「ストック・オプションを発行しているけれど、M&Aで買収されるときどうしよう」―(2)時価発行型有償ストック・オプション/信託型ストック・オプション

(1)税制適格ストック・オプションとM&Aについてはこちら

2.(時価発行型)有償ストック・オプション

SOの発行時に、その時価(オプション・バリュー)を払い込む、いわゆる時価発行型有償ストック・オプションは、その成り立ちからして、税制適格のデメリット・限界を乗り越えようという側面も持っているものです。そのため、M&Aの場合には比較的シンプル・有利な課税上の取り扱いを受けられるのが通常と思われます。

(1)ストック・オプションの行使時(株式の取得時)

すなわち、まずSOの行使時(株式の取得時)には、(税制適格要件を満たしていないにもかかわらず)給与所得等としての課税は行われないと考えられています。これは、時価発行型有償ストック・オプションは「インセンティブ」としてくくられることもある一方、あくまで「オプション」という金融派生商品の時価を払って購入しているので、少なくとも税務上は、スタートアップに対する役務の提供の対価として無償でSOを報酬として得る場合ではないと整理できるから、ということになります[1]

(2)株式の譲渡(M&A)時

そのうえで、SOを行使して得た株式の譲渡時に、「譲渡収入金額―(SO取得時の払込価額+SO行使時の権利行使価額」が得られた利益として、譲渡所得課税(所得税と住民税を合わせて20.315%の申告分離課税)がなされます。

ですので、M&Aが発生した時に、(vestしていることによって)行使できるのであれば行使をし、株式の交付を受け、当該株式を譲渡することによって譲渡所得課税がなされることになります。

他方で、unvestであることにより行使できない分については、無償取得+インセンティブ報酬の引継ぎということを検討することになりますが、これは税制適格ストック・オプションの場合と基本的には同様です[2]

3.信託型ストック・オプション

いわゆる信託型ストック・オプションと、M&Aの場合の処理は少し検討が必要です。信託型ストック・オプション詳細についてはすでに様々なところで書かれているので省略いたしますが、その特徴は、時価発行型有償ストック・オプションの応用として、概ね、以下のとおりです。スタートアップへの入社のタイミングだけで時系列的に時価を上げて付与していくのではなく、貢献度に応じた分配ができるということになります。

ü  創業者等が信託の委託者として、受託者に対してSOの時価相当の金銭を拠出

  • 信託の受託者(顧問税理士など)がその金銭を発行会社(スタートアップ)に払い込んだうえで、SOを引受けて受託者として保管(信託業法に反しない範囲で行われることが前提)

  • 発行会社内の評価委員会等が、予め定められたルールに従い、SOの交付対象者と交付数を決定し、信託終了時に受託者から役職員や外部協力者等の各交付対象者(信託の受益者)にSOが交付される(それまで、付与は確定しない)

  • 税務上は、受益者・みなし受益者が信託終了時まで存在しない、いわゆる法人課税信託の要件を満たすように信託が組成される

    • 最初に受託者がSOの時価相当額の金銭を拠出する際に、法人税相当額が課税される(法人税相当額をグロスアップして、創業者等は金銭を拠出する)

    • 信託終了時に受託者から役職員や外部協力者等の各交付対象者(信託の受益者)にSOが交付される際、及びSOを行使して株式を取得する際には課税がなされない(時価発行型有償ストック・オプションと同様)

    • 各交付対象者がSOを行使して得た株式を譲渡する際に譲渡所得税課税

信託型ストック・オプションの状態でM&Aが生じるというのは、信託の受託者が、受益者である交付対象者(役職員等)にSOを交付することなく保有している状態でM&Aが生じるということになります。

  • 合併などの組織再編で買収者のインセンティブ報酬に切り替える場合は、税制適格ストック・オプションに関する1.(3)(a)のように、買収者側の新株予約権を代わりに交付するということは考えられます。ただし、「新株予約権の引継ぎ」と「信託型ストック・オプションとしての引き継ぎ」は必ずしも連動せず、後者は必ずしも当然には生じないため、組織再編時に、改めて信託としての合意を買収者とする必要があると考えられます。

