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静かに余生を過ごす? 残りの時間を楽しむ? そんなことできないし、やるつもりもない(『僕は、死なない。』第12話)

全身末期がんから生還してわかった
人生に奇跡を起こすサレンダーの法則


僕は、死なない。POP

12 情報を集めろ


 10月3日、セカンドオピニオンの結果を報告するために掛川医師に会った。掛川医師はがん研有明病院と帯津三敬病院からの返事に目を通すと言った。

「で、刀根さんはどうしますか? 当院で治療を続けられますか?」

「もう少し考えさせてください。あといくつか病院を回りたいのですが、また診療情報提供書を書いていただくことはできますか?」

「かしこまりました」掛川医師はいやな顔もせず、うなずいた。

「2通、お願いします」 

 今度は代替医療を行なっているクリニックに行くつもりだった。その一つの候補は、僕が今の食事の参考にしている本を書いたドクターが診ている病院で、彼はたくさん書籍を書いている有名なドクターだった。そのドクターのいるクリニックにかかるには診療情報提供書が必要、とホームページに書いてあった。

「えー、刀根さんは千葉県にお住まいですよね」

「はい、そうですが」

「もしよろしければ、がんセンターの柏病院をご紹介することもできますよ。ここよりは柏のほうが近いでしょう?」眉間にシワを寄せたまま、掛川医師は言った。

「ありがとうございます。そうなったときに考えてみます」

 掛川医師はきっと誠実でいい人なんだろうな、僕はそう思った。彼が醸し出している無力感のようなオーラは、彼の誠実さの裏返しのように感じた。誠実な人だからこそ患者を助けようと一生懸命に努力を繰り返したが、全て跳ね返された。がんに勝つことはできない。学習された無力感。彼の無言のオーラはそう語っているように、僕には感じられた。

「次回の予約は僕のほうから連絡させていただきます」僕は言った。

「はい、かしこまりました。納得のいくまでお調べください。ただし、なるべく早く治療は始めたほうがいいと思います」掛川医師は渋い顔をしながらも、うなずいた。

 とにかく情報だ。代替医療のクリニックを回って情報を集めるんだ。

 僕は本を書いた医師や生還者の体験談に出てくるクリニックにアポイントをとりまくり、たくさんのドクターたちに会いに行った。

「コロイドヨード」という特殊な薬剤を使っているクリニックのドクターは医師というより天才科学者みたいな感じで、気さくで親切に話を聞いてくれ、自分の治療を説明してくれた。

「やってみなければわからないけど、もし効くとしたら、3カ月くらいかな?」

「3カ月って?」

「うん、あなたのがんならそのくらいで消えるよ」

「本当ですか!」

 もしそうなら年明けにはがんが消えていることになる。

「検討します!」僕はクリニックから興奮気味に出た。「これはいけるかも!」と期待はふくらんだ。帰りに喫茶店で同行した姉に意見を聞いてみた。

「どうかな、僕は、いけると思うんだけど!」

 彼女は渋い顔で言った。

「うーん、効く人には効くと思うけど、あなたには効かないと思う」

 がーん!

 姉は医療関係者じゃないし、ましてやがん治療の専門家でもない。でも、子どもの頃から妙にカンが鋭く、肝心なときにその直感が外れたことはほとんどなかった。

「うむむ……」これは姉の言うことを受け入れよう。がっかりだ。

「オーソモレキュラー」という栄養療法でがん治療をしているクリニックのドクターには、掛川医師が書いてくれた診療情報提供書を持っていき、書類を読んでもらってから話を聞いた。

