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「病気の名前は、肺がんです」。ステージ4。1年以内、死ぬ確率が70%。目の前が暗くなった(『僕は、死なない。』第1話)

 これは、2016年9月1日から2017年7月20日の323日間に、僕の身に起きた不思議な奇跡の全記録である。

第一部 死の宣告、闘争と敗北、そして生還

1 運命の日

「病気の名前は、肺がんです」
 2016年9月1日、人生が変わった。
 
 都内にある大学病院の狭くて薄暗い廊下から診察室に入ると、白衣を着た医師が座って待っていた。
「えー、こんにちは、担当をさせていただきます、か・け・が・わ、と申します」
 眉間に深いシワが刻まれ、苦悩が顔に張り付いたような50代半ばの男性だった。
「刀根です。よろしくお願いいたします」
「えー、検査の結果なのですけれども……」
 掛川医師は言葉を選びながらも、僕の肺の状況を淡々と、そして詳しく説明し始めた。
「これ、あなたの左胸です。ここのところ、ちょうど鎖骨のちょっと下あたりに1・6センチほどの影が写っています。これですね」
 彼の指差すCT画面には、他とは明らかに違う白い塊が写っていた。
「それと肺の中の空気の通り道というのがですね、この真ん中の黒くなっているところなんですけれど」と言って胸の画像で真ん中に黒く写っている通り道を指差した。
「これが右と左の肺に分かれていく、2本に分かれていくちょうどこの小股のところに、赤いところがあります。ここも怪しい」
 彼の指差した分岐点が不気味に淡い赤色を放っていた。
「なので、内視鏡の検査ではもともとの左肺の影の部分と、ここの赤く腫れている部分と、両方検査を行なわせていただいたということです」
「内視鏡……ああ、あの口からカメラ入れたやつですね」
 僕はそのとてつもなく苦しかった検査を、ちらっと思い出した。
「そう。それで、その結果なのですが……どっちも治療が必要、という結果が出たんですね」
「治療? と言いますと?」
「その病気の名前は、肺がんなんです」
「……」
「で、肺がんのうちの、顕微鏡で見た顔つきでは、腺がん」
「両方ともですか?」
「そう」
「体調はいたって元気なんですけど」
「肺がんは自覚症状が出たときには相当進んでいる可能性が高い病気なのです」
「普通に運動とかも、毎日してたりするんですけど」
「はい、気づかないケースがほとんどなのです」
「そうなんですか」
「はい。で、刀根さんの場合はどういうことかというと、母屋がこちらで」  左胸の塊を指差した。
「もう片方はですね、大きくなるために必ず血管をまたいでいきます」
 彼の指先がCT画面の上を動く。どうやら左胸が母屋で、気道の分かれ道のところが転移らしい。
「血管のそばには必ずリンパの流れがあって、その両方、あるいはそのどちらかを使って病気が身体全体に広がります。今の段階では、これが腫れているだけでとどまらず、もう1個内側のリンパの流れにまで領域が広がっているということがわかりました」
 彼はそう言うと、左肺の中にある白い部分を指差した。そこは明らかに右よりも大きくふくらんでいた。
「リンパにも転移している、ということですか?」
 掛川医師は眉間にシワを寄せてうなずくと、さらに続けた。
「で、さらに、さらに、ペット検査で診ると……」
「さ、さらに?」
「ここに緑色の部分がありますね」
 彼の指先は僕の前側の肋骨下部を指していた。ちょうど胃の真上あたりの骨だ。そこがほんのり緑色に光っていた。
「これがですね、ここだとちょっと……」
「ちょっとって?」
「あのー、背中が痛いとか、刀根さんにはないでしょうか?」掛川医師は言いづらそうに言葉を続けた。
「ないです」いやな予感がする。
「特にないんですね?」
「はい」
「あのー、今の段階で言いますとですね……えっとペット所見があって……お見せいたします」モニターの画面を切り替える。いやな予感がさらに増す。
「病気が進行している可能性があります」掛川医師は上目づかいに言った。
「進行?」
 もう一度念を押すように、掛川医師は説明を始めた。
「で、えー、さっき言ったリンパっていうのはですね、左の肺門という場所」
