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(2) 家族

ベネズエラ大使 誘拐事件が起きてから、1ヶ月が経過した。
丁度1ヶ月となる日に合わせて、共に爆破現場となった交番と ビル街の2箇所に献花台が設けられ、既に様々な色の花束が供えられていた。日本では白菊が定番だが、亜熱帯園に近い台湾では献花する花々も多彩な色彩となり、統一感は希薄となる。一方で、花束に関する違和感はベネズエラの面々には殆ど無かったのだが。

ベネズエラ一行をメディア各社が撮影している中で、ここまで気丈に振る舞っていたミカエルが、献花台に掲げられた母の遺影に近づくにつれ、涙が溢れ出す。

非情とも言えるが、各社のカメラが一斉にミカエルをズームで捉え、潤んだ目と涙の痕跡を映す。母の笑顔の前では、小学生にもなっていない子供であれば、我を失うのも仕方がない。ミカエルはそれでも気丈な一面を見せた。肩を震わせながらも、頬を涙が流れようとも口を一文字に噤み、涙を拭おうとはしなかった。

ミカエルの斜め後方に居る養母となったパメラが、自分が持っていた花束を長男のヤマトに託して、ミカエルの肩に手を載せてから正面から抱きしめる。幼児には母の温もりはまだまだ必要なのだ。抱きしめられた少年は直ぐに感情を抑えられなくなり、パメラの腕の中で声を上げて泣きじゃくる。

ヤマト、ムサシ、ナガトと、日本名のミドルネームを持っているパメラの息子達が、ミカエルの背中をさすりながら声を掛けてから、ヤマトとムサシで母親の分まで花束を献花して、頭を垂れる。

パメラの家族とはやや離れて最後尾にいた、ベネズエラ首相のドラガン・ボクシッチは泣き続けているミカエルとパメラの顔にハンカチを当てて、2人の感情が収まるまでケアし続けていた。

ベネズエラ一行の周囲には中南米軍のSP以外に人型ロボット7体が配置され、周囲を絶えず警戒していた。頭上には武装ドローンが2機飛翔し、一帯の状況を把握し、地上の7体のロボットと台北郊外の中南米軍駐屯地に周辺データを転送し続けていた。
台湾が準戦時体制を取っている事もあって、飛行物や警備体制に対する制限が課せられていたが、事件後は中南米諸国と日本連合の首長、議員、大使の警備に関して、それぞれの国の警備を容認する方向に転じた。これまで台湾警察の運用するドローンに委託していた状況と、中国を刺激しないようにロボット導入を控えていたが、完全に日本連合に準じた警備体制に変更した。
中南米諸国連合としては、中南米軍の警備受け入れを容認できなければ、閣僚の外遊先と大使館常設の対象外にすると事件後公言するようになり、未だに検討中なのは韓国くらいだった。

母を亡くしたミカエルと、新たに養母となったパメラと3人の息子達は滞在先のホテルへ戻り、ボクシッチ首相がその場にとどまりマスコミのインタビューに応じ、会見の冒頭でボクシッチが語り始めた。

「台湾側でのご遺族に直接お詫びを申し上げる機会を頂き、中南米諸国連合とベネズエラ政府を代表して台湾の方々に御礼申し上げます。また、事件の捜査と真相究明に全力で当たっていただいている台湾警察の皆様にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。
事件の目的は我々の大使を拉致し、交渉条件を引き出すのが目的であったと判明しております。拳銃を強奪するが為に、尊い2人の警官の命が奪われました。計らずも台湾を舞台としたテロ事件が生じてしまった事に、深くお詫び申し上げる次第です。
今回の事件を受けて、我が国の警察署でも採用している警備用ロボットを、台湾中の交番と警察署向けに提供致しました。受け入れて頂いた台湾警察に御礼申し上げます」

記者達が一斉に挙手する。

「フィリピンとマレーシアの国境となる諸島部にイスラム過激派の流れを汲む組織が居て、今回の事件の実行犯と聞いています。中南米諸国連合としてはどのように対処されるのでしょうか?」

「はい。モロ民族戦線、ジェミーイスラムの構成員が作った組織だった様で、我々もノーマークでした。スールー諸島の国境周辺部を拠点としていたのでフィリピン政府も、マレーシア政府も認識していなかったようです。構成員全員がフィリピン人で、拠点の大半がフィリピン内だった為に、拿捕した構成員をフィリピンで収監する方向で進めています」

