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「僕はヤンデレ彼女を愛してやまない。」本編

「陸、明日のお弁当は何が良いかな?」

学校の帰り道、黒髪の少女が僕の顔を覗き込んでくる。

「そうだねぇ……。今日は唐揚げで、昨日は焼き鮭だったよね?」

昨年から付き合い始めた彼女――雪野ゆきの莉子りこは、背が低く、艶やかな長い黒髪に、綺麗な漆黒の瞳を持つ。
とてもとても可愛い。

しかし、彼女には唯一の欠点があった。
彼女はヤンデレ●●●●なのだ。

僕と莉子が明日のお弁当の話をしているときだった。

「そこの彼氏さんと彼女さん、ちょっとだけでいいから、お金貸してくれないかなぁ?」

町によくいるヤンキー三人組が突然声を掛けてきたのだ。

(ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい……)

僕は心の中でヤバいを繰り返す。
緊急事態である。
この後の恐ろしい展開が目に見える。

「おっ、彼氏さん、そんな震えなくても大丈夫だよぉ。彼女さんは、バッグを探って何をやっているのか…………なっ!?」

莉子の様子を見ていたヤンキー達の顔が驚愕の表情へと変貌へんぼうする。
無言の莉子がバッグからある物を取り出していた。
刃渡り15cmほどの包丁である。

莉子が丁寧に研いでいることを伺わせるその包丁には傷や錆はひとつもない。
鈍く輝く銀の光沢を放つ包丁を二本取り出し、両手に構える莉子。
そして、無言のまま、ヤンキー達へと突撃を……。

「させるかーーー!!」

莉子が一歩踏み出したところで、僕は莉子へと飛びつき、その行動を阻止する。

「陸、大丈夫よ。あたしに任せて。あたしがきちんとこいつらをやるわ」
「全然、大丈夫じゃないーー!」

完全に戦闘態勢に入ってしまった莉子。
会話をしながらも、莉子は僕を引きずってヤンキー達へと近付いていく。
こういうときの莉子はその小さな身体に似合わず、とんでもないパワーを発揮するのだ。
一人では抑えきれないと判断し、僕はヤンキー達へと声を掛ける。

「早く逃げて下さい! 僕では彼女を抑えきれません! 早く!!」
「ダメよ、陸。こういう奴らは一匹見掛けたら百匹に増えるというじゃない。今のうちに始末しないと」

ヤンキーはそんな増殖はしない……。
包丁を持った莉子を見て青い顔をしていたヤンキー達。
今は青を通り越して白い顔へと変化している。

「ひぃぃぃぃぃーーーーーー!!」

命からがら逃げ出すヤンキー達。
その姿を見送った僕はホッと一息……。

「陸はここで待っていて。あたしが追いかけて、片付けてくぅ……」

未だ終わっていないことを悟った僕は、まだまだやる気である莉子の、その唇を奪う。
莉子の身体から力が抜け、カランと包丁の落ちる音が聞こえた。

「莉子、もう大丈夫だから。僕のそばにいて?」
「――うん」

トロンとした目で頬を紅潮させながら、素直になる莉子。
何とか犠牲者を出さずに済んだようである。

ヤンデレ莉子に振り回されて、そろそろ一年。
僕の莉子対応力も鍛えられてきたものだ。

* * *

その日は莉子が体調不良で休みのため、僕は一人で昼食で食べていた。
いつもは莉子が作ってきてくれるお弁当を二人で食べるので、やはりちょっと寂しい。
パンをもそもそ食べていると、クラスメートの一人が話しかけてきた。

「陸、ちょっと良いか?」

改まっているようだが、真面目な話だろうか。

「お前は、何で雪野と付き合っているんだ?」
「……それはどういう意味だ?」
「いや、だって、お前なら、雪野よりもっと良い女と付き合えるだろ?」

あー、そういう意味か。
僕は質問の意味を理解した。

「莉子よりもっと良い女? 確認しておくが、お前には莉子はどう見えているんだ?」
「いや、どうって……。みんな言ってるぜ、近づき難い不気味な奴だって。包丁持って暴れる危ない奴って噂もあるくらいだ」

莉子は僕以外の人とは距離を取って、壁を作っていることが多い。
クラスメートからの評判はあまり良くないだろうことは想像に難くなかった。

僕はそこで、周りの様子がおかしいことに気付いた。
クラスメート達が僕らの会話を伺っているのだ。
僕と莉子が付き合っていることに興味を持っているのだろう。
これは、きちんと言っておかなくてはならない。

