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制作日誌⑤:山ん太郎に注意

ここでは本作の監督がつづった制作日誌を全7回にわたって掲載します。
本作のご鑑賞と併せて、是非ご一読ください!

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球磨村には「山ん太郎」いう妖怪がいるらしい。山に潜む妖怪で他の高沢の人たちも知っていて、取材中ちょくちょく話題になった。ただの昔話として扱う割には真面目に山ん太郎の話していたのが印象に残っている。

ある日、集落の俯瞰の画を撮ろうと丘へ上がった。集落を見下ろすと高澤浩吉さん(当時54歳)がスタッフの泊まっている宿に来るのが見えた。この頃はまだ浩吉さんの撮影をしていなかったが、関係性は悪くなかった、と思う。僕は普段遠くの人を呼びかけることはないのだが、気を引きたくて「浩吉さーーん!」と叫んだ。すると浩吉さんがものすごい剣幕で捲し立てる。手の動きから察するに「こっちに来い」と言っていた。浩吉さんの元へ行くと腰には鎌が差さっている。僕は一歩後ろに下がった。

だが浩吉さんの話をよく聞くと、その日スタッフが山に行くのを見たらしく「奥に行き過ぎると山ん太郎が出てきて連れ去られる、山から出られなくなるぞ」と注意してくれた。わざわざありがとうございますと感謝すると「ハハッ」と笑って浩吉さんは帰っていった。

浩吉さんが山ん太郎をどう思っていたのか分からないが、浩吉さんの優しさが嬉しかった。だが、同時に鎌にビビった自分が恥ずかしかった。そんな事ある訳ないのに、少し非常識で少年のような言動をする浩吉さんならやりかねないと瞬時に思ってしまった。作品で高沢の人たちが知らない浩吉さんの一面を見せたいと思ったが、こんな調子じゃダメだなと落胆した。

この反省を生かして(?)、浩吉さんの撮影はかなり身を委ねて行った。方法も描き方も他にやりようはあったと思うが、浩吉さんを型にはめるような描き方はしたくなかった。この思いだけは守れたと思う。

ちなみに、山ん太郎について喜純さんに詳しく話を聞いてみた。その昔、山にいた猟師が山ん太郎の存在に気づき、猟銃で威嚇したという。鳴り響く銃声。すると山ん太郎も「バーン!」と言い逆に猟師を驚かせたという。山ん太郎は決して人に悪さをするわけでなく、いたずらが好きなだけとのこと。出来ることなら山ん太郎のいたずらを体験したかった。

仕事を終え、スタッフの宿に来た浩吉さんと。この時はスマホで天気予報を見ていた記憶があります(2014年撮影)


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