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#3-3 UX起点で考えるサービスグロース方法論(UX戦略の教科書)

前節では「顧客を深く理解すれば、良質な仮説を立案できる」という言説は間違いであり、このような言説が広く信じられていることが企業の成長を阻んでいることを示した。また、ビジネスパーソンが優れた仮説を立案できるようになるためには、「顧客そのもの」ではなく「顧客体験(UX)」を理解する必要があることを主張した。

本書の主張が正しいとするならば、我々は顧客理解・ユーザ理解に基づく方法論にサヨナラを告げて、顧客体験の理解を起点とする方法論を新たに採用する必要がある。そこで本節以降では「顧客体験の理解から、仮説を立案・発想する方法論」をより体系的に確立することを目指す。それを普及させることで、センスある天才や知識豊富な専門家でなくても、優れた仮説を立案できるようになることを志向する。

前回の記事は、これまでの常識に対する批評的な側面が強かった。しかし、今回は「ではどうするべきか」という解決策を提案する試みとなる。それゆえに万人受けするものにはならないと思うが、1つの提案として読んでもらえると嬉しい。

UXを起点としたデザイン方法論を確立するために

「顧客体験(UX)を起点とした仮説立案の方法論」を体系化するにあたり、本書が検討するべき論点・テーマは2つあると考えている。

1つ目の論点は「顧客体験の理解から、新たなコンセプト仮説を立案する方法論を明らかにできるのか」というものだ。ハロウィーン・ホラーナイトのような画期的な仮説を、顧客体験の理解からどうすれば導出できるのか、という問いである。

2つ目の論点は「顧客体験の理解から、既存サービスの改善仮説を立案する方法論を明らかにできるのか」というものだ。実際のビジネスシーンでは、ハロウィーン・ホラーナイトのような画期的な仮説が求められる場面は少ない。むしろ既存サービスの問題点を的確に把握して、その体験価値を着実に高められるような仮説が必要とされる場面の方が圧倒的に多い。USJならば「アトラクションの行列に長時間並ぶのが体力的にツライ」といった痛みを軽減するための、短期で実行可能な仮説を求められるような場面がほとんどなのである。

このように考えると「新たなコンセプト仮説を立案する方法論」と同じくらい「既存サービスの改善仮説を立案する方法論」を体系化することも重要であることが分かる。このような方法論を組織にインストールできれば、自社サービスの成長速度を飛躍的に高められるはずだ。

こういった背景から、顧客体験(UX)を起点とした方法論を体系化するために、本書では図表-1に示すような2つの論点・テーマについて検討する。

(図表-1)UXを起点としたデザイン方法論の全体像

説明の順序としては、やや変則的だが2つ目の論点から先に説明する。
もともと本連載では、こちらのテーマは扱わない予定だった。しかし、前回の記事に対する読者の皆様からの反応をうけて「顧客体験の理解を起点とした方法論を、どうすれば組織にインストールできるのか」という問いに答えることが強く求められていると考え、2つ目の論点も解説することにした。

ということで本節では「既存サービスの改善仮説を立案する方法論」を説明する。「新たなコンセプト仮説を立案する方法論」を期待されていた方には申し訳ない。次節では必ずこちらのテーマを扱うので、少しだけお待ちいただきたい。


既存サービスのUXグロース方法論(全体像)

まずは、既存サービスの改善仮説を立案する方法論の全体像を提示しよう。
業務フローとしては、図表-2に示すような4つのSTEPから構成される。

(図表-2)既存サービスのUXグロース方法論(全体像)

以降は、それぞれのSTEPについて詳細に説明していく。

STEP1:ターゲット設定
これから紹介するのは「顧客体験の理解」からペインポイントを抽出して、そこから仮説を立案する方法論である。それゆえに、さっそく顧客体験を理解するプロセスに取り掛かりたいのだが、その前に取り組むべき準備作業がある。

