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「究極のペペロンチーノ」─バーテンダーの視(め)

 ”まかない”といえば飲食業には昔からある文化だが、だんだんとそれも見なくなってきて久しい。

 従食といった形でメニューにあるモノをスタッフが空いた時間に食べることはあっても、新人シェフが腕を磨く意味も込めて全員分の食事を自ら考え、仕込み、調理するというのは随分と時代錯誤なのかもしれない。食材の豊富なホテルのリストランテなどではまだその名残りはあるのだと聞く。

 ビストロに勤め始めた頃に、最初に教えてもらったのはベシャメルソース(所謂ホワイトソース)とピザ生地(パイ生地)の練り方、そしてパスタの王道『アーリオオーリオ・ペペロンチーノ』の作り方だった。もちろんビストロのメニューにはピザやパスタなどないので、ベシャメル以外は完全にまかない用の食材だったのだと記憶している。

「オイルパスタは何度食べても飽きが来ないし、料理の基礎が学べるから毎日作れ」とシェフに言われてからやってみるのだが、これだと思った調味で休憩室のスタッフに配ってみると、

「塩辛くて食べられない……」

「最初の一口だけは美味しい」

 と有難いお言葉をいただく日々。これが田舎の濃い味に慣れた自分の舌を矯正するには最適な勉強方法だった。

 かたやベシャメルソース方はといえば、これはなかなかの上達ぶりで何度か焦がしすぎた事はあったものの”余った野菜と期限が過ぎたチーズのグラタン”は今でも僕の得意料理である。まぁ、こちらはほとんど塩を振らないため根本的な解決にはなっていないのですけれどね……。

 そこから3年後BARに転職し、初めて先輩バーテンダー達に振舞ったまかないもペペロンチーノ。何度練習したか分からないくらいやってきたので自信満々に皿を出してみれば、その最初の感想は意外なものであった。

「味が薄くて酒が進まないな」

 そのマネージャーの一言を皮切りに皆口々に酷評を述べる。いい具合に僕の鼻っ柱が折られたところでそこからは俺のパスタが1番美味いと始まり、次々にテーブルには先輩方のパスタが並ぶのだった。この”俺の○○が1番美味い”大会はまかないの他、カクテル練習の時でも始まるので本当にキリがない。

 この職人の腕の見せ合いは切磋琢磨といえば聞こえは良いが、あまり誇れるモノではない気がする。一時期は自分も口癖になっていて後輩さんには嫌な顔をされた事もあるので、今はなるべく自粛している。

 色々なお店で外食をするにつれ、だんだんとレストランとバーの求める味の違いが解るようになってくると、

「ていくさんのペペロンチーノ、食べてみたい」

「メニューにはないアレ。今日は出せる?」

 と、たびたびカウンターのお客様へ提供される事も増えてきた。何年か出し続けた後に”バーテンダーが作るオイルパスタ”の形が自分の中で固まってきたのでここで少し語っておきたい。

 まず、事前に剥いたニンニクをピュアオリーブオイルで焦がさないように柔らかくなるまで加熱し、醤油と味醂、シェリー酒(なければ日本酒)で漬け込んでおく。このまま食べても美味しい、漬けニンニクだ。オイルは冷ました後に保存容器に移しておく。これがガーリックオイルで調理の時短になる。

 塩を入れた鍋でパスタを茹でながら、大匙2杯ほどのガーリックオイルを敷いたフライパンに鷹の爪を2、3本分。種を抜いて放り込み、漬けニンニクも2つほど潰し入れる。荒いブラックペッパーを少々加えて加熱し、鷹の爪に色が入るくらいでパスタ湯をレードル(お玉)で半杯ほど入れる。これでもう焦げる事はなく、塩気も入る。茹であがったパスタの周りがトロリとする程度まで水気を飛ばしたら盛り付ける。

 仕上げにフレッシュのイタリアンパセリとセミドライトマト(市販の物でもいいし、なくてもいい)をパスタに乗せたら軽くエクストラヴァージンのオリーブオイルを垂らして、これで完成。

 特徴としては、”少しだけ塩気が強いが麺の量が少なく、口が疲れたらパセリとトマトで休憩できる”ところで、おつまみパスタと云ったところか。

「ペペロンチーノにアーリオオーリオ以外を使うなんてけしからん!!」

 と言うオーセンティックな方々には伝わらないBARの味。ぜひお試しを。

『バーテンダーの視(め)』はお酒や料理を題材にバーテンダーとして生きる自分の価値観を記したく連載を開始しました。 書籍化を目標にエッセイを書き続けていきますのでよろしくお願いします。