目醒めー記憶喪失、歩行不能、嚥下障害を経て/SLE(全身性エリテマトーデス)という難病とともに生きる(30)

<2018年3月>

 待ちに待ったリハビリが、本格的に始まった。これまでソーシャルワーカーとの面談、主治医の初診とあった二度の通所では殆ど何の進展もなかったが、いよいよ本当のリハビリのステージに入ったのだ。

 まず最初に受けたのは心理の検査だった。心理と言っても、TVや映画で観たり、心理テストでイメージする様な性格行動パターンを探る様なものではない。脳に損傷を受けている場合、理解力、判断力、記憶力、注意力、集中力などの低下が起こる事があるため、知的な刺激を与えて、それに対する反応を評価するのだそうだ。

 その検査を全て終えるには、何と3時間程もかかった。内容は、簡単な計算から一般教養、最初に見た絵と次に見た絵の違いを答えるなどのものまで、私の能力、脳力全般を確かめる濃密な試験だった。この時は既に、かなりドリルも進めていた状態だったので、簡単な暗算程度ならそれなりに出来たのだが、中には、仏教用語や日常使う事はまず間違いなく無い熟語、文明の利器等を発明してきた偉人の名前などの問題もあった。それこそ、正直、健康なままでも難しいと感じたであろうその内容は、あたかも入試や就職試験の様であった。そこまで非現実的にしてしまっては、脳が正常か問題があるかの違いは、単に点数で決められてしまう様に思えるが、この検査の本来の目的はそこではなかったのだろう。

 意地でも自分が以前と変わらないという事を証明する為に、極限まで集中して取り組み、私はそれなりにまともな大人として認められる程度には答えられたと感じた。そして、当然”異常なし”の太鼓判を押してもらえると思っていた。終了後に家族や友人に聞いてみても同じ様な出来栄えだったからだ。

 この時に感じた最大の苦労は、再燃前の記憶や感覚が薄れている事で、自分の中の物差しが完全に消失してしまっていて、取り組んだ課題の全てが、自分が病気をしたせいで難しいと感じるのか、逆に誰にも同じ様に難しく感じる内容なのか、全く判別が出来ない事だった。それこそ初めて行った異国で、道順が正しいか分からないまま、感覚を頼りに不安なまま進む様なもので、この試練の3時間は、ものすごく苦痛なものだった。

 ともかく何とか課題をこなし、2時間ほど間を挟んで眼科の検査も受けた。遠くまでリハビリに来るのだからと、診察をなるべく同じ日にまとめる様にした為だ。眼科では、ごく普通の診察を受けたのだが、ここで眼圧がかなり高いとの事で、緑内障の検査を受ける様に薦められた。SLEの治療に欠かせないステロイドと緑内障の関連性があるからだ。

SLEの治療に用いられるステロイド薬を長期にわたり使用している場合は、眼の水晶体が白く濁って視力が低下する「白内障」や、視神経が障害され視野が狭くなる「緑内障」といった眼の病気を合併しやすくなります。また、SLEの治療に用いられる免疫調整薬を長期投与している場合、まれに「網膜症」が起こることがあります。

出展:sle.jp / 全身性エリテマトーデス(SLE)はどんな病気? - 起こりやすい合併症

 この時の薦めで、私は病院を変えた事をきっかけに中断していた眼科の受診を再開し、4か月に一度受けているが、今のところ緑内障にはなっておらず、疲れ目や充血があるぐらいで済んでいる。

 それから1週間後、2度目の心理の検査、作業療法のリハビリをまた立て続けに受けた。同じ様にそれぞれ3時間コースだ。心理の検査では大体同じ様な事を行ったが、その次の作業療法では、また新たに様々な課題が出された。指定の文字が、画面に出て来た時にボタンを押すなどの動作を延々と繰り返し、これもかなり注意力と集中力を問われるものだった。

「3・8・4・7・2・6・1・9・5」

「5・9・1・6・・・・」

 そして、最も印象に残った課題、それは1〜9までの数字をランダムに口頭で言われて、それを逆から正しく復唱する、そんな作業だった。徐々に桁数を増やしながら行なっていき、最終的に私は、9桁の問題をすべて逆から正しく復唱することが出来た。

「初めて見ました」

 この時、作業療法士の方が、今まで沢山の患者を見てきたが、9桁を正しく回答出来た人は初めてだと言ってくれた。

 私は、私のこれまでの人生で学び、努力してきた成果を証明し、この時、全くの第三者に客観的に評価してもらえた事に、安堵感とともに大いなる自信を得た。

 プライドを持って臨んだこの重大かつ困難なタスクを無事に成功させた私は、これで、私が健全である事を晴れて認めて貰えるだろうと、心の中でガッツポーズをしながら、母の運転する車で帰路についたのだった。

〜次章〜想定外


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