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旅人の僕が実際に目にしてきたシリア難民についての一大レポート(中編)



前編からの続き。


結局その朝は列車もなんとか定刻通りに動いていました。

ブダペストからまずは3時間ほどかけて中継地点の「セゲド」という駅まで向かいます。


そして、その「セゲド」駅で目的の「ロスケ」行きに乗り換えるわけですが、ここの時点ですでに駅には警察が何人か巡回していました。

おそらく、キャンプを抜け出したりして自力でブダペストに向かおうとする難民を見つけて捕まえるためです。

否が応でも、僕の緊張感も高まってきます。

すると、ロスケ行きの列車を探す僕にも2人の警察がたどたどしい英語で話しかけてきました。

「どこから来た。何を探しているんだ。どこへ行くんだ。」

と。

僕が日本から来た事とロスケ行きの列車を探している事を正直に告げると、2人はしばらく話し合ったあと、

「ここからロスケ行きの列車なんて出ていない」

と言いました。

いや、そんなはずはありません。

一昨日から色々調べて、ここから一日数本だけだけど、ロスケ行きの列車が出ていることは分かってるんです。

というか、そもそも僕はブダペストの駅で「セゲド経由ロスケ行き」の切符を買ったんだから。


というわけで僕はそのまま警察から離れ、何人かの駅員に聞いてようやく列車を見つけたんですが、それは外れに佇む見事な一両列車でした。

こういう列車なので、警察が本当にその存在を知らなかったのか、何か他に意図があったのかはよく分かりません。 


そして、このロスケ行きの列車に乗客は僕一人でした。

やはり報道陣は車で向かうんでしょうし、観光客が来る場所ではないんでしょう。

ともかく、僕だけを乗せた一両列車はその後15分ほどで、朝8時半頃ついに国境沿いの小さな村「ロスケ」に到着したのです。

ただ、窓の外を眺めていると、ロスケに向かうにつれて景色がどんどん靄がかっていったのが少し不気味でした。


駅に着き列車を降りると一面靄の中さっきの何倍もの警察が小さな駅を巡回しており、一斉に僕に不審な目が向けられます。

駅のベンチには、この駅で拘束されてしまったんであろう一家族が警官に見守られて深刻な面持ちで座っています。

僕は少し身震いしました。

僕はついに、本当にそういう現実の世界に足を踏み入れてしまったんです。
いや、自分の意志で、自らはっきりと足を踏み入れたんです。

ここからは、もう何が起きても覚悟しなきゃ。


とにかく、ここで警察に質問されたり質問したりするのは得策ではないと考えた僕は、警察の目を無視してそのまま脇目もふらず駅から抜け出しました。

彼らはいぶかしげな表情はすれども、特に僕を追ってくる様子はありません。

駅を出ると、そこは人気の無いただの森でした。

さあ、僕はここから一体どこへ向かったらいいんでしょう。

用意していた地図を見てみると、ここから数キロ先の国境地帯へ向かうにはいくつか道のりがあったんですが、そもそも国境地帯のどのポイントに行ったらいいのかが分かりません。

よく分からないままも、とりあえず僕はロスケの村の中を通ってたどり着く国境ポイントに行くことにし、一旦村に向かいました。

朝のロスケの村は靄に包まれ、ほとんど人が歩いていませんでした。


時折すれ違う村の人も、やはり僕を不審な目で見つめてきます。

それは仕方ないかもしれません。
今は状況が状況だし、そもそも普段僕みたいなアジア人が来るような場所ではないでしょうから。


そしてそれから20分ほど村の中を歩いていた時、道路の向こうの方から明らかにハンガリー人ではない数人のグループが荷物を背負ってこちらに歩いてくるのが見えました。

難民の人たちです。

僕の心臓が脈打ちます。


でも、彼らは一体どうやって国境を越えてきたんでしょうか。
そして、なぜ村の中には警察がいなくて、彼らが自由に歩けているんでしょうか。

まだ実際に国境を見ておらず、周辺の事情を把握していない僕にはよく理解できません。

そしてなにより、僕は彼らにどんな顔をして、なんて声をかけたらいいんでしょうか。


そんなことを考えているうちに、あっというまに僕らの距離は縮まり、ついに彼らと近くで対面した時に、とても驚くことが起きました。

僕からではなくて、なんと彼らの方から僕に声をかけてくれたんです。

「Hello !!」

って。

満面の笑顔で。

そして続けざまに

「How are you ?」

と。


突然のことに僕はただ反射的に

「I'm good, thank you. And you ?」

と返すのが精一杯でした。

すると、また

「We are fine ! Thank you !!」

と満面の笑顔で。


そして彼らはそのまま通り過ぎて行ったんですが、これは僕がここに来るまでにある程度想像して警戒していた状況とはまるっきり違うもので、僕の頭はとても混乱しました。

なんなんだろう、この日常的で明るい空気は!

