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『モネ連作の情景』鑑賞レポート@中之島美術館

大阪中之島美術館でモネの展覧会『モネ 連作の情景』が始まった。
“あなたはモネに包まれる”というキャッチコピーの通り、印象派を代表する画家クロード・モネの作品だけが、およそ70点集められた贅沢な展覧会だ。

去年、東京・上野の森美術館で開催されて大好評だったらしく、この長蛇の列からも期待度の高さがうかがえる。

モネと言えば『睡蓮』。倉敷の大原美術館でご覧になった方も多いだろう。250枚にも及ぶ連作だが、モネが睡蓮を描くようになったのは50代に入ってからのことである。

1840年にフランスのパリで生まれたモネは、似顔絵を描いて売れるほど絵の上手い少年だったと言う。10代のころに風景画家で“空の王者”と呼ばれたブーダンと出会い、油絵の描き方、特に光をキャンバスに取り入れる技法を学んだ。「画家モネがあるのは、ブーダンのおかげだ」とモネは後に振り返っている。

その後のモネは、王立絵画彫刻アカデミーの公式美術展「サロン」を目指す。25歳で初入選を果たし、その後も入選を重ねるのだが…
28歳のとき、渾身の大作が落選してしまう。

これが、本邦初公開の『昼食』だ。縦2mを超える大作である。
事実婚だった女性・カミーユと、笑顔でスプーンを持つ幼い我が子を描いている。手前のモネの席は空席で、折りたたまれた新聞があるため朝食の場面のようにも見える。
幸せそうな自宅での食事の様子だが、ギクシャクとした居心地の悪そうな空気も感じられる。
もう1人窓際に立っ女性がいるのだ。この女性がどういう人物かは分かっていないが、席についていないところを見ると、長居するつもりはないと言うことか。カミーユも、この女性に背を向けて息子の世話をしている。「なんだか仲悪そう!」なのだ。モネはカミーユとの結婚を家族に大反対されていた。この女性は用件だけ伝えてさっさと帰ろうとしているモネ側の親せきなのかもしれない…などと、アレコレ想像してしまう。
作者にしか分かり得ない“現実”を描こうとしたのだろうか。
当時のサロンでは宗教画が中心であり、こういった庶民の生活を主題にしたものは好まれなかったそうだ。

その後、モネとカミーユは家族の反対を押し切って結婚するのだが、数年後彼女は32歳の若さで亡くなってしまう。
モネには珍しい人物画で、彼がその後封印した「黒」を見られるということもあるが、モネとカミーユの物語の結末に思いを馳せながらじっくり鑑賞した。
 
この『昼食』がサロンに落選したことをきっかけに、モネは仲間たちとサロンとは独立した展覧会を開く。ここにモネが出品した作品のタイトルが『印象・日の出』だったことから「印象派」と呼ばれるようになった。
 
水辺の景色を好んだモネは、小屋を載せたような舟を作り、そこから景色を描いた。この『モネのアトリエ舟』の絵も描いている。
「どうだい!僕の舟だぞ!この舟に乗って絵を描いているんだ!」というモネの誇らしげな気持ちが伝わってくるようだった。

モネの作品は、遠目に見たり薄目にしたりして観ると、ものすごく細密に描かれているように感じられるが、近づくと、パレットで絵の具を混ぜることなくキャンバスの上に配置しているだけでディティールは描いていない。モネの技術と表現力によって、脳が錯覚を起こしているということが良く分かる。

近づいたり遠ざかったりしながらご覧になっている方が多かったので、皆さん前後の人とぶつかって「あ、すみません。ごめんなさい。」を連発しまくっていたが、是非そうやって鑑賞してほしい。

大阪・中之島美術館のモネの展覧会「モネ 連作の情景」は5月6日まで。

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