晴しかったが、ギアナ高地とインカの遺跡の実画像をAI解析してアニメーションと見事なまでに融合させており、映像のような陰影のコントラストが精細度に加わり、映像に立体感と奥行きを生み出していた。大画面、大音量の映画館で見なければならない作品と位置付けた。

映画音楽のメインとエンディングの作曲を担当したのが祖父だと知っている孫娘達は、キャラメルポップコーンの入った容器を抱きしめたまま、エンディングのスクロール画面を涙目で見る。  祖父は楽曲を提供しただけで、作品の大半をAIが手掛け、演奏はmaderas profundasとIMOの2つのバンドのメンバーが担当した。本アニメのサウンドトラック、主題歌も各国のヒットチャートの上位に位置していた。

中南米諸国が日本のアニメ業界に出資して、初めてアニメ興行で成功したと評価され、その収益全てが中南米諸国とアフリカ諸国の小中学校建設に使われると評判になっている。2040年では、映画館の売上は3割程度で、7割近くがネット配信による収益となる。ネット配信が主流だけに視聴カウント数はリアルタイムで分かるようになっていたが、既に世界の8億人の人々が視聴し、更に増え続けていた。地球人口が90億人なので、1割ともなると、過去最高益映画への期待が掛かってくる。

そんな興行成績を上げている映画のプロデュースを手掛けた秘書官殿が、母親の秘書官に転じて与党の広報を兼務しているのだが、次作品は自衛隊の監修を仰いで、戦争アニメをプロデュースする意向を表明している。地球を離れてスペースコロニーに居住するスペースノイドと地球連邦の紛争を題材にした作品となると言うと、アルノドア・ゼロか、ガンダムの実写版でも作るのだろうか?と既に話題となっている。  

アメリカのハリウッド映画産業が中国市場向けに中国人の俳優陣を使って、リバイバルものの再録を制作して興行成績を上げている。ハリウッド映画ほどの興行成績ではないものの、数だけで言えば日本のアニメーションの作品のストック量も膨大なものとなる。     
日本のアニメ制作会社も「国のAIを使って映像の可能性を更に拡げられる」とAIを使ったリバイバル作品の制作を前向きに捉えるようになっていた。
「アニメーターの制作作業量と負荷を軽減して、減った分だけ制作作品数を複数手がける事で、薄給と言われるアニメーターの所得を改善できる」と、制作現場からも好評を得ているという。
CM、テレビ番組制作で大胆にAIを使って新たなメディア会社を立ち上げた杏が、「日本のアニメ産業を、もっと世界に進出させたい」と意欲を述べる。アニメ効果でギアナ高地とインカとマヤの遺跡を訪れる観光客が急増しているニュースも花を添える。遺跡や古代文明のコンテンツを抱える観光地とのタイアップで、続編を制作出来るかもしれない。       

次作に対する懸念も一部からは指摘されている。
自衛隊が撮影の協力をして、空母や戦艦、モビルスーツや戦闘機が交戦する様を撮ったなら、自衛隊入隊希望者が増加するのではないか?と、兵器を知らない年配者を中心に騒いでいるが、国は自衛官の募集を停止しているし、戦闘用モビルスーツには、そもそもヒトが搭乗出来ないので、パイロット希望者は増えない。ハリウッド映画のトップ・ガンを念頭にしたのかもしれないが、比較する必要も無い。

映画館から出てきた3人は、日本に進出したベルギーワッフルの店舗に入り、余韻に浸りながら映画の論評を行い、スイーツを食していた。ワッフルに使われているベルギーが輸入している小麦は、3人が品種改良を手掛けたウクライナ産の小麦であり、同国産の牛乳、卵、甜菜糖、苺、ベネズエラのカカオ豆、ブラジル産のアラビカ種コーヒーだった。    
ベルギーも隣のオランダも北欧、東欧も日本連合からの食糧供給網に属するようになり、欧州南部の干ばつによる食料品価格高騰の波を回避している。
それもあって夏休みは、ベルギー、オランダを中心に観光にやって来た。昼食だけで2000円近くも掛かる国は勘弁だった。それなりに稼いでいる3人とは言え、本来ならば高校生の年齢でしかない。飛び級制度で社会人、大学生になってはいるが、人生経験はまだ少なく、社会を学んでいる子供だ。農作物の品種改良で得た資産の管理は、祖父が設立した銀行に委ねている。