 ドクターは医師というより、やり手のビジネスマンといった雰囲気の人だった。

「がん細胞の栄養源は、唯一ブドウ糖なのです。だから、ブドウ糖を身体に入れない。これ、単純なことなのですよ」

 ドクターは大学の講義のように理路整然と解説を始めた。

「食べ物は身体の中で様々な栄養素に分解されます。だから身体の中でブドウ糖に変換されるものを極力減らしていくのです」

「砂糖を摂らないということですか?」

「ええ、もちろん砂糖は厳禁です。他にも糖質の食べ物、お米とか小麦粉、パンや麺類とかも摂りません」

「玄米もですか?」自分が毎日食べている酵素玄米を思い出した。

「ええ、そうです。玄米も糖質ですからね。他にもりんごやバナナ、にんじんも糖質が高いので、一切摂りません。あ、イモ類もです」

「じゃあ、食べるものがなくなっちゃいます」

「代わりにお肉を食べるのです。動物性のたんぱく質を摂ることで、栄養を摂るんですよ」

「お肉、ですか? いや、でも、どんながんの食事の本でも肉は止めろって書いてあるんですが」

「考え方が違うんですよ。それは古いですね。これからはこちらの考え方が主流になると思いますよ」

「うむむ……」

「刀根さんはボクシングをやられていたのですよね」

「ええ、まあ」

「じゃあ、全然楽ですよ。ボクサーの食事よりこっちの食事法のほうが全然楽だと思います」

「そうなんですか……でも、ゲルソン療法がありますよね。あれって結構実績がありますが、それはどう考えたらいいのですか?」

 ゲルソン療法とは、マックス・ゲルソンというドイツ人の医者が考え出した野菜と果物中心の食事療法で、ヨーロッパやアメリカを始め、かなりの歴史と実績を誇っていて、どの食事療法もゲルソンの考え方がベースとなっていた。もちろん肉食は厳禁だった。

「ゲルソン療法は野菜中心なので普段の食生活に比べてかなりの低糖になります。肉を食べるとか食べないとかそういったことではなく、全体に糖質が制限されるのでがんに効果があるんだと思います。ゲルソン療法をもっと科学的に効率よくしたものが栄養療法だと思ってください」

「そうなんですか……」

「それと当院では食事指導と高濃度ビタミンC点滴を併用して行なっています。ビタミンCはその組成が糖と似ているため、がん細胞が糖と間違って細胞内に取り込むのです。するとビタミンCが酸化をして過酸化水素を発生し、がん細胞が破壊されていくのです。ですから栄養療法でがん細胞を飢餓状態にして、ビタミンCを吸収しやすい状態にするのです」

「なるほど……」理にかなっている。

「今日、血液検査をしていきますか?」ドクターが聞いた。血液検査をするということは、このクリニックで治療を開始することだった。

「ありがとうございます。今日のところはちょっと考えさせてください」僕はそう挨拶をすると、クリニックを後にした。今まで信じてやってきた食事法の全く正反対の理論だった。いったい何を信じたらいいんだろう?

 次は温熱療法のクリニックを訪ねた。お湯の入った特殊なカプセルに入り、体内の深部温度を測りながら身体に負担をかけないように体温を上げていく。身体を温めることでヒートショックプロテインという特殊なたんぱく質を血液中に作り出す。このヒートショックプロテインが免疫力を引き上げ、がん細胞をやっつけるのだ。

 ドクターは温熱療法の仕組みと事例をじっくりと説明してくれた。このクリニックでは血液検査もやっていて、腫瘍マーカーの測定もできるらしい。また栄養療法のクリニックで聞いた高濃度ビタミンC点滴も温熱療法と併用しているとのこと。体温を上げ、血行がよくなった状態で高濃度ビタミンC点滴を行なうと、より効率的にがん細胞を破壊することができるのだそうだ。うむ、これも捨てがたい……。

 僕が億万長者だったら訪ねたクリニックの治療を全部並行してやりたかったが、そうもいかなかった。お金には限りがあるし、ステージ4という状態では持ち時間にも限りがあった。どれかに決めなければならない。

 掛川医師に書いてもらったもう1通の診療情報提供書を持参し、食事療法で有名なドクターがいるクリニックに行くと、あいにくお休みの日だったので、郵便ポストに手紙を添えて投函し、後日電話をかけた。

「先日ポストに診療情報提供書を投函した刀根と申しますが……」少し心配しながら話し出すと、すぐさま「ああ、ちゃんと受け取っていますよ、ご安心ください。私は当院の看護師です」と親切な女性の声が返って来た。

