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90年代の音楽を知らないアナタへ その24 MI TIERRA(93)/GLORIA ESTEFAN ルーツを巡る、心揺さぶる音楽物語。

ツアートレーラーの衝突事故で大負傷をおい生死の境をさまよったグロリアは、復帰後「COMING OUT OF THE DARK」(91)というゴスペル調の壮大なバラードで感動の大復活を遂げた。復帰にむけたトレーニングの日々は苦悩と苦痛、悶々とたまっていたストレスのループ。そこからようやく抜け出せた瞬間だった。

マイアミ・サウンド・マシンを従えてラテンポップというジャンルで数々のヒットを飛ばしていた80年代は、肉体的な渇望をテーマに数々の愛を語っていたが、生死の境を彷徨った彼女にとって最も大事なのは、なによりも家族や友人、ファンとの精神的な繋がりであると悟ったのだろう。バブリーなパーティミュージックは影を潜め、はやくもポップアイドルからアーティストへと変貌を遂げたようにも映っていた。人生において本当の力を滾らせるものは、物欲や肉欲ではなく心の繋がり。そのことがどれだけ自分を勇気づけてくれたか。漲るパワーの源になったか。それこそが愛であり、自分が伝えていきたいことだと確信したかのようだった。

そんな復帰から2年弱。のちに音楽人生の転機となるアルバムを完成させる。

「MI TIERRA」。全編を母国語のスペイン語で歌った渾身の1作である。グロリアは幼少の頃にキューバからのマイアミへ亡命してきたキューバ系移民であるが、そんな彼女の祖国に対する永久的で満たされない想いと、精神安堵を祖国への回帰という形で消化したのがこのアルバムだったと感じる。

ファーストシングルに選ばれたアルバムタイトル曲「MI TIERRA」は、キューバ出身の豪華なミュージシャンをバックにした堂々たる風格を纏って歌われる祖国讃歌である。ティト・プエンテやアルトウーロ・サンドヴァールなど名手たちがグロリアの想いに共鳴し、一堂に会した。これはワールドミュージックとしても異例の豪華さであり、まさしく嬉しい事件であったという。

グロリアにとっての祖国はキューバであるが、もはやパーソナルなレンジを超えて、いまこの曲は生まれ故郷を持つ全人類に捧げられた賛美歌として世界中の人々の心の中にあるといっても過言ではない。



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