それがSTEP1で提示する「ターゲット設定」の作業である。なぜターゲットを事前に設定する必要があるのかというと、対象物を使用する際にターゲットが置かれている状況・文脈によって、そこで発生する顧客体験はまったく別物になるためだ。

どういうことか説明しよう。
ここでは、市役所における顧客体験を例に挙げて説明する。同じ市役所に訪れるシーンであっても、「婚姻届を提出する文脈」と「生活保護を申請する文脈」では、そこでの顧客体験は大きく異なったものになる。

婚姻届を提出する文脈で訪れる人にとって、市役所は祝福感に満ちた空間にみえる。皆が自分たちのことを祝福してくれているかのように世界は認知される。ただし「書類の不備などで、当日中に申請が受理されない」という事象が発生すると、それが深刻な痛みをもたらす可能性がある。なぜなら、結婚記念日に何らかの意味を持たせたいと考える人が多いため、当日中に受理されないと祝福感のあるムードが台無しになってしまう可能性があるためである。

その一方で、生活保護を申請する文脈で訪れる人にとっては、市役所はまったく異なる意味合いをもつ空間として認知~体験されることになる。そこに婚姻届を提出するときのような祝福感は存在しない。また、この文脈においては「申請するとき、周囲の目が気になる」という先ほどとは異なるペインポイントが強く感じられやすい傾向にある。

このように、たとえ同じ空間 / 同じサービスであったとしても、利用文脈によって「顧客が体験する認知世界」や「そこで生じるペインポイント」は大きく異なるものになる。文脈によって対象物の意味合いや利用行動の流れが変わるため、必然的にそこで生じる体験も大きく変化するのである。

ここまで「文脈」によって体験が大きく変わることを説明したが、「状況」によっても体験は変わる。たとえば同じ転入届を出す文脈でも、市役所に「1人で来ている状況」と「ベビーカーで小さな子どもを連れている状況」では、顧客体験やペインポイントは大きく異なるものになる。誰もが1度は経験があり、もっとも共感してもらいやすいのは「トイレに行くのを我慢している状況」かもしれない。外出先でトイレに行きたいのに行けない状況に置かれたとき、目の前の世界はいつもと違って見えるはずだ。日常の風景や何気ない出来事が、まったく違ったものとして体験されるはずだ。そういうことである。

ここまでの説明を視覚的に表現すると、図表-3のようになる。
同じ対象物であったとしても、顧客が置かれている状況・文脈が異なれば、そこで生じる顧客体験(UX)はまったく別物になる。UXを「顧客と対象物の境目・結節点にて発生する刹那的な現象」として捉えることが、概念関係を正しく理解するうえで重要である。

(図表-3)顧客の状況・文脈によって、対象物の体験(UX)は変化する

以上が、まず初めに「1) ターゲット設定」に取り組むべき理由である。事前にターゲットが置かれている状況・文脈を設定することで、どのような視点からの顧客体験を把握するべきかが明確になり、ペインポイントを高い解像度で抽出・発見できるようになるのだ。


ただし現状では、このようなターゲット設定の考え方は少数派である。一般的なマーケティングの教科書には、ターゲットを「状況・文脈」ではなく「属性」に基づいて設定する手法が提唱されている。このため、デモグラ属性(年齢・年収・職業など)や心理属性(価値観・信念・潜在ニーズなど)に基づいてターゲットを設定する考え方が多くのケースで採用されている。

しかし、考えてみて欲しい。
「30代のバリキャリ女性」と「60代のリタイア男性」で、市役所の顧客体験やペインポイントはそれほど大きく変わるだろうか。市役所に転入届を出す場面における顧客体験は、属性によってそれほど大きく変化するだろうか。

もっと具体的なケースで説明しよう。市役所の申請窓口に、図表-4のような空間が広がっていたとする。このとき、顧客の属性ごとに顧客体験は変化するだろうか。

(図表-4)転入届を提出する場面における顧客の認知世界

「属性が違っても、顧客体験はそれほど変わらない」のではないだろうか。
このような空間に対峙すると、30代女性も60代男性も「番号札の発行方法が分からない」という共通したペインポイントを感じることになる。そこに、年齢・性別・価値観といった属性変数はほとんど影響を及ぼさないのだ。