ボクシッチ首相の発言を受けて、フィリピンメディアの記者が質問する。

「ハワイ滞在中のアラマ財閥のサイアス氏と元上院議員2名がアメリカ政府に亡命申請をしています。フィリピン政府は強く反発し、アメリカ政府に身柄の引き渡しを求めています。
サイアス氏と元議員2名は、先日台湾での起きたテロ誘拐事件への関与の疑いがあるとも聞いておりますが、実際はどうなのでしょうか?ベネズエラ政府はどこまで把握しているのでしょうか」

「逮捕した犯人3名が自殺してしまい、供述が得られませんでしたので、亡命申請中の3名が事件に関与しているのか、はっきりとしていないのでコメントが出来ません。
人的被害を受けたベネズエラ・台湾の両政府としては、お三方の潔白の為にも捜査への協力を頂ければと考えています。避け続ければ疑いは永遠に残り、残された財閥グループとお家の名声は失われるでしょう。また、仮に米国が御三方を受け入れたなら、犯罪支援国家というレッテルが付いて回るのは避けられないと思います。後々の影響をよくよく鑑みて判断されるのを願っております」

財閥総帥のサイアス氏と元上院議員の2人はフィリピンの電力会社のオーナーであり、政界のエネルギー閥に議員たちは属していた。先の選挙で日本人とベネズエラ人の議員が当選し、両国のアンモニア火力発電と水素発電が導入される公算が高くなり、フィリピン国内の電力料金の減額が期待されている。
その状況下で生じたベネズエラ大使誘拐事件なので、疑いが強く残ったままだ。理由を明かさないまま3人揃っての亡命申請なので、疑惑に拍車が掛かっている。
中南米軍としては、イスラム過激派の事務所を家宅捜索して3人が関与した物証を抑えているのだが、亡命となれば「次なる手」を実行せねばならなくなる・・。

「ドラガン首相、フィリピン内で行方不明事件が再発しているのですが、ご存知でしょうか?」ドラガンが一歩踏み込んだ発言をした後で質問したのはフィリピンのフリーの記者だった。

「申し訳ない。行方不明事件は把握しておりませんでした・・」
ドラガンは知らぬふりをした。この記者を調査する必要がある、と思いながら。

「半年前に韓国とフィリピンで失踪事件が起こりました。マグナブという容疑者がクローズアップされ、当時は韓国の事件と同一犯の可能性も指摘されていましたが、双方で容疑者が逮捕されました。しかし、フィリピン側の容疑者が関与を否定している失踪事件が何件かある中で、同じような犯行が再び始まってしまいました。フィリピンと北朝鮮、韓国の警察は逮捕した双方の犯人の再聴取をしており、捜査チームは第三の犯人の可能性を含めて、捜査しているようです」

「その失踪事件と今回の事件との間で、何らかの関連性があるのでしょうか?」
この質問、もう止めてくれないだろうか、とドラガンは祈った。

「2つの事件が同じ組織の犯行の可能性がある、という点ですね。それは組織の事務所やアジトを捜索した中南米軍の方がご存知なのではないですか?それに、フィリピンの社会党議員やルソン島、ミンダナオ島の日本連合資本の従業員には既に警戒情報を出されているではありませんか」

ドラガンは記者に視線を当ててから、頭を下げた。

「申し訳ありません、私達は先程台湾に到着したばかりで、全ての情報を把握できておりません。確認致します」

再び質問した記者に向かって頭を下げる。捜査中で言えないと言うべきだった、と後悔しながら。

ーーーー

スービック、アンヘレス、オロンガポの3市内には、いつも以上に警備を請け負うロボットとドローンが展開していた。
万が一を考慮して、杜家の幼児は全員富山に退避した。

既存のものを更新する際、少なからず痛みが生ずる。個人が服や鞄を新調する分には消耗品の範疇で済むが、業者が介在するような案件ともなると内容が大きくなればなるだけ、利害関係が生ずる。新参者であれば、秩序を乱すものとして排他的な動きが伴う事もある。
利権が伴うと、奪われまいとする勢力が現れて抵抗し始める。今回で言えば、アジアの中でも高い電力料金となっているフィリピンを、是正する話だった。

