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「秋懐バターサンド」─バーテンダーの視(め)

 タイトルにバターやサンドとあるので僕が子供の頃から愛して止まないピーナッツバターサンドの話を期待していた方には本当に申し訳ない。まぁそんな人は1人もいないと思うのだけれど、今回は全く関係のない話なので一応断っておく。

 高校時代は帰宅部で毎日のようにピーナッツバターサンドを食べて生活していたおかげでプクプクと太っていったとか、音響屋の仕事をしている時にハマっていた"glee"という海外ドラマで「それじゃあ私とPB&Jをはんぶんこする?」などと想い人をランチに誘うだけなのにアメリカ人はなんて粋なのだろうと思ったのだとか、そんなエピソードだけでは原稿用紙にしたら1枚分にも満たないので書きたくても書けないのである。

 最初から大きく脱線してしまったが(というより本題に触れてすらいない)、今回は"梨"の話をしたく筆を取った次第だ。

 常に日本での人気フルーツランキングで上位に入っている和梨は、海外では"ジャパニーズペアー"の他に"サンドペアー(ここでは砂の意)"と呼ばれる事がある。対して洋梨はその舌触りから"バターペアー"と呼ばれているとの事。随分と偏った表現をされてしまったモノだが、確かにあの和梨の食感は他のフルーツに似たものがなく形容するのが難しい。

 それにビストロなどで時節出される洋梨のコンポートのように和梨を煮たとしても、バターようなトロける食感にはならない気がする。やはりというか和梨ちゃんは皮を剥いてそのままを味わうのが良い。

 ではこの個性的なフルーツをミクソロジーカクテルにする場合はどうだろう。

 BARではドライシェリーやラム酒と合わせるのが定番で、あれば日本酒とも相性は抜群。さながら"すりながし"を連想させるカクテルは、『和梨のバンブー』などと名付けられる事が多い。

 一昔前に、知人が参加したとあるカクテルパーティーでニューヨークや北欧から招かれたバーテンダーさん達に「日本の梨を使ってそれぞれカクテルを作って欲しい」とお願いしたご婦人がいたそうだ。結果はどれもぼやけた完成度で、

「子供の頃から食べていればこんな仕上がりにはならなかった。」

「とても悔しいのでまた日本へ来たらぜひ挑戦したい。」

 と、口々に言っていたそう。近年ではアメリカやヨーロッパ諸国へ和梨は安定して輸出できるようになったと聞いたので、今頃は世界中の悔しい思いをしたミクソロジスト達が躍起になって練習しているのかしらと想像したら妙に嬉しくなる。

「あ、ここの店のも入ってる!私これ苦手なんですよ。」

 毎年7月に横浜で行われるカクテルコンペティションの応援へ出向く際には、決まって中華街でランチを取る事にしていた。

「酢豚に梨ってどうなんでしょ。パイナップルの時もあるし、サクランボも見た事あるんですよ。」

 呆れた様子で同行者はそれらをヒョイヒョイと別の小皿へ移している。日本人が美味しいと感じるメインディッシュの基準としてお米に合うか否かは最も重要な要素であり、それ故にこういった加熱されたフルーツ達はどうにも敬遠されがちだ。それを見た僕が、

「一緒に調理すると肉が柔らかくなるとか消化を助けるとかは後付けらしいですよ。実は中国人が欧米人をおもてなしするために当時はまだ貴重だったフルーツを料理に入れ始めたんだとか。だからこれは高級店の証ですよ。」

 と、うんちくを披露すると人の皿にだけ多めに甘ぁい彼女らを取り分けてくださるので、僕もせっせと別の小皿に移す作業に入るのだ(悪いので1かけくらいはいつも口にする事にしている。)。

 和梨ちゃん、集団疎開である。


『和梨のバンブー』

・ティオぺぺ(ドライシェリー) 40ml
・和梨  1/3~4カット
・フルーツシュガー(甘さが足りない場合)
・レモンジュース 1tsp

材料をバーブレンダーにかけた後、ボストンシェイカーでシェイクし大きめのカクテルグラスへ注ぐ。

『バーテンダーの視(め)』はお酒や料理を題材にバーテンダーとして生きる自分の価値観を記したく連載を開始しました。 書籍化を目標にエッセイを書き続けていきますのでよろしくお願いします。