「だからなのかな?他国ナンバーの車がすごく多いよね・・」遙が窓の外を見る。
確かに後部座席にまで買い物袋を積み込んでいる他国ナンバーの車を多く見掛ける。安価な食料品を求めて、近隣国から買出しにやって来ているのだろう。

「EU内だから、移動は容易なんだろうけどね。でもさ、日本連合はそれだからこそ、物資の配給先を限定したのかもって思った。ベルギー、オランダ、東欧、イタリア、ギリシャの安価な食料品が買い出しに来る人達を経由して、緩やかにEU内に浸透するでしょ?」
姉の茜がEUの唯一のメリット「移動の制限無し」を語ると、フラウが頷く。   

「ヨーロッパって言ってもさ、結構広いんだよ。国境に近い所に住んでいる人はいいけど、内陸部に住んでいる人は辛いかもよ。車の燃料代だってバカにならない。そういうのを逆手にとって、密輸ビジネスみたいに個人で儲ける人が出てくるかもね。おじいちゃんらしいって思ってるんだ。市民を苦しめる国家じゃなくって、個人にチャンスを与えようってね」

2人より1つ下のフラウがフォークを口に運んで、舌鼓を打った。    
ーーー            

韓国、北朝鮮の訪問を終えてフィリピンに移動したモリは、家族と柳井家の面々と共に、10日間の夏季休暇に入っていた。ルソン島中西部の自宅に居ると報じられたが、エルニドにある無人島に滞在していた。湾内に浮かべた客船に宿泊し、日中、女性陣と子供達は島の浜辺で過ごし、男性陣は釣りや狩りをする日々を過ごし、自然を満する、そんな5日間を予定していた。休日6日目は鮎の生家がある富山に移動する。   

ベネズエラのジャングルとカリブ海の島での経験で自ずと身に付いたサバイバル能力を知っている身内に加えて、柳井家の面々もモリ家の休暇に加わり客船の船室で寝泊まりし、柳井太朗と治郎の兄弟はモリに付いて島中を散策、猟をし、海へ潜った。         
日本人の政治家2家の休暇先を嗅ぎ付けたマスコミがエルニドに押し寄せて来たが、ミンダナオ島サンボアンガ基地の中南米軍の無人艦隊が一行の警備に当たっており、滞在中の島へのマスコミの侵入をシャットアウトしていた。
上空から見ると島の周囲にフリゲート艦と潜水空母が一隻づつ、フリゲート艦の甲板には5m丈のモビルスーツが2体が周囲の警戒に当たる。
また、潜水空母を海中の母艦として、海洋型モビルアーマー3体が島の周囲を回遊していた。回遊しながら網で小魚を捕獲し、エルニドの魚市場に無償提供する配慮までしてみせる。
上空にはドローンとフライングユニットが24時間体制で飛び交い、俗世と完全に隔離される周到さだった。
「海賊やギャングの秘密基地以上の警備体制で、それなりの軍隊でも敵わない防御体制を敷いている」と、コメンテーター役の自衛隊のOBが番組中で発言していたらしい。          
メディア各社が唯一現地で取材できたのは、エルニドタウンのスーパーが島へ持ち運んでいる食料品の数々と、滞在中の島のアクティビティで、食料品には肉と魚が含まれておらず、野菜、果物、飲料、菓子、デザート類がどの銘柄で種類なのかが分かった位だった。   
島の湾に桟橋があるだけで施設的なものは皆無なのだが、島には野生化した豚や鹿が生息し、生態系を脅かしており、一家から猟銃利用許可と漁労許可が出されているので、肉と魚は現地調達していると推察された。  