  • 他方で、スタートアップの買収においてよく見られる単純な株式譲渡の場合、税制適格ストック・オプションに関する1.(3)(b)のように、SOの処理が問題になります。この場合、そもそもM&Aの際にSOの処理が問題になるというのは、買収対象であるスタートアップ(発行会社)のSOが残っていると、100%買収・100%子会社化を達成できないということにありました。そのため、信託型ストック・オプションについても、そのまま残存させておくことは基本的に想定されないというのが素直かと思います。

株式譲渡、組織再編、いずれも、100%買収を達成するために発行済のSO(受託者が保有しているもの)の処理だけを考えると、ある種、シンプルな処理は可能です。すなわち、時価発行型有償ストック・オプションと同様に、無償取得をすることが考えられます(ただし、その分の損失は、有償ストック・オプションと同様に、通常は何かの所得と相殺できるものではありません)。あるいは、場合によっては払込金銭と同額で有償取得をすることも考えられます。ただし、信託型ストック・オプションの場合、通常、当該金銭は委託者にも、受託者にも、受益者(そもそもその時点では存在しない)にも返還されません[3]

それ以上に問題となるのは、そもそも信託型ストック・オプションの状態では、受益者となる候補者である役職員や外部協力者は何らの権利も有しておらず、決まった将来の時期に、一定のルールに従って配分を受ける期待を有していたというだけであることのように思われます。

すなわち、税制適格ストック・オプションも、有償ストック・オプションも、新株予約権という権利を保有していることを前提に、課税関係やインセンティブ報酬の引継ぎ(買収者のどのようなインセンティブ報酬を付与するか)が問題になりましたが、信託型ストック・オプションの状態でM&Aが生じた場合には、そもそもM&A後に、誰に、どのようなインセンティブ報酬を付与するか、そもそもしないのか、という点についての指標が十分ではないことになります。M&Aの時点までの貢献度合いに応じて、その時点でのルールに当てはめた形で仮の配分を行って、それに対応するインセンティブ報酬の引継ぎを仮想することはあり得るかもしれません。他方で、法人課税信託に該当する(受益者が信託終了時まで存在しないようにする)ために、配分ルールを信託期間の途中で具体的にはあてはめることが完了できないこともあろうかとは思います。また、そもそもバリュエーションが低い状態でSOの払込金額を少なくするために、会社設立後早い時期に信託型ストック・オプションだけ設定しておいて、配分ルールがまだ具体的にスタートしないような信託が存在する状態で、M&Aが生じるかもしれません。

元々は、IPOの確度が高くなってきた際に信託型ストック・オプションの導入を検討する企業が多かったか印象ですので、このような問題は生じにくかったところですが、早期に信託型ストック・オプション(場合によっては、SOとしては信託型のみ)によってSOの発行枠をとっておく企業も増えてきている印象であり、Exitの方法がM&Aになった際に検討しなければいけない論点が多くなるということもあり得るかと思います。

いずれにしても、かなり個別性が強く、かつ通常のインセンティブ報酬の割当・引き継ぎの発想とは異なる考慮が必要になります。PMI・役職員のリテンションが十分に機能するように慎重に検討をする必要が出てくると考えられます。課税関係は、その結果採用することとなったインセンティブ報酬に依拠することになります。


[1] 条文上は、所得税法施行令84条3項2号で、権利行使時に収入の額を認識する(課税される)新株予約権が「(当該新株予約権を引き受ける者に特に有利な条件若しくは金額であることとされるもの又は)役務の提供その他の行為による対価の全部若しくは一部であることとされるものに限る」とされており、時価発行型有償ストック・オプションはこれに当たらないことになります。ただし、会計上の取り扱いや、会社法上の役員報酬としての規制がかからないかは、別途の論点とされています。

[2] 無償取得の場合、役職員等において、SOの付与時に当初払い込んだ時価相当額は失われる、すなわち損失が出ることになりますが、これは非上場である限り、原則としてほかの所得と通算(相殺)することはできないことになります。

[3] 詳細は省略しますが、税務上、法人課税信託と扱われるために、残余財産についての権利を有する「みなし受益者」が存在しないようにする必要があります。多くの事例では、何らかの財産が残った場合には、あらかじめ定められた、あるいは受託者が指定する公益法人に交付されるという建付けになっている例が多いと思われます。有償取得で払込金額を返還した場合、信託は終了しますが、当該金銭は、残余財産として委託者や受益者へは渡らないことになります。

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