ネットやテレビのニュースで見る彼らは決まって衝突や混乱中で、みな悲しみの顔、怒りの顔、憔悴の顔をしていました。

それが、命からがら気の遠くなる苦難を乗り越えて、今ようやくハンガリーに入国してきた現実の彼らは、あんなにも軽快な笑顔だったんです。

しかも、彼からしたら何者か分からないはずのこんな不審なアジア人に対してさえ、あちらから挨拶を。
しかも、ちゃんと英語で。

うーん、一体何が本当なんだろう。

とにかく、一つだけ言えるのは、やっぱり彼らにとってヨーロッパの始まりであるハンガリーに入国できたということは、それほどまでに大きな一歩だということなんでしょう。


そして、さらにしばらく歩くと、歩道で座って休んでいる難民のグループがいたので、今度は思い切って僕から話しかけてみたんですが、やはり彼らも終始笑顔で会話を交わしてくれて(今回も全て英語)、なんと写真撮影にも気軽に応答してくれました。


この時、僕も緊張していたのでさすがにそこまで深い話はできませんでしたが、とにかく彼らはやはりシリア人で、今国境を越えてきて、バスか電車の駅を探しているとのこと。

電車の駅なら分かるので、僕は今来た道を教えてあげようと思ったんですが、あそこには警察が何人もいます。

そして「駅は警察がいるけど大丈夫か?」と聞くと、「それは良くない」と。

あくまでも想像ですが、ここで僕は思いました。

さっきの彼らも今の彼らも、もしかして難民キャンプに連れて行かれるのをどうにか避けて、この村の中に迂回してきたのではないか、って。

そして、「それなら次の大きい町はどこだ」と聞かれたので、僕は自分の地図を見せて、さっき列車を乗り換えた町「セゲド」を指差しました。

「ここから歩いてどのくらいかかる?」

「うーん、12、3Kmはあるから、2、3時間はかかると思う。」

「全く問題ない。」

「でもやっぱり駅には警察がいるよ。」

「分かった、気をつける。ありがとう。」


話している間、僕はとても慎重で、かつ奇妙な気持ちでした。

だって、今僕が答える一言一言で、もしかしたら今後の彼らの人生が変わってしまうかもしれない。

ただの野次馬ではない。
僕は今まさにこの問題の当事者になっているのです。

実は、ここにやって来るまで僕は、なるべく難民側と政府側のどちらにも深く肩入れするのはやめておこうと心に決めていました。

それをすると、きっと見えるはずの現実も見えなくなってしまうだろうし、僕は別に今回なんらかの正義を振りかざしてここにやってこようとしたわけではないから。

そして、やはり受け入れ側の国や政府にもそれぞれ事情があって、一概に何が悪だとは言い難いということも分かっていたので。

だからこそ難しい問題なんだけど、ただ一つだけ、

本当に自分たちの命を守るためにどうにか逃げ延びてきた難民の人々には、人間として何の罪も無いということだけは僕の中で揺るがない事実でした。

そして今、そこまで大きくはなくても、僕は実際に難民の彼らに肩入れするような行動をしているわけです。

やっぱり、いくら中立でいようと装っていても、実際に彼らに触れてしまうと、僕ははっきりと自分の奥の正直な気持ちに気付くことになりました。

もちろん、それでも忘れちゃいけないことはたくさんあるけど。


そして、彼らは本当にセゲドに向かって歩き始めました。
僕に「さようなら!ありがとう!」と手を振って。


見てください。この厳しい現状の中での彼らのこの笑顔を。

僕はカメラのファインダーを覗きながら、なんだか涙が止まらなくなって、泣きながら何度もシャッターを切っていました。

やっぱり、こういう顔を見て何も感じない人間には僕はなれません。


そして、僕も何か声をかけようと思ってふいに出てきた言葉が

「グッドラック!」

でした。

とても大きな声で。


グッドラック。

それぞれに色んな事情があるでしょう。まだまだ色んな問題が出てくるでしょう。

だからこそ、今僕が彼らにかけられる言葉は本当にそれに尽きると思いました。

そして、どうか無事で。


この後も、数は多くありませんが何組かの難民グループとすれ違って、それぞれ挨拶や会話を交わしましたが、やはりみんな一様に僕に笑顔を向けてくれました。


笑顔ではないけど、難民の女の子。


そしてさらに歩いて、難民とすれ違うこともなくなってきた頃、ついに国境が近づき、僕が行く道の奥に一台のジープと2人の兵隊の姿が見えました。

そう、国境問題においてもう警察だけでは対処しきれなくなったハンガリー政府は、ついに軍隊を派遣し始めたのです。

ライフルらしきものを持つ兵士に一瞬ひるみましたが、ここで道を引き返すのもかえって彼らに怪しまれそうなので、僕はもう覚悟を決めて堂々と奥に進みました。

それは

「僕は犯罪を犯しているわけじゃないんだから、コソコソする必要はない」

という開き直りの覚悟と、

「ああ、でも軍隊までいるということは、ここまで来ても、やっぱり一般の観光客が今国境に近づくのは無理だったんだな」

という諦めの覚悟です。


そしてついに兵隊の目の前に到着。

兵隊はライフルを手にすぐに僕の前に立ちはだかり、僕の身なりを上から下まで目視した後、「どこからやって来たのか」と厳しい口調で尋ねてきます。

ただ、これはもう駄目だなと開き直りはじめている僕がしっかりと目を見て「日本です」とだけ答えると、彼らはそれ以上僕に質問することもなく、無線でどこかに連絡し始めました。

ん?何だろう。
これは、何か大きな問題になってしまうのかな。

よく分からないけど、とても緊張の時間です。

でも、数分後、通信が終わった彼らが僕に言った言葉はとても驚きのものでした。


「よし、通っていいぞ。ここから西側に向かって国境フェンス沿いに1Kmほど歩けばそこがポイントだ。」


え!?