「書類はドクターにお渡ししてあります。その前に、別の担当医師からご連絡が入ると思います。当院の決まりでして、診察の前にペット検査を受けていただくことになります」

「ペット検査ですか……」

「はい、当院では4カ月ごとにペット検査を受けていただくことで、経過観察を行なう仕組みになっているんです」

 前回、大学病院でもペット検査は受けていた。ペット検査とは、放射能を被爆させた特殊な糖を身体に点滴で注入する。するとがん細胞は糖が大好物だから糖を体内に取り込む。タイミングを見計らってCTで全身を撮影すると、放射能に被爆した糖質を取り込んだがん細胞が淡く緑色に光って見えるのだ。

 検査が終わったとき、担当のドクターがこう言った。

「今日は身体から放射能が出ていますから、小さなお子様のそばには寄らないでください」

 は? 何それ? そんな話聞いてないよ。

 その話を聞いたせいか、帰り道、頭がくらくらした。家に帰ってガイガーカウンターで自分の身体の放射線を測定して驚いた。

 9・99μシーベルト/h……機械の測定限界を振り切っていた。

 まずい、がんなのにこんなに放射線浴びて大丈夫なのかよ。しかも体内に残ってるし……。早速2リットルのミネラルウォーターを持って熱めの湯船に浸かり、水を飲んでは汗をかいて放射能を排出した。身体の水分を約2リットル入れ替えてから放射線を測定すると3分の1くらいに減っていた。結局、放射線量を感知しなくなるまで1日半くらい時間がかかった。

 またあれをやるのかよ。

「わかりました」

 気が進まなかったが、あれをしなければ診察を受けられないのならば仕方がない。

「数日中に別の担当医師から電話が入ると思いますので、そのときに検査の日時を決めてくださいね」

 数日後、言われていた通り、男性の声で電話がかかってきた。

「ペット検査の日時を決めます。来週の木曜日は来れますか?」

「いや、ちょっと仕事が入っていまして……」

「じゃあ、次の火曜日は?」何か尋問されているみたいだ。

「あいにくその日もふさがっていまして……」

「それじゃ、いつ来れるんですか? 診察が遅れるだけですよ」男性は冷たく突き放すような声で言った。

「あのー、そんなにペット検査をしなくちゃいけないんですか? 先月に大学病院でもペットをやったので、そのデータを見ていただくことはできないんですか? 短い間にそんなに何度もやりたくないんですよ。放射能とかいろいろありますし」

「それはできません。当院の決まりでそうなってますから。ペット検査をしなければ、診察は受けられません」男性は腹を立てたように言った。僕も腹が立ってきた。患者は僕なんだぞ、なんだその言い方は。

「もう一度考えてから、お電話します」そう言うと、相手の言葉も聞かずに電話を切った。

 僕は決めた。ここの診察はやめだ。あの有名なドクターの診察は受けたかったけど、他のドクターがこんな感じだったら最悪だ。こんな気分の悪いところに行ったらがんが悪化する。翌日、断りの電話を入れた。

 数日後、ボクシングの教え子、大平選手が僕を訪ねてやってきた。

「刀根さん、この本を読んでください」

 それはがん治療で有名な近藤誠さんの著書だった。僕も読みたいと思っていたところだった。

「刀根さん、絶対に治ってください。僕、信じてますから!」大平選手は目に熱いものを浮かべて握手をして帰って行った。

 早速、近藤誠さんの著書を読んでみる。概ね僕の考え方と同じだった。しかし肝心なところが違った。著書ではがんもどきは治ると書いてあった。現代はがんもどきをがんと診断して薬づけにして逆に身体を壊してしまっている。だからもっとやさしい治療をすれば治るんだ。そう、それは僕もそう思っていた。しかし、著書ではがんもどきではなく本物のがん、進行性のがんは残念ながら治らない、やりようがない、と。だから本物のがんになったら静かに余生を過ごして残りの時間を楽しんでください、と。

 なんだよ! 

 僕は進行性の本物のがんだった。静かに余生を過ごす? 残りの時間を楽しむ? そんなことできないし、やるつもりもない。座して死を待つわけにはいかない。これは納得できるものなんかじゃない。それ以降、近藤誠さんの著書は読んでいない。

次回、「13 スマイル・ワークショップ」へ続く


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