このような事例から読み取れるように、顧客体験は「属性」よりも「対象物を使用する際の状況・文脈」によって大きく変化する、という性質を有している。属性の違いよりも状況・文脈の違い(婚姻届 or 生活保護)の方が、そこで生じる顧客体験に与える影響は大きい。

以上が、「属性」ではなく「状況・文脈」に基づいてターゲットを設定するべきと本書が主張する理由である。ターゲットを設定するのは「顧客体験の理解を通じて、優れた仮説を立案する」という目的を達成するための手段であることを忘れてはいけない。それゆえに、顧客体験がもっとも大きく変わる軸に基づいてセグメントを切り、ターゲットを設定するのが効率的なアプローチとなるのだ。

STEP2:顧客体験の理解
ターゲットとする「顧客の状況・文脈」を設定できたら、次はいよいよ顧客体験を理解する作業に取り組むことになる。

まず、顧客体験を理解するうえでもっとも重要なことを提示しよう。それは「①ターゲット顧客から見える認知世界」と「②顧客の情動」をセットで理解することである。

先ほどの市役所の事例を思い出してほしい。ターゲットからは図表-5に提示するような認知世界が見えていて、そのとき顧客は「番号札の発行方法が分からない」という痛みを抱えていることを理解できれば、必要な仮説を立案できるのではないだろうか。

(図表-5)「ターゲットから見える映像・認知世界」と「心理・情動」

一例を挙げると、以下のような仮説を比較的容易に導出できるはずだ。

  • モニターの横にある「番号札はこちら」の張り紙が、角度的に顧客から見えにくいので、モニターの下部エリアに張り付けたらどうか

  • 張り紙が黄色だと、モニターと同系色になってしまい視認されにくくなるので、色を変えてみたらどうか

  • 番号札を発行する機器を1つ増やして、モニター前に配置してはどうか

このように「ターゲット顧客から見える認知世界」と「顧客の情動」の2つをセットで理解すれば、どのように設計を変えれば問題を解決できるかを検討しやすくなるのである。

一方で顧客体験の理解というと、多くの人は「②顧客の情動」のみを把握することに焦点をあててしまう傾向にある。すなわち、ターゲット顧客が対象物をどのような認知世界に基づいて体験しているかまでは把握せず、顧客の情動を表面的に把握するだけに留まってしまうということだ。

しかし顧客の情動のみを理解しただけでは、そこから仮説を立案することは難しい。市役所のケースでも、「番号札の発行方法が分からない」という痛みを顧客が抱えているという情報だけでは、具体的にどうすれば体験品質を高められるかを提案することは難しいのではないだろうか。ペインが発生している場面において、顧客の視点からはどのような認知世界が見えているかをセットで把握しないと、どのように設計を改善すればよいかをイメージできないのである。(図表-6)

(図表-6)「一般的な顧客体験」と「本書が提示する顧客体験」の相違点

次に、顧客体験を理解するために「我々はどのようなリサーチ手法を採用するべきか」という論点について説明したい。

顧客体験をリサーチする方法は、大きく分けると3つある。「A) インタビュー調査」「B) 行動観察調査」「C) 主観形成調査」の3つである。それぞれについて簡単に解説しておこう。

A)インタビュー調査
ターゲットに対して様々な角度から質問することで、顧客体験を調べる手法

B)行動観察調査
ターゲットが対象物を使用している場面を観察することで、顧客体験を調べる手法

C)主観形成調査
「ターゲットと同じ状況・文脈に置かれた」と仮定して分析者自身が対象物を使用し、そのとき何が見えて何を感じるのかを把握することで、顧客体験を調べる手法。フィールドリサーチ / 認知的ウォークスルーといった名称で呼ばれることもある。