「――僕が莉子と付き合う理由は、僕が彼女を好きだからだ」

僕の学校での地位は今でこそ上位に来ているが、入学当初はかなり低い地位だったのだ。
成績は振るわず、運動もダメ、クラスメートや先生とも上手くコミュニケーションを取ることが出来なかったので、当然の結果だ。

しかし、莉子と出逢って、僕は変わった。

「テストで良い点が取れない」という話をしたとき、莉子は「それは先生の教え方が悪いのよ」と言って、教え方の指摘を始めた。
それは授業中に留まらず、先生が学校にいる間中、莉子は先生に付きまとい、ずっと行っていたのだ。
僕はそれを止めたが、莉子は「あたしに任せて」と言って聞かなかった。

一番点数の悪かった数学の先生は、その後、莉子に極度に怯えるようになり、まともに授業を行える状態ではなくなった。
本気でヤバイと思った僕は猛勉強をし、テストで高得点を取るようになって、成績上位をキープし続けられるようになったのだ。
結局、数学の先生は教えるのが非常に上手くなり、僕に会うといつも感謝を伝えてくる。
「助けてくれてありがとう」の感謝だ。

人とのコミュニケーションが上手くなったのは、A君のことが切っ掛けだった。
A君はあまり素行が良くなく、クラスからも煙たがられていたのだが、ある日、運悪く教室の入り口で僕はA君の前に立ってしまい、蹴とばされてしまったのだ。
それを見ていた莉子は「あたしに任せて」と伝えてきた。

翌日からA君は学校に来なくなり、翌月には転校が決まっていた。
先生の話では、暗い部屋に閉じこもったA君がずっと一人で「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」とブツブツ言っているのを心配した両親が、自然の多い田舎へと引っ越すことに決めたそうだ。
「まさか莉子が何かした? そんなわけないよね?」と思っていた僕は、莉子から「A君から預かってきた」と一冊のノートを手渡された。
その表紙には、A君の筆跡で『雨宮 陸へ』という文字とともに、A君のフルネームが記述されていた。
恐る恐るノートを開くと、そこには『ごめんなさい』という小さな文字がびっしりと全ページに書き込まれていた。

それから僕は、細心の注意を払って人とコミュニケーションを取るようになった。
これ以上、莉子に他人をクラッシュさせるわけにはいかないからだ。

その他のことについても同様である。
莉子が元で、僕は変わり、結果として学校での地位が向上したのである。
莉子が――莉子の全力の愛が、僕を変えたのだ。

クラスメート達に向かって言う。

「莉子は僕のことを全力で愛してくれている! 僕はその愛に全力で応え続ける! 僕にとって最高の彼女は莉子以外あり得ない!」

学校中に響き渡りそうな大声で、僕は莉子への愛を叫んだ。

* * *

その日の帰り、プリントを届けるため、僕は莉子の家へと寄ることにした。
昼間のこともあり、莉子の顔を見たかったというのもある。

家の前に到着し、しばし待つ。

……オカシイ。
莉子には家に寄る旨はメッセージで伝えてあった。
いつもなら着くと同時に莉子が出迎えてくれるのに……。

チャイムを鳴らすか、メッセージを送るか、ポストにプリントを入れておくか……。
迷っていると、玄関の扉が開き、ルームウェアに大判のストールを羽織った莉子がゆっくりと出てきた。
赤い顔をしていて、熱がありそうだ。

「莉子!? 顔が赤いよ! 大丈夫?」
「……う、うん。もう体調はほとんど良くなっているから」

顔を見る限り、良くなっているようにはあまり思えないのだけど……。

「じゃあ、今日のプリントを渡しておくね」
「う、うん」

プリントを渡して、そこで僕は気付いた。
莉子が目を合わせてくれないことに。

「……莉子?」

名前を呼んで、前髪を優しく持ち上げようとする。

「あ、あのっ――」

しかし、莉子は僕の手を逃れて玄関の奥へと下がってしまう。
…………え?

「ま、また明日ね。明日は学校行くから」
「あ、ああ……」
「あの、陸、ありがとう……」

そう言って扉を閉めてしまう莉子。
……何か避けられてないか?

