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「愛は祈りだ。僕は祈る。」と、かつてある作家がいいました(あるいは一枚の家族写真に関して)

先程、一枚の写真を見ました。

経年劣化で色が薄れているので、多分もう10年以上は前の写真。小さな女の子が、着物を来て、傘を持って、満面の笑みで写っています。何人かの方はご存知かもしれませんが、僕はそういう写真に弱いです。極めて。

ちょうど今は昼休みの時間です。新設の校舎らしい余裕のある控室の造りで、教員たちは思い思いの昼の時間を過ごしています。間仕切りがあるので、他の教員の顔はわかりません。僕の顔も誰にも見えません。だから、写真を見てボロボロ涙が出ていたとしても、基本気にする必要もないのです。プライバシーのありがたみです。

「その写真の何がそんなに?」と思われるかもしれませんが、写真というのは「想い」の反映するものであると思っています。撮った人間や、撮られた人間の、そして何より「それを見ている人間の想い」こそが写真には写り込むと思っています。言葉を変えると、写真には光と影のデータしか写っていないのですが、そこに「心」や「感情」を宿すのは、その写真に関わる全ての人々なんだと思うんです。一枚の小さな女の子の写真にその時映り込んだのは、僕自身の想いにほかなりません。

写真の中で、女の子は輝くような笑顔を浮かべています。多分、古き良き写真屋さんのスタジオなんだろうと思います。女の子は、実際には「ああ、だるいなあ」とか思っているのかもしれないけれど、少なくとも、その瞬間、シャッターが切られた瞬間、女の子の笑顔はカメラの後ろにいる家族の人達、あるいは未来の自分に向けて「笑顔」を向けている。それは、これからやってくる未来に対する、家族全員の願いと希望、夢や愛情の塊のような気がします。

我々の住む世界は、その願いや希望、夢や愛情のすべてが無残に破れる世界です。それは厳然とした事実です。もちろん、ごく稀にそれら「美しいもの」のすべてが叶う人もいますが、それはむしろ例外。我々の大半は、自分の命が灰色の中へと埋没し、やがて黒へと暗転しながら、たった一人でこの世界から孤独に去ることを予感し、あきらめている。「世界はもっと美しい」、最近見たある写真展のテーマでした。それを僕は、すごく悲しいフレーズだと感じたのです。世界は美しくないからこそ、「もっと」と敢えて言わねばならぬ。それはほとんど絶望的な程の現実の了解の上に成り立つ、最後の抵抗のように見えたからです。そして実際、世界は、そういう場所だと僕は思っています。

だからこそ、一瞬だけでも、写真に写り込んでいる女の子の笑顔が、本当に貴重で美しいと思うのです。それが破られるかもしれない恐怖は、大人であれば誰しもが抱えている。女の子が笑顔を浮かべているとき、周りにいるお父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんは、その恐怖と不安があることを骨の髄まで知っている。でも、だからこそ、そのシャッターが切られる一瞬へと賭ける人の想いの強さと深さに打たれます。僕が家族写真を好きな理由は、その悲しく絶望的な程の強さに、いつも打たれるからです。

多分、この写真のあと、家族みんなでレストランに行ったのかもしれません。そして数日後、写真ができあがったとき、みんなで「かわいいねかわいいね」と笑いあったのでしょう。その後の女の子の人生がどんなふうに展開するのかは、誰にもわからない。もしかしたらすごくつらいことが、この写真の女の子の身に降り掛かっているかもしれない。それは誰にもわからない。

でも、ある日、故郷に帰る。

家族の残した家に、その一枚の写真がある。大きくなった女の子がそれを見つけたとき、ささやかな救いが訪れるのではないか、そんなふうに思うんです。いや、そんなふうに僕が願うのです。そうだったら良いと。すべてが否定される世界の中にあって、かつて過去の自分が未来に向けた笑顔を見て、現在の自分が救われることがあるのではないか、そんなことが起こればいい。そんなふうに写真が機能する世界だったら。

最近仕事が立て込んでいてあまりにもやることが「仕事最優先」になっていて、僕は少し疲れ始めていました。でも、一枚の写真が何をもたらすのかを改めて見ることができて、その疲れがずいぶん軽くなりました。会ったこともないその小さな女の子に、僕は感謝しなければいけないのだろうと、そう思うのです。

僕はただのしがない風景写真家です。でもいつかこんな写真を撮ることができればと願います。

「愛は祈りだ。僕は祈る。」と、かつて舞城王太郎が書きました。そのとおりだと僕は思っています。そして祈りとはときに言葉であり、そしてときに一枚の写真に宿るものだと、そう思っています。

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