これらの手法を組み合わせることになるのだが、ここで極めて重要なことがある。それは、必ず最初に「C)主観形成調査」に取り組むことだ。

顧客体験を理解するためには、まず最初に自分自身がターゲット顧客になりきって対象物を体験してみて、自らの視点からどのような映像・認知世界が広がり、どのようなペインポイントを感じるかを把握する必要がある。なぜなら「自分からみえる認知世界」を把握できていないと、「他者からみえる認知世界」を理解することはできないからである。

人間は、自分自身の身体という小さな箱から出ることはできない。自分の身体から魂だけを幽体離脱させて、他者に憑依することはできない。このため、究極的には他者の体験を理解することは不可能である。しかし、自分の視点からみえる世界を理解してからインタビューや行動観察を実施すれば、「自分からみえる世界」と「ターゲットからみえる世界」の差異・ギャップを見出すことができる。「ターゲットが体験する世界は、自分が体験する世界とココが違うのか」というように、自らの体験をベースにしてターゲットの体験を理解できるということだ。そして、この作業を繰り返していけば、両者の差分をゼロに近づけていくことができる。最終的には、自らは痛みを感じていなくても、「ターゲットからは世界がこんな風にみえるから、こういう痛みを感じている」ということを、ありありと理解できるようになる。これが「顧客体験を理解する」というプロセスの正体である。

以上を踏まえると、ターゲットの顧客体験を理解するためには、

  1. 自分自身が対象物を使用・体験して、主観形成をする

  2. インタビュー調査などを通じて、自分とターゲットの認知世界の差分を発見する作業を繰り返す

という2つの作業に、順番に取り組む必要があることが分かる。(図表-7)

(図表-7)顧客体験を理解するためのプロセス

以上が「最初に主観形成調査に取り組むべき」と主張する理由である。
主観形成を通じて得たインプットを、インタビューや行動観察を通じて磨き上げることで初めて、顧客体験を高いレベルで理解できるようになるのだ。

STEP3:ペインポイントの抽出・言語化
ここまでのプロセスを通じて顧客体験を把握することができたら、次はペインポイントを抽出・言語化する作業に取り組む。

市役所で転入届を提出する場面であれば「該当窓口への移動 → 番号札の発行 → 申請用紙への記入 → 必要書類の提出」という一連の行動フローにおける体験の流れを捉えたときに、顧客が不快感や不自由さを強く感じている瞬間をピックアップ・描写することになる。(図表-8)

(図表-8)ペインポイントの抽出・言語化プロセス

複数のペインポイントが抽出された場合は、それぞれの大きさを評価しておけると望ましい。ペインポイントの大きさは「発生頻度 × 深刻度」によって定まる。この計算ロジックに基づいて、どのペインポイントを優先的に解消するべきかを判断しやすい状態にしておけると理想的である。


ちなみに、ペインポイントを抽出・言語化する際に「顧客自身も気づいていないような潜在的なペインポイントを発見せねば」などと考える必要はない。たまに「UXリサーチでは、今まで誰も気づいてなかったようなユニークなペインポイントを発見する必要がある(それが発見できなければリサーチは失敗)」という主張と遭遇することがある。しかし、このような主張を前提としたUXリサーチは幸せの青い鳥を探すようなものとなり、極めて不毛なものになることが多い。

本プロセスでは、「顧客が不快感や不自由さを強く感じているポイント」を純粋に抽出することが重要である。その結果、既知のペインポイントばかりが抽出されたとしても全く問題はない。なぜなら、我々が目指しているのは「成果につながる仮説を立案すること」であって「未知のペインポイントを探すこと」ではないからだ。リサーチした結果、発見されたペインポイントが既知のものばかりであったとしても何も問題はない。むしろ、多くの人が気づいてはいるが解決方法が分からず、これまでずっと放置され続けてきたペインポイントが、その企業が有する技術・ケイパビリティを活用することにより解決できて、革命的な新サービスが生まれる場合もある。