日本の電力会社を統廃合する際、移行は比較的容易だった。53箇所の原発の地盤の再調査を行い、建設地として相応しい発電所が一つも無い事が判明した。倒壊するやもしれない地盤の上に危険な建造物は相応しくない。
「そもそも、誰が許可したの?」と追求するだけで主導権を握れた。フクシマの事故調査委員会のメンバーが「建設60年経っても問題無し」と定めて、原発稼働に向けて動き出したが「どうして、大丈夫って言えるの?」と繰り返すだけで各識者、各電力会社から溢れた様にボロが出た。

フィリピンでは化石燃料の火力発電所なので、「脱二酸化炭素は世界の流れ」としてコストの安いアンモニア火力を中心に据えて変更するプランを提示した。電力料金が下がれば、利益幅が減少する財閥や政治家が「時期尚早だ」として抵抗勢力となった。
しかし、国民からすれば電力料金が下がるのは歓迎なので、新電力推進を掲げた新党は選挙で圧倒する。既にルソン島の3市では電力料金が下がっているので、比較事例となった。

アラモ財閥は電力関連で3割以上利益減少し、電力利権にぶら下がっていた議員たちは落選した。これを根に持って、中南米軍の警備体制からは劣る台湾でベネズエラ大使を、拉致して、身代金を求めるストーリーを描いたようだ。
台湾での犯行が失敗に終わった事で、主謀者と目されている3人はハワイの領事館に亡命を求めて駆け込んだ。
実行犯のイスラム過激派は組織が壊滅的な打撃を受けたので、報復に出たと見られる。日本資本ベネズエラ資本の企業雇用者を狙った犯行を始めたと見られる。
いい迷惑だった。

中米パナマで開催されている中南米諸国連合の代表者会議で、議長を務めるコロンビアのマルコス・ヴァーリ大統領は、記者会見で次の様に述べる。

「台湾警官の2名と、我が中南米軍の兵士2名が死亡した事件に関与している可能性が濃厚な、フィリピン人3名の早期帰国を我々は強く求めます。また、実行犯グループとなったジェミーイスラム系列の組織に資金を提供し、犯行グループの逃走支援に関わった旧モロ民族戦線の掃討作戦を、フィリピン軍と共同で実施致します・・」

と、発言する映像が流れた。最後にモリが中米の大統領に囲まれて、何やら陳情されているような映像が流れて、この日の中南米のニュースが終わった。
フィリピンで新党を立ち上げた7人の新人議員は、スービック市内の自宅でニュースを見ていた。

「亡命って・・ 何から逃れたいのかしら?イメルダ夫人とマルコス大統領が逃げ込んだのもハワイだったっけ?」

「叔母さま・・ピープルズ革命の頃は 私、生まれてません・・」

彩乃が申し訳なさそうに言うと、蛍が「そうだよね・・」とトーンダウンした。

テレビを視聴している別モニターには、家の上空を飛んでいるドローンが家の周辺を撮影している解析データを流している。本来なら子供たちも居るのだが、家には議員7人のデータしか表示されていない。モニター前に座っている人型ロボットのジュリアが24時間体制で上空のドローンを操作している。ジュリアは終日エンドレスだが、ドローンは一日8時間の交代制で飛び続けている。

「もし、アメリカが亡命受け入れなんてしたら、先生、激おこプンプン丸ですよね?」

下院議員の志位さんが言うと、ベネズエラ人のスーザン、スザンヌの姉妹が、「ゲキオ?」「プンプンマン?」と、AIがスペイン語翻訳出来なかったようで復唱すると、全員が笑った。

「そうね、プンプンマンになっちゃうかもね。今度はモビルスーツ引き連れてホワイトハウス襲撃するかもしれないよ」志乃がスペイン語で言ってから、眉なしスキンヘッドのモリの顔をタブレットに表示して「彼がプンプンマンだよ」と姉妹に見せると一同がまた爆笑する。

その時、モニターを見ていたジュリアが家に近づく一台の車に注目する。昼に現れた車両が再び現れたからだ。昼の時点でAIがフィリピン警察のサーバーをハッキングして解析すると車両が「盗難車」であるのが判明していた。警戒の必要性を感知したジュリアは、待機していたドローン2機を応援として浮上させて3機体制にすると、ジャミング機能を持つ静音タイプのドローンを盗難車両に近づける。