僕はそのまましばらく立ち尽くした後、とぼとぼと帰路に着いたのだった。

* * *

翌日、莉子とはいつも通りに駅で待ち合わせをした。
先に待ち合わせ場所に来ていた莉子はまだ少し赤い顔をしながら、いつものイヤホンを耳に今日はニコニコしている。

僕といるときは以外でニコニコは珍しい。
何か良いことがあったのかもしれない。
近づいていくと、莉子がこちらに気付いた。

「あっ、陸、おはようー!」
「おはよう、莉―――ゴッ!?」

莉子は僕の姿を見るや否や、挨拶しながら突進し、そのままの勢いで胸に飛び込んできた。
胸が痛いぞ、物理的に。

「陸! 愛してる!!」
「んんっ?」

いきなりのことに頭が付いていかない。
こんな激しい朝の挨拶は初めてだ。

しばらくぎゅーっと抱き締められた後、そのままの体勢で顔を上げた。
前髪の隙間から、莉子の綺麗な瞳が見える。

「じゃあ、行こうか」

笑顔の莉子が言う。
ハテナマークで頭がいっぱいの僕は莉子に手を引かれていった。

* * *

その日の下校中、僕は莉子に聞いた。

「莉子、何か良いことでもあったの?」
「ん~、分かる?」
「だって、今日一日ずっとニコニコしていたよ?」

朝からずっと、授業中ですら、こっそりと片方のイヤホンを着用しながらニコニコしていた。
日頃は愛想の良い方ではないので、さすがにおかしい。

「じゃあ、これを付けてみて」

莉子がイヤホンを渡してくる。
僕はそのイヤホンを受け取ると、耳へと装着する。
誰かが何か叫んでいるようで、どこかで聞いたことがあるような……。

『……僕にとって最高の彼女は莉子以外あり得ない!』

それは、他ならぬ僕自身の声だった。
僕の声が莉子への愛を叫んでいる。

(……え!? 録音されてる!?)

恥ずかしさの余り、僕はしゃがみ込んで顔を両手で覆う。
顔が熱くなっていて、莉子の顔を見ることができない。
イヤホンからはエンドレスで愛の叫びが繰り返されている。
これを莉子は一日ずっと聞いていたのか……。

「昨日の態度は、もしかして?」
「うん……恥ずかしくて、陸と顔を合わせられなかったの」
「今朝のは?」
「陸の姿を見たら、今度は我慢できなくなっちゃって……。今も飛びつきたくてウズウズしているんだけど、これで我慢してあげる」
「……え?」

莉子が今度はゆっくりと僕を抱き締めてきた。
しゃがみ込んだままだったので、頭を抱えられる状態となった。
莉子の控えめな胸が顔に当たって心地良い。
そのままじっとしていると、莉子は話し始めた。

「最近、陸はクラスの人気者になって、凄く楽しそうにしていることが多くて……。なんだか、あたしから離れていってしまう気がしていたの」

莉子の胸からドクドクという心臓の鼓動が聞こえる。

「まあ、例え、陸があたしのことを嫌いになったとしても、あたしは陸を愛し続けるのだけども……」

「僕は莉子を嫌いになったりしない」と言おうとしたが、頭を強く抱き締められてムグムグ言うだけになってしまった。

「でも……陸は、あたしのことを最高の彼女だって」

莉子は泣いていた。
僕への拘束を解き、自身で涙を拭う。

「グスッ……あ、あたしは、これからも陸を全力で愛して良いのよね?」

莉子の質問に僕は答える。
当然のことだとして答える。

「ああ、僕を全力で愛してほしい。僕はそれに全力で応え続けるよ」

今度は僕が莉子の涙を拭った。
莉子の綺麗な瞳には、僕の姿だけが映っていた。

そこへ……。

「おいおい、お二人さん、見せつけてくれるじゃない…………か!?」

空気を読まないヤンキー二人組が、登場と同時に困惑する。
既に後悔もしていることだろう。
莉子の姿を見たからだ。
両手に包丁を持ち、戦闘態勢の莉子の姿を。

(以前より遥かに、莉子の行動が早い!?)

僕は感心してしまった。

「……って、ダメだから、その包丁しまって!!」

慌てて莉子に後ろからしがみつく。

「大丈夫よ、あたしに任せて。あたしの愛がこんな奴らに負けるわけがないじゃない」

彼女がなんだか少し嬉しそうに見えたのは気のせいではないだろう。

僕の彼女は可愛い。
けれども、ヤンデレだ。
僕はそんな彼女を愛してやまない。

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