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【小説】訪問者



(男の身なりは灰色のシルクハットに、同じく灰色のスーツ姿。左手には手提げのケース、胸ポケットには真っ白なチーフを入れている。髪は肩までかかった癖っ毛に、鼻の下に少しだけある髭が特徴的。年齢は20代後半くらいか)


・・・ここですね。


コンコン(ノックの音)


・・・


・・・・・・


コンコンコン


・・・


・・・・・・


ガチャ(ドアの開く音)


あ、


「・・・・・・」


すみません、お取り込み中でしたか。

「・・・・・・」


初めまして、お尋ねしたいことがありまして、ノックさせてもらいました。


「・・・・・・」


いきなりなので、驚きましたよね。
わかっています。
でもどうしても今じゃなければいけないと思ったので。


「・・・・・・」


そんな、不審者を見る目で見なくても・・・。
まま、大丈夫ですよ。
そんな怪しいやつではないので。
と、何を言ったって、信じてもらえませんよね、・・・ははは、参りましたね。
って、ちょっと待って!


(ドアを閉めようとするも、阻まれる)


待って、待ってください!そんないきなり門前払いしなくてもいいじゃないですか。
別に部屋に上がり込むまではしないから、安心してくださいよ。
10分・・・いや5分、3分で用事を終わらせてみますから・・・!
どうかそれだけ辛抱してみてはどうですか?


「・・・・・・」


ふう、どうにか落ち着いてもらえましたか。
大丈夫ですか、ちゃんとあなたは現実が見えていますか?
涙の落ちる音が、外まで聞こえてくるようでした。
今のあなた、もう目が赤くなっています。
わざわざ指摘するのもおかしいくらいに。


「・・・」


今のあなたに、何か複雑なこととか、格式高い名言とか、誰かの愛情とか、多分通用しないでしょう。生きるってそういうものだと思います。どんな人にも通用するような万能薬はなくて、それはいつだって見つけようとする側に託されているのだから。


だから、そうですね、あなたは誰かに愛情を与えるのも、受け取るのも疲れているみたいなので、これだけを渡して、私はもう帰ることにします。


(男は一冊の分厚い本を渡す)


これは私が書いたものではないですよ。
でも誰かが書いたものです。
プレゼントなので、もう好きにしてもらっても構いません。
でもちゃんと読んでおいてほしいものではあります。
誰かが勝手に書いたものですから、あなたは勝手にこれを読んでおくこと、それだけでいいのですよ、きっと。


・・・・・・


それじゃあ、またあとで。




(いきなり表れた男はまるで夢のように去って行った。さっき俺が玄関で会った人はどうやら幻だったらしい。しかし幻にしては、いやにタイミングが秀逸で、そして俺の手元に渡った一冊の本は、しっかりと存在している現実だ。まるですんなりと事が運んでいるように、そして何かに導かれたかのように、本は俺の手に収まっている。これはどういうことだろうか。頭で考えてももちろんわからなくて、そして俺の興味は当然のように、手元にある本に向かっている。もう何度も読み古されたようにボロボロで、古本屋で売っていたとしても、一切の買う気も起こらなさそうな古ぼけた本だ。作者の名前は書いていなくて、タイトルは・・・『生きる屍』とある。変なタイトルだ。でも、もう興味がこの本にある時点で、俺は読むしかない。一体何なのだろうか。一つだけ言えるのは、今の俺は最悪ではなさそう、くらいなことだ)


ソファに座り、ページを捲る・・・。



次の話へ続く↓


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