STEP4:仮説の立案~実行
最後に、抽出したペインポイントそれぞれに対して仮説を立案していく。

先ほどの市役所の例のように、顧客体験を高い解像度で理解すれば「番号札を案内する張り紙の角度 / サイズ / 色を変えれば良いのでは」といった仮説を容易に導出できる場合もある。ただ一方で、ペインポイントを抽出できたとしても、そこから優れた仮説がうまく思いつかないケースもある。そこで本項では、うまく仮説が思いつかない場合の思考プロセスを提示する。

このような場合は、「ペインポイントの背景メカニズムを解明する」という作業に取り組むことが仮説立案のための近道となる。顧客体験 / ペインポイントから仮説を直接的に立案しようとするのではなく、「そのペインポイントが発生している背景には、どのような力学・メカニズムが存在するのか」を客観的な視点から解明する作業に取り組んでから、改めて仮説を検討するということだ。(図表-9)

(図表-9)ペインポイントの背景メカニズムを解明する

イメージを深めるために、具体的な事例に基づいて説明しよう。ここでは、賃貸物件のお部屋探し支援サービス(SUUMO、HOME`Sなど)を例に挙げて説明する。

お部屋探しサービスの顧客体験を調べると、「大量の物件情報を見ていくうちに、疲れてしまう」というペインポイントが存在することが分かる。Webサイト上でユーザが住みたいエリアを指定し、こだわり条件を入力すると、条件を満たす物件情報が大量に表示される。しかし、表示された物件情報を1つ1つ見ていくうちに疲れてしまうのだ。このような痛みは、お部屋探しサービスを使ったことがある人ならば、大なり小なり経験したことがあるのではないだろうか。

顧客体験とペインポイントを理解できたならば、次は「そのペインポイントが発生している背景には、どのような力学・メカニズムが存在するのか」を客観的に分析していく。今回の「大量の物件情報を見ていくうちに、疲れてしまう」というペインポイントの背景メカニズムは、たとえば以下のように捉えることができる。

このようにメカニズムを捉えると、仮説を立案できるのではないだろうか。同じ物件情報を繰り返し閲覧することが原因であると分かれば、たとえば「一度閲覧した物件情報には、既読マークがつく仕様にする」といった仮説を発想しやすくなる。(図表-10)

ここで提示したのは、数多ある背景メカニズムの1つの捉え方に過ぎない。このペインポイントの背景メカニズムは、他にも様々な捉え方ができる。
そして、メカニズムの捉え方ごとに、何らかの仮説を立案できるチャンスが眠っているのである。


以上が「既存サービスの改善仮説を立案する方法論」の説明である。

プロセス前半では「顧客の主観的な認知世界を理解する」ことが、後半では「メカニズムを客観的に解明する」ことが求められる。顧客体験を、前半は主観的に理解し、後半は客観的に分析することが重要になるということだ。


グロースサイクルを継続的に回す必要性

既存サービスの体験品質を高めるにあたっては、STEP1〜STEP4のプロセスを継続的に回していく必要がある。

市役所の例であれば「転入届を出す文脈」における顧客体験の理解を通じて仮説を立案~実行できたら、「婚姻届を出す文脈」「生活保護を申請する文脈」「幼児をベビーカーで連れている状況」のように、ターゲットとする状況・文脈の設定を変えて同様のプロセスを繰り返すということだ。

なぜこのような作業を繰り返すのかというと「プロダクト・サービスのUXとは、状況・文脈ごとのUXの集合体である」と捉えられるからである。状況・文脈ごとに対象物の顧客体験を把握し、そこで生じているペインポイントを解消する仮説を立案〜実行する取り組みを積み重ねることで、プロダクト・サービス全体のUXをグロースさせることができるのである。(図表-11)

(図表-11)状況・文脈ごとのUXの集合体 = プロダクト・サービスのUX

ここまで市役所を例に説明してきたが、対象がWebサイトやスマホアプリといったデジタルサービスになっても考え方は同じである。たとえばファッション通販サイト(ZOZOタウンなど)であれば、