ジュリアの動きを察知した彩乃が「あ、お客さんかも・・」と言ってモニターに近づく。

7人で唯一のエンジニアの彩乃が真顔なると、場が静かになった。ガラス・サッシ側に居る者はマニュアル通りに部屋の中央部のソファーに移動してソファーに各自寝そべる。

彩乃はスービック署への一時アラート送信を防衛隊長のジュリアに指示すると、ジュリアと共にモニター映像を見入る。

「ありゃま、ショット・ガン持ってる・・ジュリア、ペイント弾の準備。アンジェリーナ達で車両を囲んで。警察にはこの画像転送して、防御許可を貰って」

「スワン7,了解しました」

ショット・ガンと聞いて6人の議員はオロオロするが、ゲーマーでもある彩乃は落ち着いていた。彩乃は我が家の戦力に挑んできた愚か者をどう拿捕するか、どのパターンで落とし込むか、考えていた。

「スービック署の許可出ました。また、アンジェリーナ、各部署に配置完了です」

「了解っす。
ではみなさん、これから騒がしくなるかもしれません。ソファの下で寝転んで下さい。あ、防弾チョッキとヘルメットを被ってね」
彩乃がいうと、6人がソファの下の引き出しを開けてチョッキとヘルメットを着用する。スーザンが彩乃のレシーバー付きのヘルメットとチョッキを手渡しする。

「ほんじゃ、始めますかね。ジュリア、追尾中のドローンをゆっくりクルマの正面に向かわせて」

「了解しました」

ーーーー

車両の中には4人の男達が居た。7人の中から殺傷対象の2人と捕縛対象の1人を決めて、顔写真から自分の最初の「獲物」を一人づつ決めていた。この組織の男達の脳は睾丸で出来ているようだ。

目の前から点滅する赤い光が見える。パトカーかと身構えたら、ドローンだった。ドローンが車のフロントガラスにペイント弾を打ち込み、視界が遮られたので、4人の男達は一斉にドアを開けて開いたドアを盾のようにして、射撃体勢に入った。
モリ家にはシャトルと乗用車数台があるのは、偵察時に確認済みだった。この車両はここで破棄する。その為の盗難車だった。

「あのドローン、撃っちまうか?」と一人が確認を求めると、返事の前にドローンから音声が流れた。タガログ語だった」

「貴様ら、なんの用だ?」フィリピンの大統領の声だった。

「異教徒が!しゃらくせー!」助手席側の男がショットガンを連射するとドローンが破壊された。

AIチームが、一斉に反撃に転ずる。既にペイント弾を先行発射しているので、厳密には反撃ではないのだが。
2機のドローンが複数のボールを投下する。カプサイシンを詰め込んだボールが落下すると盗難車一帯が赤い粉末で覆われた。目と鼻に強烈な刺激を感じた犯人たちは堪らずに盗難車から離れようとする。4人のうち3人はショットガンを置いて、両手で顔を覆っている。
犯人たちに人型ロボットが襲いかかると即座に関節技を繰り出して、犯人を無力化する。

「あら、終わっちゃった。不甲斐ないったらありゃしない・・」
彩乃がヘルメットを取って、寝転んでいる6人を見て微笑む。

「皆の衆、終わったよぉ。おっ、ようやく警察のお出ましだぁ」

7名では最年少の彩乃が、動じずに場を対処した事に6名が驚く。彩乃が居なくてもロボットだけで対処出来るのだが、それでもチームを統率した彩乃に感心する。
中学生の頃からモリに纏わりついていただけの事はある。彩乃はあゆみ以上かもしれないと蛍は思った。

ーーーー

ドラガンは帰国したが、台湾からパメラ大使と3人の息子と新たに養子となったミカエルがマニラの空港に到着する。出迎えたスザンヌとスーザンの姉妹が事件後のパメラを強く抱きしめて、孤児のチームリーダーのパメラの無事に感謝する。

取り残された4人の子供たちはポカンとしている。

スーザンが慌てたようにミカエルを抱きしめる。

「私も妹もパメラと一緒で孤児なんだ・・我が家にはあなたのおばちゃん達と兄弟達がいっぱい居るから、楽しみにしててね。
杜家へようこそ、ミカエル」

「なんで、この人はスペイン語が上手なんだろう?台湾では全然通じなかったのに」と思いながら、スーザンの胸の弾力性を意識して、ママと一緒だとミカエルは思った。

(つづく)



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