なんと、訳も分からないまま、あれよという間に、ただのいち旅人である僕に渦中の国境ポイントまで行く許可が下りてしまったんです!!

おそらくですけど、この時僕は首と肩から2台の一眼カメラ(オリンパス)をぶら下げていたんで、彼らは僕のことをフリーのカメラマンかジャーナリストだと勘違いしたんじゃないかと思います。
特にパスポートも証明書も何も見せていませんけど。

とにかく、軍隊から許可も下り、場所も分かった僕は、ようやく本当に目的の地へ向かうことができたのです。


まず、これが最近ハンガリー政府が難民流入を阻止するためにセルビアとの国境に設置した有刺鉄線付きの高さ4mのフェンスです。全長は175kmにも及びます。


そして僕がポイントに向かって歩いている時、軍隊や警察の隙を見計らって、フェンスの向こう、つまりセルビア側から、難民たちが僕をフェンスの近くまで呼び寄せました。

僕が近づくと、とても深刻な表情で「どこか、フェンスに抜け道はないか?」と。


でも、僕もまだようやく国境にたどり着いたばっかりで何も分からないので、それを正直に彼らに伝えていると、離れた場所にいた警察が僕らの動きに気付き、僕に今すぐフェンスから離れるよう警告してきました。

僕が警告に従ってフェンスから離れると、彼らも仕方なさそうに僕と同じ方向に歩き出したんですが、

ただ、今話したフェンスの向こうの彼らは、先ほど村の中で出会った難民たちとは違って、僕も怖じ気付いてしまうぐらい、とても鬼気迫る表情をしていました。

やはり、この国境を無事に越えることは彼らにとって本当に大事な局面なんでしょう。


この後、僕はさっき言われた通り、フェンス沿いをひたすら西へ歩いてたんですが、ようやく先の方に人の群れが見えてきました。

おそらくあの群れは、各国の報道陣です。

さらに、その人が集まっている部分は、なぜか20mほどだけフェンスが途切れているようなんですが、近づくと分かりました。

そこにはハンガリーとセルビアを結ぶ線路が通っていて、その周辺だけフェンスがまだ設置されていないんです。

そして、他の日は分かりませんが、この日は、たくさんの難民の人々がその線路の上をセルビア側から歩いて、国境を渡っていきました。

なるほど、ポイントというのはこの線路のことだったんです。

でも、ここには軍隊も警察もそこまで多くなく数人だけで、彼らも大量の難民たちが次々と国境を越えて行くのをただ見守っているだけでした。

衝突や混乱などは皆無です。


さて、突然ですが、ここからはその線路を歩いてハンガリーに入国する難民の人々の写真をドドドっとアップして今回は一旦終わらせてもらいます。
続きは、また次回。

そして今からは同じような写真をかなり大量にアップすることになるかもしれませんが、いつもと違って、今回の写真は今見てもらってこそ意味があると思うので、最後にそれだけはどうかお付き合いください。

僕が言うのもなんですが、ネットニュースなどで使われている写真は、どれも深刻な状況だけ大きく伝えようとする、ほとんどが暗くて怖い、現実の一部分だけを意図的に切り取った写真です。

もちろん、それも現実の写真で間違いないんでしょうが、そういうのはネットニュースでまたまだ見れると思うので、僕はなるべく、何のマスメディアにも所属してないいち個人だからこそ伝えられる明るい写真もたくさん載せたいです。

これもこの日僕がこの目で見たリアルな現実だから。

彼らにとって、ハンガリー入国はそれほど嬉しいことだったんです。
(今はまた状況はどんどん変わってきていますが…)


では、最後に連続して写真のアップを始めます。


セルビアから線路を歩いてハンガリーに入国する難民たち。





国境警備にあたるハンガリー兵士。




↑大好きな写真。








セルビアから線路を歩いてハンガリーに入国しようとするも、ハンガリー兵士の存在に気付き、一瞬立ち尽くす難民男性。


それでも、無事入国できて、喜び崩れる男性。



↑これが一番好きな写真。
希望があふれてる。




国境警備中、タバコで一服する女性ハンガリー兵士と、立小便する男性兵士。



「WELCOME REFUGEES(難民の方々を歓迎します)」という手作りのプレートを掲げるボランティア男性と、
無事にハンガリーに入国後、たまらずその彼に感謝のハグをする難民男性。








これは相当珍しく、貴重なワンシーン。
ハンガリー兵士が突然、難民親子にミネラルウォーターの差し入れ。






どうか、無事で。



後編につづく…。

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