  • 欲しい洋服のイメージは頭の中にあり、イメージ通りの洋服を探す文脈

  • 夏シーズンに買い足す洋服について、頭を温めたい文脈

  • デートに着ていくための洋服一式を買い揃えたい文脈

  • メルマガでみた洋服について、詳しく知りたい文脈

などの状況・文脈が存在すると想定される。これらの状況・文脈ごとに顧客体験を理解してペインポイントを抽出し、仮説を立案〜実行するプロセスを積み重ねることで、サービス全体のUXをグロースさせることができる。


「アナログな方法論」を取り入れるべき理由

ここまで読んだ皆様は、こう思われているかもしれない。
「なんてアナログで、泥臭い方法論なのだろう」と。あまりのアナログさに呆れてしまい、読むのを途中でやめた方もいるのではないだろうか。

昨今ビジネスの現場においては、データマーケティングが大流行している。「ビッグデータ × AI」を活用することで、仮説立案スキルのある人間がいなくても半自動的にUX改善が回るような仕組みが提唱されており、そのためにCDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)を整備する必要性などが訴えられている。

一方で、本書が提示する方法論は「ビッグデータ × AI」や「自動化」といった流れとは完全に逆行するものだ。人間のもつ想像力・共感力を活用して、人間の仮説立案スキルの向上を目指すものである。状況・文脈ごとに広がる顧客の認知世界を想像・共感することはAIにとって難しいため、同じようなプロセスでAIに仮説を考えさせることは難しい。本書が提示しているのは、「世界を物語として体験する」という人間の認知特性上の強みを活かした、人間ならではの方法論なのである。

では、このようなアナログな方法論を、いったいなぜ企業は取り入れる必要があるのだろうか。本節の最後に、その理由を解説しておこう。

ビッグデータ・AIを活用したアプローチはその性質上、データが大量に集まれば集まるほど精度が上がり、ビジネス成果を高める効果を発揮する。つまり、「大量のデータを収集できる企業であるほど競争優位を築きやすい」というルールが存在するということだ。このような土俵で戦うと、ベンチャーは大企業に苦戦を強いられることになり、国内の大企業はGAFAMのようなグローバル企業に大差をつけられることになる。このことはビッグデータ・AIを活用した仕組みを構築するだけでは、グローバル企業の劣化コピーを作るだけの結果に終わってしまうことを示唆している。

このような状況を打破するために、企業はどうするべきだろうか。
本書の提案は「A)ビッグデータ × AIを活用したアプローチ」と「B)顧客のペインポイント理解を起点としたアプローチ」を両輪とするグロース体制を構築するべき、というものである。人間の想像力・共感力を活かして仮説を導き出すアプローチを並列させることで、大量のデータを所有できる企業に対抗するということだ。

以上が「アナログな方法論」を企業が取り入れるべき理由である。
誤解しないで頂きたいのだが、本書は「ビッグデータ × AI」を否定している訳ではない。それ単体では競争優位を築くことが難しいため、別のコンセプトに基づくアプローチを並列させるべき、というのが本書の主張である。


まとめと次回予告

本節では「既存サービスの改善仮説を立案する方法論」を紹介した。

「顧客理解ではなく、顧客体験を理解することが重要」という新たな思考の枠組みを組織にインストールするために必要な業務フロー・ガイドブックになりえるものを作成したつもりである。

本書が提示する方法論を組織に導入する際に困っていることがあれば、気軽に声をかけてもらえるとありがたい。私が所属しているbeBitでは「UX人材の育成」や「UXグロース方法論の組織インストール」を支援するサービスも提供している。大企業からベンチャー企業まで、何か力になれることがあるかもしれない。他社の取り組み事例を紹介することもできる。

また、次節では「顧客体験の理解から、コンセプト仮説を立案する方法論」を紹介する。ハロウィーン・ホラーナイトのような画期的な仮説を、顧客体験の理解から導出する方法を明らかにすることを目指す。

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