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【小説】夏の挑戦⑤


前回↘︎




当時の私は気づいていなかった。


まだ幼かったので、知らないのも無理はない。晴れ晴れした気持ちや、なんとなくの希望があったとしても、先の未来を完全に乗り越えられたとはいえないということ。そんな簡単なことが、まるでわかっていなかった。あの時の私はまさしく「何となくの希望」で未来が約束されたものだと本気で思い込んでいた。きっと私は”あいつ”と楽しく話ができるだろう。”あいつ”はなんの問題もなく船旅に出ることができるだろう。そんな想像がごく当たり前のように脳裏で膨らんできたのだった。


こんな希望を抱きながらも、私は”あいつ”について何も知らなかった。”あいつ”が過去にこの街でどのような人々との繋がりがあって、そしてその繋がりたちをどのような形でここにおいてきたのかを、何一つとして知ってはいなかったのだ。


ひたすらにサイダーの涼風を味わった私には目もくれずに、三人の青年が店内に入って行く。おそらくは当時の私や”あいつ”よりも確実に年上であろう背丈と、そして中学生特有の底意地の悪そうな面構えをしている。ちょうど小学生では考えつかないような思慮を持ち、それでいて高校生ほど大人びることのない、悪戯や不良に手を染めたがる年頃の子供。まあそんなところだろうか。


ちなみに私は12歳になるまで、そういったいわゆるガキ大将とか、不良に憧れている類の者とは一切の関わりを持ってこなかった。そういったものからイジメだとかの攻撃をされることもなかった。それは運が良かっただけなのかもしれない。理由はわからないが、少なくとも私はそういった者に対しての興味が欠片もなく、そして向こうからも大した注目もされないまま生きてきたのだ。


しかしそんな私でも、この3人組のことは無視をすることができなかった。店に入って行く彼らに対して、どこか気になる点があったのだ。通り過ぎた彼らの刹那の表情。どこかやり遂げたような顔をしていて、そして憎悪にも溢れているようであった。気のせいかもしれないが、私はそのほとんど勘とでも言えるようなものを信じた。そんな心の方針だけを頼りに、無意識のような形で彼らのすぐあとに店内に入る。

彼らはケラケラとふざけた笑いを発して、すでに危ない香りがしたのを覚えている。店内の一番奥にあるドリンクコーナーで飲み物を探しながら、雑談をしていた。彼らの笑い声は私にとっては耳障りこの上ないほどの不快な音でしかなかった。


「まったく、やってやったな」
「ああ、もうあいつに仕返しすることもないと思っていたけれど、まさかこんなに早くに上手く行くとはな」

私は入り口の近くにある雑誌コーナーで立ち読みをするふりをして3人の会話を聞いていた。さっき言ったあいつというのは私の知っている”あいつ”のことなのだろうか。

「それにしてもあんなくだらないものに惹かれるなんて、あいつも可愛らしいところもあるもんだ」
「かわいらしくねーだろ。俺なんて昔あいつに思いきり耳たぶを齧られたんだ。今でも思い出すぜ」
「でもさすがにかわいそうかな、あそこまでするなんて」
「おいお前、あいつのかたを持つのか」
「いや、そうじゃねえけど」

一体彼らは”あいつ”に何をしたのだろか。問いただしてやりたい気持ちと、早く”あいつ”の元にいかなければ行けないという強迫の念が左右同時にこみ上がってくる。確実なのは、彼らは私の知っている”あいつ”の話をしているのと、彼らは”あいつ”と一悶着あった結果、彼らなりの報復を与えたということだ。

「ふん、かわいそうなもんか。おとなしく俺らのいうことを聞いておけばいいものを、今まで散々反発してきたのは、あいつじゃないか」
「そうだ、なんであそこまでして、一匹狼を気取ってやがるんだろうな。意味わかんねよ」


結局、私は彼らに話しかける勇気などなかった。それよりも今の”あいつ”がどうしているのかの心配が上回った。考えれば考えるほど、もう居ても立ってもいられなくなったのだった。今すぐ行動しなければと、私は読んでいるふりをしていた雑誌をさっと棚に戻し、そして再び灼熱の外に出た。サイダーの爽快感はもう不安や暑さでかき消されていたが、そんなことも気にしている場合ではない。彼らがやってきた道を辿るようにして、走り出した。


真夏の暑さも、背中の2泊3日の荷物も、祖母の家に到着する予定の時間も、”あいつ”に対しての心配によって全てがかき消されてしまった。疲れることも知らずに目的地を目指すのだった。



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