「あ、さっきの分かれた部分ということですね」僕は確認するように言った。
「そう、ここと左胸にがんがありますよ、ということになります。あとリンパで、さらに……」
「さらに?」
「胸骨」
「胸? 胸骨⁉」僕は慌てた。
「ここなんですが、これも……」医師は再びモニターを指差す。
「転移している?」思わず聞き返す。
「はい、転移している可能性があります。それで、あとですね」
「ま、まだある?」
「それで……ほんとに所見的にはですね……あのー、肺の中なんですけれど……空気は基本的に黒く写るんです」掛川医師は言いにくそうに話した。
「はい」確かに僕の肺はほとんど黒かった。
「肺は風船の集まりなんで、黒いところがメインなんです。この白い筋は血管です。これ、あなたの右胸のほう」掛川医師は今度は右胸のCT画像を指差した。
「血管とは似ているんだけど、ここにあるプチとか、ここにあるプチとかは血管のように見えて実は血管でない可能性がある」僕にはその区別がつかなかったが、掛川医師は続けた。
「まー、あのー、私たちはそういったうがった目で診ていかなきゃいけないんですけど、そうするとですね、右側の肺にもそういった場所があるのかもしれない」
「それは、右胸にも転移しているということですか?」
「うん、そう。まー、今の段階で言いますと、ペット検査で骨のことを考えないで赤いところだけ、骨以外の赤いところだけ、この部分と、この部分と、この部分」掛川医師は画面を一つずつ指差した。
「骨を入れない状態で、進行度は3のAという病期になります」
「ステージ3ですね」
「はい」
「で、骨のところまで考えますと、これ4期」
「4期……ステージ4ってことですね」
「そう。で、3A期または4期だけど、まあこの所見上からいうと4期と捉えたほうがいいのではないかと」
「うーん」僕は言葉を失った。
「じゃ、何をするかというと手術、放射線という局所療法ではなくて抗がん剤の治療が必要になると思います」「なるほど」
「はい。今の段階ですと、保険診療の範囲内で行なうようなお薬は、大きな塊のカテゴライズでいうと抗がん剤と分子標的治療薬の2通りあります。その中には、治療の初期段階で使うお薬もあるし、何回か治療薬剤の変更を余儀なくされたときに初めて使うお薬とか、あとは治験って言ってね、臨床試験。いろいろあります」
「そうなんですか」
「はい、えー、同時進行なんですけれど、今の段階で行くと、遺伝子を調べる検査を追加していただきます」
「遺伝子ですか?」
「まずは私たちのところで、あなたの遺伝子の変異に合った薬剤の選定を行なうことを始めさせてください。遺伝子っていうのは、人に固有のものなんです。お父さんお母さんからもらった世界に一つしかないものなので、勝手に調べちゃいけないことになっているんです。個人情報なんで、それを調べると悪用ができる。あなたの病気は何がどうとか、そういった専門的な部分がわかっちゃう」
「なるほど」
「なので、刀根さんの了解を得て、私たちはこれから遺伝子を調べさせてもらうわけです」
「わかりました」
「じゃあ、この書類に目を通してからサインをお願いします」
 僕は彼の差し出した書類にサインをした。
「僕の場合、進行が早いんですか?」
「それはわかんない。わかんないです。ただ、えー、偶然の機会に見つかったもので既にリンパに入り込んでいると考えますと、進行がんではあります」
「5年生存率は?」
「4期として考えますと、3割」
「3割……」
「ということになろうかな。ただもうそれはお薬によって全然変わってくる。どのお薬が使えるかによって」
「手術はしなくても大丈夫なんですか? これを取るとか?」
「しない」掛川医師は断固として言った。
「してもしょうがない?」
「しょうがないんじゃなくて、しないほうがいい」
「それはどうして? 身体に負担がかかるから?」
「そうです。私たちは取れるもの、取りきれるものが手術の対象なんです。リンパの流れに入っているということは、全身に、見えないとこに、顕微鏡でしか見えないようながん細胞が血管、もしくはリンパの流れに入り込んでいると考えます。ですから病期によっては手術の終わった後に抗がん剤の治療をね、追加するということもあります」
「んー」