湾に浮かぶ客船はプレアデス運輸の所有となっているが、ベネズエラ政府専用船として完成したてだった。フィリピン・スービック海軍基地のドックで建造されたが、年の大半はカリブ海に留まり、ベネズエラ政府の閣僚、職員の別荘として利用される。
カリブ海に浮かぶ、政府の別荘のある島をトンガ政府に移譲したので、ベネズエラは客船を別荘として利用する発想に転じた。
使用目的に応じて停泊先を臨機応変に変更できるということと、海軍が警備し易い特徴がある。船員は全員がロボットで、船の操舵も厨房での調理も、部屋の掃除も行ってくれる。宿泊人数を最大80名と絞った分、客室を広く作り、家族単位でゆったりと過ごせるようになっている。   

「豪華客船って乗ったことないんだけど、ホテルのグレードで言えば5つ星クラスなの?」
船内客室をデザインした長男の嫁に柳井純子前首相が尋ねる。殆どがTシャツ短パン姿の乗客に華美な船室で、場違い感は否めなかった。長男の嫁は海鮮主流の夕食に舌鼓を打ち、刺し盛りから、器用な箸使いでトロを選んで口に運び続けていた。次男の嫁はカンパチばかり選んでいる。

「ホテルとはどうしても部屋の作りが違う。コンクリートや木柱を使える訳じゃないからね。ママが5つ星って言うのは調度品が同じだから、そう思ったのかも。実はpacific hotelとRedStar Hotelの調度品を持ち込んでいるの」
ヴェロニカがワインクーラーの隣にある白いナプキンを広げると「pacific Hotel」のロゴが見えたので、純子が「なるほど」と頷いた。

純子の息子の太朗と治郎は、朝から晩までモリと行動を共にしており、今は3人で飲んでいる。3人で朝から晩までつるんで居て、飽きないのか?と思うのだが、息子達が楽しそうにしているので、諦めて放っておく事にした。太朗には実の父との接点が殆ど無かっただけに、ここぞとばかりに取り繕おうとしているのかもしれない。

「あの兄弟が付き纏っているお陰で、養女達、妻達、それにちびっ子達が淋しそうだけどね」と義母の想いを察したヴェロニカが言うと、治郎の妻の澄江が笑う。 

「今後、この船でカリブの休日を過ごすのでしょう?」澄江が義母に投げ掛ける。柳井純子は日本政府の顧問として、ベネズエラ大統領府に赴任が決まっている。
「それもいいんだろうけど、この舟は、一人で乗船する船じゃないかなって、思ってる。家族で乗るならいい船なんだろうけど。家族連れの中で私だけ一人っていうのもね。いっその事、専用のクルーザーでも、彼に強請ろうかしら?」 

太朗を産んだ事で、夫婦関係の事実も有する立場を純子が茶化して見せる。
「今も肉体関係があるわけじゃないのに」と心のなかでヴェロニカが発言する。
「私だってパパの子を産んだのよ」と、決して口には出せない現在進行形である事実と優越感に浸りながら。
「シチリア島にある船じゃダメなの?殆ど使ってないし、ベネズエラに持っていってもいいよ」
ヴェロニカがクルマエビに齧り付いて、海老の尻尾を小皿に置いた。           

「シチリアにあるのはボートでしょ?せめて、ゆったりと寝泊まり出来る空間と簡単な調理が出来る設備が欲しいのよ」         

「じゃあさ、ママの引越し祝いに買ってあげるよ」

「ヴィー、あんた、クルーザーの値段って分かってて言ってるの?彼に買ってもらうって言ったのは冗談だけど、それこそ子供一人を育てた位の額に匹敵するのよ」
純子が3000万位を想定して、ヴェロニカに伝える。言っては見たものの、クルーザーなんて手に入れた所で個人が維持するのも大変だ。ベネズエラで所有する分には、大統領特権で軍に預けておくとか法規的な措置が取れるのかもしれないが。

ヴェロニカの才能は多方面に渡るので、収入手段も多岐に渡る。セメント会社の会長職、ホテル会社の社長というベースが有りながら、カーデザイナー、建築設計、ジュエリーデザイナーをこなし、各企業から収益を得ている。特に都市開発事業は中南米諸国と北朝鮮が得意先となっていて、両政府からの支払いの他に、モリからも相応の金銭を貰っている筈だ。ヴェロニカ個人の資産運用は、養女・孤児達同様にモリがオーナーでもある銀行に委ねており、その恩恵を与える見返りに、儲け話に飛びついてはイケないとモリから釘を刺されている。多才なヴェロニカに近づく連中が多いからこそ、余計なトラブルに合う可能性も高い。義理の父親を崇拝しているヴェロニカは、近寄ってくる輩が持ちかける儲け話を、夫の太朗ではなく、全てモリに報告しているらしい。必要以上に仲の良い義父と嫁に、純子が密かに疑念を抱いている。      

「あのね、もうニュースになってるから言っちゃうけど、アメリカの下院議員2人がインサイダー取り引きの嫌疑で、司法省の聴取を受けているって話、あの話をアメリカの司法省にバラしたの、実はブラジル政府なんだ」         

「ブラジルが? どうしてまた・・」
ヴェロニカが何処から仕入れた話なのか、国際ニュースでも騒がれている事件に触れたので、柳井純子は驚く。

「議員達はユダヤ資本によるアメリカ向けの巨額融資で儲けたかったみたい。まず、アメリカの投資会社と結託して北米のとある自動車会社の株式を買って、経営権を奪おうと考えた。自動車会社を手に入れるのと同時に、ブラジルとボリビアにある自動車工場を手中にしようとした。南米にはプルシアンブルー系列、グレイイクイップメント系列の部品会社が集まっているから、優れた部品を使って自動車生産をしようと考えた。PB Moters社、Pleiades社並のクルマの製造クオリティを実現するために。ところが・・」

「そうね。5年前に、韓国と中国の自動車会社が同じ目的でブラジルとボリビアに自動車工場を作った。読み通りに日本車のような高品質な自動車を生産出来たけど、部品性能が齎す車体性能の車つくりに中韓のブランド力が追いつかずに、中韓両国以外では殆ど売れなくなった。メーカーのメンテナンス部門が、高性能な部品の扱いにいつまでも対応できず、結局最後はメンテナンスをプルシアンブルー社に委託した。車を購入した客は、メンテナンスするのがプルシアンブルーなら、PB Motorsの車体を購入した方がいいと察して、中国は撤退、韓国単独となったけど、その後のトラブルが絶えずに失速していったのよね」    
韓国企業単独では維持できなくなり、現在では工場の操業を停止していた。      

「うん。中国政府の巨額融資で、中国製自動車と韓国製自動車で一大産業を確立するつもりでいたのが、整備体制が整わずに失速。中国と韓国が工業化で失敗した最大の原因が、先端の特殊技能をマスター出来なかった事。お陰で汎用品しか製造できなくなった。ブランド化なんて、永久の夢物語になっちゃった。で、アメリカの自動車会社を手中に収めようと考えた輩の片棒の疑いが持たれている下院議員の2人も、中韓メーカーと同じことを考えた。 どうしてもアメ車をブランド化したかったのかな? まぁ、そんな発想をした時点で、失敗なんだけどね」
と言って、ヴェロニカが笑う。 

イスラエルのテルアビブで義弟のアユムでさえ騙した演技は、ここでも発揮された。ヴェロニカは端から提案を胡散臭く感じていた。 ビジネスの世界をそれなりに知っていれば、関与して良い話では無かった。ロスチャイルド家と言えども、所詮その程度でしかなかったと受け止めた。

義母である柳井純子は知らなかった。ヴェロニカが議員達から専属カー・デザイナーの話を持ち掛けられていた事を。         
ーーー          

ブラジルとボリビアの両国からすれば、工業団地内の韓国企業の敷地が何処に買収されようがかまわなかった。中国が投資の9割を負担したのだが、採算悪化で韓国メーカーに工場の操業を委ねた時から、うまくいかなくなるのは目に見えていた。           
一時は台湾メーカーが買収する話が持ち上がったが、結局諦めた。その後、買い手が見つからない流れが続いていたが、アメリカの投資会社の役員達が操業停止した工場に視察に現れるようになり、久しぶりに期待を持つようになる。とにかく工場を再稼働して、収益を上げ、納税してくれれば相手は何処でも良かった。 
しかし、韓国は国自体が失速していた。韓国を訪れていたモリが防衛協定の協定価格の見直しを迫りながら、代替案を提案する。
「防衛協定費を増額しない分、物納はどうか?」と。モリはブラジルとボリビアの工場を中南米軍に無償譲渡するプランを打ち出す。兵器や部品の製造工場として活用すれば良いと。     