 僕は父から手術をしたほうがいいと言われていた。父は何度も手術ができないか確認してくるように僕に釘を刺していた。手術をすることが一番安心だと思っていたのだろう。掛川医師は話を続けた。
「最初からわかっている場合には、手術はしないほうがいい」
「最初から抗がん剤でやったほうがいいということですね?」
「そう」
「このまま何にもしなかったら、どうなっちゃうんですか?」
「今、想像できることはですね。症状として現れるものの一つとして、骨のところが痛くなってくると思います」
「それとリンパに入り込んでいる場所が空気の通り道の脇なので、咳が出ると思います」
「咳は時々出ていますね」
「病気による咳の場合は止まりません。時々ってレベルじゃなくなってきちゃうと思います」
「……」
「進行するとね。胸に水がたまってきます。そうすると息苦しくなってくる、というようなことが出ると思います。だから治療はしたほうがいいと思います」
「治療しなかったら、どのくらいで死んじゃうと思います?」
「んー、どんぐらいでって言ってもね……。それは神様しかわからないです。ただ、最初に発見されたのがひと月前なので、なんとも申し上げられないんだけど、最初の月を入れて三カ月以内になんらかの症状が出ると思われます」
「ということは、11月くらいまでに何かしら体調がおかしくなるということですね。咳が止まらなくなるとか、胸が苦しくなるとか」
「何がしかの症状が出ると思われます。だからまあ、治療はしたほうがいいですね。なるべく早く」
「しかし……最悪ですね……」僕は思わずつぶやいた。
「ちょっと、前向きに考えていただきたいと思います」
「ま、僕は生き残るほうの3割に入りますから、大丈夫です」僕は自分に言い聞かせるように言い、続けた。
「5年生存率が3割だというと、大体2年後までにどのくらいの人が死んじゃうとかあるんですか? とりあえず2年頑張りましょうとか、そういうのあるんですか?」
「そうですね、まずは今の段階で言うと、抗がん剤のお薬がどれになるか、ということで違うと思います。それとあと使っていくうちに合併症、副作用っていうのが必ず出ます。そういったなかでこれ以上抗がん剤は使えない、なんていうような合併症が出ちゃうと、またそれは話が別になってきちゃいます。そういったことがなければ、今のところはですよ、わかっている段階では、使うお薬によっては、そのお薬を使っていて再発になった期間というのは、20カ月というお薬とかもありますし9カ月というお薬もあります。それぞれ別なんです。それぞれが平均値なんです。9カ月のお薬を使って、次は何カ月のお薬を使っていくかというふうなんです。その組み合わせによってその平均値というのが足されていくわけです。20カ月というお薬が第一選択になれば、平均として20カ月はそのお薬でいけるかもしれない」
「かもしれない……」
「となると、まあ2年近くは何事もなく、1剤だけで。それはわかんない。正直なところ。やってみなければわかんない」掛川医師は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「抗がん剤って飲み薬なんですか?」
「飲み薬も注射もあります」
「僕はタバコも吸わないし、酒も飲まないし、運動も適度にやっているんですけど……」
「それがですね、そうなんです。世の中ね、悪いこといっぱいやっている人いるのになんで自分が?っていうと、答えはもう出ないんです。わかんないんです。タバコ吸わないタイプのがんなんです、刀根さんのは」
「最初にできたのはいつ頃なのかわかります?」
「わかりません。実際はわかりません」
「スピードが遅いってネットで書いてあったんですけど」
「人それぞれです」
「ステージ4か……家族に話すのにちょっと……。ここと、ここと、ここ、大きいの3箇所。あと、ちっちゃいのがあるかもしれない、ということですね……。全身はどうなんですか? ペット検査受けたじゃないですか」「今のところは、一番遠くに飛んでいると思われるのが反対側の肺と、骨、胸骨、であろうかな、と」
「じゃ他のところ、べつに何か肝臓だとかは?」
「今はなさそうなんだけど」
「今のところはですね」
「はい」
「抗がん剤の治療で入院とかはする必要はないんですね」
「1回はどっかで入院していただくことになります。まず最初」
「どのくらいの期間ですか?」