韓国政府は自動車メーカーに相談する事なく、中南米軍への工場の無償譲渡を了解する。全く利益を生み出さない国家資産でしかないので。

中南米軍は防衛協定を結んでいる国との間で、格安の協定価格をこれまで結んで来たが、協定を結ぶ各国側から、国土防衛メニューにモビルスーツ、ロボットを加える要請が相次いでいる。
中国周辺、アメリカ周辺の国家の中南米軍の布陣を羨んだのかもしれない。   

即座に協定費用の増額が出来ない国家、ビルマ、タイ、インドネシアなどの国はASEAN内でも相談して、軍事基地の無償譲渡を中南米軍に逆提案し始めていた。
嘗ての日米安保と大きく異なるのが、日米地位協定等の悪法が存在しない点だ。駐留するアメリカ兵が日本国内で犯罪を犯しても、日本の法律で裁けない。この悪法があるが故に米兵の無法者が後を絶たない。米兵による交通違反の踏倒しなど、日常的なものだった。
その点、中南米軍は兵士が少ない。駐留するのは将校クラスで人員が限られている。その国の法律に従うのは当然だった。東日本大震災ではそれなりに活躍したが、通常の自然災害では出動しない米軍とは異なり、中南米軍はそれなりの火災や交通事故でも駆けつけて対応する。各国の軍や警察が出来ない、緊急対応や即座の運送を買って出るので、市民の評価も高い。せめて基地ぐらいは自由に使って下さいな、ということで固定資産税などの租税からも開放され、各国に土地資産を持ち始めようとしている。           

しかし、中南米軍は韓国の基地必要としない。友軍である自衛隊があり、北朝鮮軍が新設される。チベット、台湾、フィリピン、旧満州に中南米軍が駐留しているので、韓国に駐留する必要性が無い。
「我々も基地を差し上げるので、そこをなんとか・・」と韓国側から言われても、必要の無い部隊を配置するのは無駄だ。中南米軍の兵器の速度であれば、周辺国からの派遣で十分事足りる距離であり、そもそも、韓国を攻撃する国など有りはしない。
結果的に、建設だけで5000億投じたとも言われている南米の工場を、中南米軍へ無償譲渡する事と相成った。

ブラジルとボリビアの工場入手の術を絶たれたアメリカの投資会社は、計画が瓦解した事に呆然とする。慌ててフォード社の買収計画の中止を決める。
南米の自動車部品を使えなくなるので、車両製造クオリティは想定した期待値に届かない。 
計画自体を断念せざるを得ないとして、粗方買い占めていたフォード社の株を一斉に売り始める。  
上院議員、下院議員、そしてイスラエル首相も全ての株を売り捌いた。       

フォード社の株価が大きく下がり、アメリカの証券取引委員会が内偵を始める。議員達が短期間で株を売買し、利益を得ているのが判明する。その調査中に、アメリカ国内の投資会社がブラジルとボリビアの工場獲得を目指しており、両国の現地視察団の中に、投資会社の役員とフォード社の幹部たちが加わっているのが判明する。
投資会社が問題視されると、今後の北米融資計画に齟齬が出る。トカゲの尻尾切りの役どころは下院議員の2人となった、というオチだ。   

民主党大統領候補者が数日後に確定するタイミングでの民主党下院議員への容疑に、最も大統領に近いとされている候補者の陣営が騒然とする。 候補者の最大の支援者と言われるロスチャイルド上院議員が、容疑中の下院議員と行動を共にしていたのは誰もが知っている。イスラエルへ渡航した際も、3人がかたまっているのを周囲が目撃している。             
最有力候補者の足元が攫われて、別の候補者が民主党大統領となれば、アメリカ国内の混乱は続くのかもしれない。         

ユダヤ資本による融資は継続させるが、アメリカ社会を左右する存在にまでは昇華せないという、「誰か」からのメッセージなのではないかと、ロスチャイルド上院議員も、そしてイスラエル首相も頭を抱える。自身も捜査の対象となるかもしれないという不安を抱えながら。

(つづく) 


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