「薬剤によって変わります。大体どんなに短くても2週間はみていただきます」
「2週間か……髪の毛抜けちゃったり、白髪になったりする可能性はありますか?」
「髪の毛はね……薬によっては副作用もありますのでね。中には髪の毛抜けないお薬もあります。ただ髪の毛でいいますと、髪の毛では死なない」
「ま、別に髪の毛はどうだっていいんですけど」僕は苦々しく笑った。
「それ以外にも怖い副作用があります。それもちょっと慎重に考えていったほうがいいと思います。肺がんの病気自体は非常に治りにくい病気なんです。なので、まあ考え方としてはですね、ま、とにかく進行を遅らす、というのがメインです。まことしやかに身体の病気が全部なくなっちゃいましたというのは、2割以下」
「はー、でもそういう人、2割はいるんですね」
「で、それでいうと、ま、5年生存率で3割に入っている人は、戦いながら6年目を迎え人も当然いるでしょうし、無事に何事もなく6年を迎える人もいるということ」
「5年超えれば一安心。それが目安だということを聞いたことがあるんですが」
「それはですね、この病気が身体からなくなったというような状態になってから5年ということです。だから戦いながら6年を迎えた人が5年経ったからスパッと治療を止めるんですか、と言えばそうではない、ということです」
 掛川医師はため息をつきながら、僕の小さな希望を打ち消すように画面を切り替えた。
 そこには僕の脳のMRI画像があった。
「これ脳みそ。脳みそには転移がない。これ、よかったです」
「最近滑舌が悪くなってきたように思いましたが、気のせいでしたね」僕は気休めに笑った。
「それとDNA検査をやるんでしたよね」
「内視鏡の生検で細胞はもう採取しましたので、改めて追加してやることはありません。そのとき採取した細胞を検査に回します。それと、もう一つ私たちが調べていることがあります。それはEGFRという遺伝子の名前なんですけれど、これが刀根さんの遺伝子にあるかを調べます。もしあって、陽性だったら、このEGFRを持っている人に使える分子標的薬というお薬が使えます。で、もしあったら、これをね、一部の採血とかを研究に使わせていただきたいということ。このEGFRという遺伝子変異が陰性だった場合は次にALKというものを調べます。で、もしこれが陽性だったら、これの分子標的薬が使えることになります。これ、段階を追ってやっていきます」
「わかりました」
「この検査に大体10日くらいお時間をいただいております。次は12日の月曜日にいらしていただけますか。もしくは、15日の木曜日」
「これが3日4日ずれたからといって僕の死期が早まるということはないですよね」僕は痛いジョークを言ってみた。
「それは、誤差の範囲だと思います」掛川医師は眉間にシワを寄せたまま、笑わなかった。
「じゃ、15日で」
「15日の11時半はよろしいでしょうか」
「はい」
 掛川医師は目の前のパソコンにパチパチと打ち込んだ。
「予約を取りました」
「ありがとうございます。この間何か気にすることとかはありますか?」
「いえ、今までどおりにお過ごしください」
 最初からずっと室内にいた若い研修医が僕を悲痛なまなざしで見つめていた。きっとなんて言葉をかけていいのかわからなかったのだろう。だが、なぜか腹が立った。肺がんステージ4の宣告をするときの実例にされてしまったような気がしたからかもしれない。
 診察室を出て暗い廊下を通ると、古い長椅子に咳き込んでいる人たちがたくさん座っていた。
「こほこほこほ」「げほげほ」ひっきりなしに咳が聞こえる。みんなこんなに咳をしていたっけ?
 目の前に広がる世界が冷たいモノトーンのように、僕には感じられた。そこは診察室に入る前と、明らかに違う世界になっていた。
 病院を出て電車に乗ると、僕は急に落ち着きを失った。スマホでステージごとの生存率をネット検索すると、指が震えていることに気づいた。
 ステージ4の5年生存率は掛川医師の話と違い10%以下だった。1年生存率が30%だった。気を遣ってくれたのか……。
 1年以内、死ぬ確率が70%……。
 目の前が暗くなった。

次回、「2 死ねない」へ続く


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